みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
DATE: 2011/12/29(木)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-32 (魔界胎動/淫獣の館ⅩⅡ)
 黒川宗二郎は眼前で行われている悪魔の行為に身の毛がよだつ思いだった。
 眼を血走らせながら無心になって腰を振り続ける稲毛の姿は、まさに狂気としか言いようがない。その下敷きになっている今村冴子は、魂を喪ったかのように表情が死んでいた。
 稲毛はすでに五回も冴子の内部(なか)で果てていた。
 そのすぐ隣では、血にまみれた丸山の躰が転がっている。丸山はすでに事切れていた。
 丸山の血に、冴子も稲毛も赤く染まっていた。血にまみれながらも狂ったように冴子を犯す稲毛の姿に、宗二郎は恐怖すら感じた。その様相は悪魔を崇拝した邪教の儀式のようでもある。
 宗二郎と冴子の目が合った。――確かに目が合ったはずだった。しかし冴子の方には何の反応もなく、彼女の眼はただ虚空を見詰めているだけだった。彼女のそれは貌に穿たれた二つの孔に過ぎなかった。
 ――冴子の精神は壊れてしまったのか。
 恐怖に呑まれていた宗二郎の心に怒りが込み上げてきた。烈しい憤りだ。それは小さな種火からすぐに大きな炎に成長した。その劫火は宗二郎の内部(なか)で烈しく渦巻き、出口を求めてうねり暴れている。
 宗二郎は斧を持つ手に力を込めながら、狂態を演じている二人にゆっくり歩み寄った。
 その貌は至極冷静そのものだが、その双眸には黒い炎が宿っていた。
 怒りと憎しみの黒き炎である。
 宗二郎は斧の柄の部分で、稲毛の貌を殴りつけた。吹き飛ばされた稲毛が床に転がる。
 そのとき初めて、稲毛が宗二郎を見た。
 それは一瞬のことだった。
 宗二郎と稲毛の視線が絡んだと思ったときには、稲毛の首は飛んでいた。
 今度は刃を向けて、斧を振るわれていた。
 宗二郎には一切の躊躇いもなかった。少しの躊躇もなく、稲毛に死の一撃を与えたのだ。
 稲毛を殺した宗二郎は、冴子の躰を起こしてやった。生気のないその瞳から、一条の涙が零れ落ちた。
 気付けば宗二郎は、冴子の躰を抱きしめていた。

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DATE: 2011/12/28(水)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-31 (魔界胎動/淫獣の館ⅩⅠ)
 狂気に駆られ、鬼の形相の廣石が目の前に立っている。
 それと対峙する宗二郎は気圧されていた。殺すまで立ち上がってきそうな廣石の姿がいやに恐ろしい。その雰囲気は人間離れすらしている。
 そのとき、
 廣石の背後に人影が浮かびあがった。
 ――誰だ!?
 宗二郎の視線に、廣石も異変に気が付き、振り返った。
 そこにいたのは、東條であった。
 東條としか名乗らず、ほかとも口を利かないその男は、一緒にいたメンバーの中でも特に異質な雰囲気を持っていた。その眸(め)は鋭く、さらには冷たい印象を窺わせる。宗二郎は、最初に会ったときから東條の身裡に潜む攻撃的な野性を感じていた。
 その東條の右手にはアイスアックスが握られていた。
 アイスアックスとは冬山のアイスクライミングに使用される、いわゆるピッケルのことである。
 鋭く刃状がギザギザとしているアイスアックスが、転がったライトに照らされてギラリと光った。
「なッ――」
 不意に現れた東條への驚きとそのアイスアックスを手にした異様な雰囲気に、一瞬気圧されてしまった廣石は東條目掛けてナイフを振るった。東條は素早く身をかがめてそれをかわし、下から上へ弧を描くようにアイスアックスを振るった。
 アイスアックスの切っ先が廣石の首を貫く。
 東條はそのままアイスアックスを強引に引き抜いた。廣石の鮮血が噴き荒れ、血の雨が降り注ぐ。
 廣石の躰を東條が蹴り飛ばすと、廣石は血を噴き出したまま床に倒れた。
 東條が廣石の手からナイフを拾い上げ、宗二郎を見遣った。
「殺す気でいかないと殺されるぞ」
 東條は、廣石を殺したことなど意に介してもいないようだった。
「ここじゃもう法律も何もないんだ。こういうやつは厭わず殺さないと自分の命がなくなるだけだぜ」
 東條は宗二郎に背を向け、闇に向かって歩き出した。
「俺はもうここを出て行く。じゃあな」
 取り残された宗二郎は、目の前に転がる廣石の死体を見遣ったが、すぐに目を背けた。

