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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2020/01/24(金)   CATEGORY: 雑記
20200124
小説を書きたいと思いつつも、実際には何も書かずに時間だけが経過していく。
今年こそはどんなに短くてもかたちにしたい、と何度目かの決意を胸に抱いてみるが、果たしてどうなるか。

確実に、10年前のようなモチベーションは持っていない。あのときの熱量を持ち合わせてはいない。
それでも諦められずに、毎日のように小説を書くことを思い描いている。なぜなのかはわからない。

昨日、数年前――2017年に冒頭だけ書いたものを読み返してみたのが、これが意外と面白かった。
ほんの1,000文字ちょっとなので、物語的な面白さはない。特に何も動いていない。面白いと思ったのは、その文章だ。たとえば比喩。どうやって思いついたのかわからない表現に驚く。ほんとに俺が考えた文章なのか? いま、これと同じレベルの文章が書けるのか?と問われれば、その自信はない。しかし2017年は、すでに小説を書いていない時期に入っており(ただ5本くらい冒頭だけ書いたものがある。何か書きたい、と強く思っていたのだと思う。)、文章力でいえば今とさほど変わりがないように思える。

案外、書いてみればこれくらいは書けるのか・・・?

ブランクにおける自信の喪失を、少しばかりは埋め合わせてくれるくらいの、勇気づけ程度の根拠にはなる。
映像がイメージしやすい文章にも好感が持てた。まあ、小説という媒体で何かを表現するには、映像的である必要ない。映像的な面白さは、実際の映像には敵わない。それでも映像的な文章を追い求めるのは、映画が好きだからとしかいえない。映画的な情景を、映像と文章の隙間をいくような文章表現ができないかな、と思っている。(実際、そういう小説もありますね。)

なので書くとしたらアクションがあるものだろう。

小説には、一瞬の動きを何ページも費やして表現できる強みがある。
あるいは文章で、身体性のある表現をしたい。筋肉のしなりや、骨の軋みなどを感じる表現は、MUKUROを書いているときも意識していた。――と思う。

そんな思いが湧いたので、今年も、何度目かの決意をする。小説を書く、と。

以下、近況をすこし。
先日、白髪一雄展に行った。大きな絵の前に立ったときの圧がすごい。あれは生でしか感じられない感覚なので、味わえてよかった。ああいう力強い表現を、小説でしたいものだ。東京オペラシティ アートギャラリーは初めて行ったのだけど、常設の方も面白く、寺田コレクションということで、寺田小太郎氏の好みが合うんだな、などと思いながら眺めた。
映画「リチャード・ジュエル」を観たのだが、心底クリント・イーストウッドには長生きしてもらいたい。シンプルな演出で、もはや円熟の匠といった感じである。まだまだ撮り続けてもらいたいと願うばかりだ。
去年は読んだ小説の冊数が少なかったのだが、長いこと積んでいた「The Book」(乙一)を読めたことは達成感がある。これを皮切りに、積んでいるジョジョノベライズを制覇していきたい。あと金沢でやるジョジョ展に行きたい。今は中山可穂「ゼロ・アワー」を読んでいる。あまりに積み過ぎているので、もう少しペースよく読みたいものだ。
マンガの方は「薩摩義士伝」を読んでいる途中で、平田弘史は初めて読むのだが、とても面白い。星野之宣「レインマン」と同時進行で読んでいる。1巻でそこまでハマらなかった「チェンソーマン」は、3巻が面白かったので、残りも買った。引っ越したときに、どこにいってしまったのかわからず俺の中では完結できていない「ドロヘドロ」はアニメ化になってしまった。買い直すには1冊がやや高く悩んでいる。(どこかの段ボールにはあるはずなのだ。) とりあえずグッズは購入した。こういうときはアニメ化様様である。松本次郎「いちげき」がなぜか2・3巻だけ近所では売っていなくて、1・4巻だけあるという状態が続いているので、近いうちに買いたい新書。私も年を取ったので、この程度のギャグもするっと出てしまう。(元々そうだったかもしれないが。)

以上を書いてるときのBGMはニガミ17才でした。では。
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