 ***

 佐俣努は、見失った梅崎を捜しているときに、闇の中から現れた庄司克利に出会った。
 庄司は血の気のない貌をしており、眼は虚ろだった。
 そんな庄司の眼が、まばたきをした瞬間に、黒に染まった。
 まるで穴のように双眸が黒に覆われている。
 よく見ると庄司の両脚は人のものではなかった。
 それは異形であった。
 黒い体毛にびっしりと覆われ、足には蹄のようなものがあった。
 しかもところどころ体毛が生えていなく、筋繊維のようなピンクのものが露わになっている。
 庄司の口が頬まで裂けてニタリと嗤った。
 次の瞬間、佐俣の躰は崩れ落ちた。
 佐俣は絶命していた。

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DATE: 2011/12/26(月)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-30 (魔界胎動/淫獣の館Ⅹ)
 黒川宗二郎は、斧を片手に今村冴子を捜していた。
 天井から崩れ落ちてきたコンクリート片に分断され、おそらく今は丸山と一緒にいるはずだった。庄司克利と廣石裕行を諌めた様子からすれば、きっと冴子の身を護ってくれるだろう。
 だが、一刻も早くこの建物を離れるべきだと宗二郎は思っていた。少人数の集団で、一応ながら社会性を保っていたが、極限の状況の中で冴子という唯一の女性の存在が、集団の秩序を乱してしまった。もはやここは安全といえぬ、危険地帯にほかならない。
 ライトで前方を照らしながら、用心して進んだ。分断されたエリアに行くには、モールの内部をぐるっと迂回しなければならない。
 おそらく冴子がいるであろう場所に近付いてきたとき、ライトが人影と照らし出した。そこにいたのは廣石裕行である。
 廣石には依然の神経質な様子が見られない。何か覚悟を決めたような強さがその眸(め)に宿っていた。それは狂気にも似た光であった。
 宗二郎が刃を逆向きにして斧を構えた。
 殺すつもりはない。もしものときは斧の柄で殴りつけて昏倒させられれば、と思っていた。とにかく身動きできない状況になってくれば、あとは逃げてしまえばいい。
 そのとき、ライトに照らされて何かがきらりと光った。
 それは大柄のナイフだった。
 廣石はナイフを手にしていたのだ。
 宗二郎はわずかにたじろぎ、じわりと後退した。
 廣石の貌は笑っていた。
 なぜ笑っているのか、宗二郎にはわからない。
 だが笑っている。
 笑いながら、ナイフを振りかざした。
 宗二郎は深く構えた。
 廣石が勢いをつけて走り出す。まさに猪突猛進の勢いだった。
 宗二郎は斧を逆刃にして廣石の脚に振り落とす。
 廣石が腰から床に叩きつけられた。
 しかし気にせず立ち上がり、ナイフを振るった。
 ナイフの切っ先が宗二郎を目掛ける。
 咄嗟に飛び退いた。
 刃がかすって胸元の薄皮が切れ、うっすら血が滲む。
 斧が勢いよく廣石の躰にめり込み、廣石は後方に吹き飛んだ。
 すべては一瞬の攻防だったが、宗二郎の息はあがっていた。背には冷や汗が流れている。
 廣石が立ち上がり、恐ろしい形相で宗二郎を睨めつけた。血走り、まるで阿修羅のように吊り上がった眼は憤怒に充ちている。
 狂気に駆られたその姿に、宗二郎は戦慄した。

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DATE: 2011/12/24(土)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-29 (魔界胎動/淫獣の館Ⅸ)
 男が自分の上で腰を振っている。汗水を垂らしながら、必死に腰を振り、ときには胸を揉みしだき、肌に舌を這わせた。
 抵抗を諦めた今村冴子が次に取った行動は、何も考えない、ということだった。
 何も感じず考えず、ただ時が過ぎるのを待った。こうなってしまっては男が果てるのを待った方が早かった。今出来ることは何も思考を止めること。そうすることで、少しは気楽に思えた。
 男のペニスが、冴子の膣(なか)をピストンのように行き来していた。それの繰り返し。反復。反復。反復。
 あたしは何も感じていないし、何も思わない。――そう暗示をかける。
 冴子の視線が虚空を捉えた。そこには何もなく、闇だけが佇んでいる。
 ――早く終わんないかな。
 感情が死んでゆくのがわかる。感情を殺すか、感情に殺されるしかないのだから、仕方ない。もし今感情が甦りでもすれば、屈辱や嫌悪、憎悪、悔しさ、憤怒、ありとあらゆる負の感情が爆発して自分自身を押し潰してしまう。きっと、死にたくなる。
 だから感情を殺す。何も感じない。考えない。それが一番だ。
 虚空の闇が、わずかに揺らめいた。
 ピシャッ
 温かいものが冴子の肌に触れた。
 冴子は虚ろな瞳で丸山を見る。
 丸山の首に何か生えていた。
 ――棒?
 遅れて、丸山の隣に立つ稲毛の存在に気付いた。
 稲毛は怪我をしていない、動かせる方の手で、丸山の首を棒で貫いていた。
 それは手製の槍だった。
 もし化け物が侵入してきたときのために、せめてもの武器にと稲毛がモップの柄を削って作った手製の槍を冴子は一度見せてもらっていた。
 その槍が丸山の首を貫いている。
 丸山は「なぜ……?」といった表情をしながら、自分から噴き出る血を見ていた。
 槍が引き抜かれる。丸山の躰が力を失ったように、冴子の上で倒れた。
 稲毛の眸(め)は何を考えているのかわからない虚ろなもので、そこには一切の感情というものが感じられなかった。何の感情もなく丸山を突き殺した稲毛に、冴子は底知れぬ恐怖を感じた。
 稲毛は、倒れ込んだ丸山の躰を冴子の上からどかし、冴子を見下ろした。
 自分を見詰めてくる昏い瞳に、冴子は小さく身震いした。
 ふと稲毛の股間が膨らんでいることに気付く。
 無表情のまま、稲毛は穿いていたズボンを下ろし、丸山の血にまみれた冴子に抱きついた。そして怒張したペニスを彼女の秘所に突っ込もうとする。
 冴子は悲鳴をあげた――つもりだった。だが、あまりの恐怖に声は出ていなかった。
 まるで感情の見られない稲毛は、未知の生物のようだった。その不気味さに、冴子は殺していたはずの感情を取り戻してしまった。
 気付けば恐怖のあまり、失禁していた。


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DATE: 2011/12/22(木)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-28 (魔界胎動/淫獣の館Ⅷ)
 佐俣努は激しい揺れのあと、熊のような巨体を起こした。周りには誰もいない。
 ――皆はどこへ行ったのだろう?
 彼は人を捜してモールの中を彷徨った。
 手元にあったはずの懐中電灯がなくなっていたので、暗がりの中を探り探り進むしかない。
 どこからか人の気配は感じられる。だが、それは近いものではない。遠くの足音が反響して伝わってきているような感じだった。
 しばらく歩いていると、闇の中からぬっと梅崎の姿が現れた。それも佐俣が見つけた頃の意思のない人形のような梅崎ではない、目の前にいるのは、全身から精気を発した一人の男であった。ただし会った頃と人相がまるで違っている。その双眸は血走り、狂気に吊り上がっていた。攻撃的なオーラが漂い、触れるものがあれば噛み殺さんといった雰囲気である。
 梅崎のあまりの変わりように、佐俣はただただ驚くばかりであった。
 梅崎はぎょろりぎょろりと血走らせた眼(まなこ)を左右に動かし、何を探している様子があり、それに合わせて佐俣もあたりを見回してみたが目立ったものは何もない。
「あの女……どこに行きやがった………」
 梅崎の怒気を含ませたその声に、佐俣はまたも驚かされた。
 しかし、あの女とは? ――ふと女といえば今村冴子という女しかいないことを思い出す。では、女とは今村冴子のことなのだろうか。
 佐俣は状況が掴めず、どうしたらいいかわからなかった。
 とにかく梅崎のことをなんとか宥めようと思った。
「おい、ちょっと――」
「うるせえ!」
 梅崎は怒涛の勢いで走り去ってしまった。
 残された佐俣は呆然とするしかできなかった。


 時同じくして、廣石裕行もまたモールの闇を彷徨っていた。目当ても梅崎と同じく冴子であった。
 どうせ死ぬなら女の躰を抱いて死にたい。いずれ化け物どもが押し寄せてきて、腸を引きずり出され、四肢を裂かれ、グロテスクな口に放り込まれて喰われてしまうならば、最後に好きなことをしてしまいたかった。法というものはもはや機能していなく、機能していない法を遵守する意味などまるでない。人間(ヒト)は再び野に放たれた獣になり、男と女は牡と牝になり、弱肉強食がものを言わせる世界になったのだ。
 今までは社会に上手く適応できず、弱者と見做されてきた廣石だが、ここが無法地帯というならば女のひとりくらい犯すのもわけないはずだ。所詮は女。多少痛めつけて、無理やり股を開かせればあとはなんとかなるだろう。存外向こうも死ぬ運命だと悟れば一緒に快楽を享受しようとするかもしれない。
 これまで押し込められてきた廣石の陰鬱な面が、無秩序の世界の到来によって解放されようとしていた。
 まずは女を捜さなくては……。
 脅しのために、ナイフのひとつでも準備した方がいいかもしれない。
 廣石が幽鬼の歩みで、闇に溶けていった。

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DATE: 2011/12/20(火)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-27 (魔界胎動/淫獣の館Ⅶ)
 崩落した天井の一部に、庄司克利は両脚を潰されていた。
 庄司は痛みのあまりに気を失っていたが、しばらくしてその意識を取り戻した。だが、身動きができない。もはや脚の感覚はなく、その場に拡がっていく血溜まりだけが怪我の凄惨さを伝えていた。
 庄司は朦朧とした意識の中であたりを見回した。人の気配はない。みんなはどこへ行ったのだろうか……。
 廣石も梅崎も、宗二郎の姿もない。今村冴子と丸山厚はこのコンクリート片の向こうにいて、自分たちと分断されるのと目にしていた。その直後に、庄司の脚が潰れている。
 明かりのないモールの暗がりの中から、ぬっと人影が現れた。――稲毛光男だ。
 稲毛は相変わらず怪我をした右腕を三角巾で吊るしており、左手には対化け物用のモップの柄で作った簡単な槍を手にしていた。
「たす……け………」
 残っている力をすべて振り絞って、庄司は稲毛に助けを求めた。
 稲毛は冷めた眸(め)で庄司を見下ろした。
 そして何の言葉を発することもなく、片手の槍を振りかざし、その穂先を庄司に向けた。
「なッ……なにを………」
 荒々しく削られて作られた槍の穂先が、有無をいわさず庄司の胸を貫いた。
 稲毛の貌は無表情そのものである。
 ただその双眸には昏いものが宿っていた。


 胸を貫かれた庄司は躰を動かせないものの、まだ少しの意識が残っていた。揺らぐ陽炎のように不安定で朦朧とした意識だったが、彼は自分がまだ生きていることだけは理解できていた。
 だが、どくどくと血が溢れている。躰から血が喪失なわれている。
 このままでは俺は死ぬだろう……、
 それだけは理解できていた。
 体力だけは誰にも劣らぬ自信があった。
 きっとこの中で生き残るのは、自分だろうと思っていた。
 それがどうした。
 今、俺は死のうとしている。
 ゆっくりと死へと向かっている。
 ――死にたくない。
 庄司は叫んだ。それは声になっていたかもわからない。しかし腹の底から叫んでいた。
 ――生きたい。もっと生きていたい。
 生きようとする想い。その欲望を、生への渇望を、彼は叫んだ。
 彼は身裡から膨れ上がるものを感じた。その膨れ上がったものは庄司の肉を引き裂き、皮膚(はだ)を破いて躰の外へと出ようとしている。――強烈なエネルギーが彼の中で爆発を起こした。


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DATE: 2011/12/18(日)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-26 (魔界胎動/淫獣の館Ⅵ)
 ゴゴゴゴゴゴ――ッッ
 突如、烈しい揺れと轟音がモールを襲った。
 丸山が体勢を崩して、尻餅をついた。
 ミシミシミシ――どこかが軋む音がする。
 庄司も廣石もその場に伏せた。
 上下左右に大きく揺さぶられて、宗二郎は思わずよろめいた。
 天井が悲鳴をあげた。
 烈しい音とともに天井の一部が崩れ、落下する。
 巨大なコンクリート片が降り注いだ。
 巻き上げられた砂埃に宗二郎は顔を顰める。目の前には巨大なコンクリート片が壁のように現れていた。
 庄司は、脚がコンクリート片に押し潰され身動きが取れなくなっていた。
 他は無事かと宗二郎が見回すと、冴子の姿がない。それに丸山の姿もなかった。
 もし、目の前のコンクリート片の下敷きになったのでなければ、二人は出来立ての壁の向こうにいることになる。
 その場は、降ってきたコンクリート片によって、見事に分断されてしまっていた。


「大丈夫かい」
 揺れが治まり、丸山が手を差し伸べてきたが、冴子はそれを受けずに自ら力で立ち上がった。それには男の手に触れられたくない、という気持ちが陰で働いていた。
 事実、丸山の視線は冴子の躰を舐めるように這っていた。
 それは男の性であった。
 女の躰を前にして、男としての本能が抑えきれない。
 しかもこの異常な状況、世界が引っくり返り、化け物どもが跳梁跋扈する地上となった今、いつ死ぬかもわからない。己が種を残そうという本能的な働きが男たちを突き動かすのだった。
 逼迫した状況が逆に男たちの性欲を昂らせていた。
 法の秩序の崩壊がまたそれに拍車をかけている。
 冴子は今、ライオンの檻に入れられた兎同然であった。
 見事に屹立した男根が、冴子の目の前に現れた。ズボンを下ろした丸山が下卑た眼差しで冴子の躰を見る。それはまさしく視姦であった。己が欲を剥き出しにした淫らな獣が、その眸(まなこ)で女を犯していた。激しい嫌悪感に、冴子は小さく身震いした。
 丸山は男で、それに大柄である。力では到底敵わない相手だ。
 “弱肉強食”という言葉が冴子の脳裡を過ぎった。力の弱い女は、男の喰い物にされるしかないのか――底なしの絶望と悔しさと烈しい怒りが冴子の身裡で渦巻いた。あまりの悔しさに、恐怖に、頭がどうにかなってしまいそうだった。
 ――救(たす)けて!
 冴子は心中で叫んだ。そしてこのとき心に描いたのは、他の誰でもない、黒川宗二郎の姿だった。
 宗二郎だけは他の男とは違う。弱いと見て襲いかかってきたり、偽善を見せつけて近付いてくることもない。目の前にいる欲望にまみれた獣とは違って、気高さがある。
 宗二郎のことを深く知っているわけではなかったが、冴子にはその確信があった。
 ――お願い、救けにきて!
 丸山に躰を押さえつけられ、身動きができなくなった。それでも抵抗しようともがくと丸山の平手が飛んで頬を張られた。屈辱だった。女を、同じ人とは思わぬこの男の醜悪さに反吐が出そうなほどだった。そして、その男に対して自分は何もできないという事実が、冴子の胸を締め付けた。
 なんて無力なんだろう。
 あたしに、もっと力があれば……――
 丸山のペニスが、冴子の秘所に擦り寄った。
 悔しいことに、冴子の意思とは関係なく、そこは淫らな液で濡れていた。
 まるで男を誘っているみたいだ。あたしが誰にでも躰を許す淫乱女だと告げているみたいだ。そんなことはないのに、どうしてあたしの躰は男の侵入を許そうとするの……。
 悔しい。
 行き場のない怒りが、憤りが、冴子の中で渦を巻く。それは嵐のような烈しさで、身裡を暴れまわった。
 そして――、
 丸山の醜悪なモノが、冴子の内部(なか)に侵入した。

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DATE: 2011/12/16(金)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-25 (魔界胎動/淫獣の館Ⅴ)
 女の悲鳴が聞こえたような気がして、庄司克利と廣石裕行は階段を下りていった。
 二人は、ほかが寝ている間の見張り番をしていた。
 このモールにいる女といえば、今村冴子しかいない。
 暗がりの中をライトで照らしながら二人は進んだ。闇の中で蠢く何かに気付き、庄司はライトを当てた。そこにいるのは、今村冴子と梅崎博だった。
 梅崎は双眸を爛々と輝かせ、冴子に馬乗りになっていた。明らかに無理やり襲っているのが二人にはわかった。
 体力には自信がある庄司が、梅崎に飛びかかった。
 梅崎は簡単に弾き飛ばされ、床を転がった。だが、下半身を露わにしながらも立ち上がり、庄司に向かい合う。
 庄司が息を呑んだ。
 梅崎が拳を飛ばす。庄司はそれをかわして、強烈なボディブローを浴びせた。そして梅崎が蹲(うずくま)ったところに、間髪いれずに蹴りを放った。
 庄司の強烈な蹴りに、梅崎が吹き飛ばされる。
 もう起き上がってはこなかった。
 庄司が、今村冴子を見遣った。
 冴子は服を着ていなかった。梅崎に引き裂かれ、剥がれていた。
 庄司がごくりと喉を鳴らした。
 廣石も同じだった。眼鏡の奥の双眸が、目の前の女体に釘付けになっていた。
 二人は目を合わせた。
 会話はない。
 そしてお互いに頷き、庄司が冴子の脚を掴んだ。
 その貌は淫らに歪んでいた。
 冴子はヒッと悲鳴を呑み込みながら、どうにか抵抗しようとしたが、両腕を廣石に押さえつけられてしまった。
 二人とも眼が血走っている。
 ペニスはズボンの下からでもわかるほどに怒張していた。
 冴子の女の匂いが、二人を淫らな獣に変えてしまっていた。
 二匹の若き淫獣が女の柔肌を貪ろうと襲いかかる。
 庄司が冴子の乳房にむしゃぶりつき、それを見て廣石は興奮しているようだった。今度は誰の助けの来ない! 冴子の中に諦観の念が芽生えた。
 そのとき――、
 庄司が叫び声をあげた。
 見てみると額から血を流している。
 そして横には宗二郎が立っていた。
 手には斧。
「何をしている」
 抑揚のない、冷たい声が冴子の耳に届いた。
 どうやら、宗二郎は庄司の頭を斧の柄で殴ったらしい。柄に血が付いている。
 ガンッ、と斧の刃を床に叩きつけ、宗二郎は二人を見た。
 庄司は痛みに唸っていたが、廣石の眼鏡の奥に怯えの色が浮かんだのがわかった。
「どうしたんだ」
 異変を察知してか、闇の奥から現れたのは丸山厚である。
 自前の大きな腹を揺らしながら近付いてきた。
「これは……」
 丸山は一瞬で事態を把握したらしい。
「庄司君、廣石君。すぐに今村さんから離れなさい」

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DATE: 2011/12/14(水)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-24 (魔界胎動/淫獣の館Ⅳ)
 梅崎博の目の前には、今村冴子が横たわっていた。
 冴子はベッドの上で眠っていた。
 梅崎は、もう何年も女を見ていないかのような気分だった。
 そして、久々に女を目にした気分だった。
 それも悪くない女だ。
 女の匂いが薫った。
 梅崎の内部(なか)で何かが疼いた。
 それが渦を巻いて大きくなってゆく。
 気分が高揚していた。
 境界を喪失った今なら何でもできる気がしていた。
 闇までもが、自分のもののように知覚できていた。
 女は、闇に包まれている。
 闇を通して、梅崎は女の肌を味わった。
 闇は圧倒的だ。
 常に圧倒的だった。
 今も。
 梅崎は自身の芯から滲んでくる“それ”で己が肉体を充たしていった。
 それは次第に烈しくうねり、梅崎の体内をのたうつように暴れまわった。
 自制も理性も吹き飛ぶような肉欲に、梅崎は支配されていた。
 手を伸ばして、女に触れてみた。
 生の手で触れる肌は柔らかかった。
 そして闇は女を包んでいる。
 梅崎にとって、冴子は己が体内にいるも同然だった。
 梅崎の血走った眸(まなこ)が闇に浮かんでいた。
 そして、
 肉欲の獣が牙を剥いた。
 目を覚ました冴子は驚きと恐怖に何もできずにいる。
 梅崎が冴子の服を剥いだ。
 冴子は抵抗し、その拳が梅崎の頬に当たった。
 梅崎は嗤っていた。
 その白い肌を汚したいという欲求。己がモノで嬲ってやりたい。この烈しい肉欲の奴隷にしてしまいたい。――いや、そうするのだ。
 梅崎はすでに怒張した自分のモノをさらけ出した。
 冴子が小さく悲鳴をあげた。
 梅崎のぬらぬらとした舌が、冴子の肌を這った。
 冴子は梅崎を見た。
 その姿は闇と同化していた。
 ただ爛々とした双眸だけが浮かんでいる。
 その眸(め)が嗤っていた。陵辱してやると言っていた。
 梅崎の猛々しい男根が、冴子に狙いを定めた。

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DATE: 2011/12/12(月)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇-23 (魔界胎動/淫獣の館Ⅲ)
 あの化け物はなんなんだ。妻は喰われた。見てはいないが、おそらく息子も。
 あの禍々しい外観。およそ地上のものとは思えなかった。そして、あの残虐さ。あれは、人を虫けら扱いしていた。人間にとっての蟻と変わらない。非力で、時に己が嗜虐性を充たすための虫けら。人間が蟻の巣を穿(ほじく)り返し、飛蝗(ばった)の脚をもぎ、蜻蛉(とんぼ)の翅を毟るのとなんら変わりない。やつらにとっては人間とはそういうものなのだ。そうに違いなかった。
 そして、食欲を充たす“モノ”なのだろう。
 だから妻は喰われた。泣き、抵抗し、命乞いした妻は、あの触手で嬲られ、鋭い爪で肌を裂かれ、ぬめぬめと光った舌で撫で回されながら貪り喰われた。
 思い出すだけで発狂しそうになる。
 梅崎はたどたどしい足取りで、歩いた。目的地があるわけではない。ただ歩いた。どこかへ向かわねばならなかった。どこかはわからない。だが、それはここではなかった。家でもなかった。数年前に購(か)った念願のマイホーム。それはもう自分のいる場所ではなかった。
 化け物に奪(と)られた。
 すべて奪われた。
 妻も、息子も、家も。
 絶望で澱んだ梅崎の視界に大きな建物が見えてきた。ショッピングモールだ。
 何の意思があったわけではない。
 気付いたときには、足はそちらに向かっていた。


 梅崎博という男を見つけたのは佐俣努だった。
 佐俣は放心状態でもう動いていないエスカレーターを歩いている梅崎を見つけ、彼に近付いた。もう何時間もそうして歩いてきたかのような放心ぶりだった。
 佐俣は梅崎を連れて、多田たちに会わせるとまず水と食べ物を与えた。最初は反応を見せなかったが、どうにか口に運ばせると生き返ったように口を動かし始めた。次々と喉に通していく様は何日を一口も食べずに砂漠を越えた人間を思わせた。
 差し出されたものをあらかた食べ終えると梅崎はそこで初めて自己紹介をした。
 梅崎は少し眠りたいというので、佐俣は余っていた毛布を梅崎に差し出した。それを受け取り、梅崎はその場で眠り込んだ。梅崎は現実から遠退こうとするように深く眠った。
 梅崎が目を覚ましたのは、それから二日後の夜だった。梅崎の隣で、山男のような佐俣が眠っていた。近くでは他にも眠っている人間がいたが、名前は思い出せない。梅崎は誰も起こさないようにそっと立ち上がり、その部屋を出た。
 モールは暗く、静まり返っている。
 その静けさは、神聖な教会を思わせた。梅崎は行ったことはなかったが、大聖堂というものはこういう感じなのかもしれないと心の隅で思いながらモールを歩いた。
 自分の呼吸しか聞こえない。
 そこにあるのは闇だけだ。
 それから自分自身。
 しかし、自分自身とはなんだろう?
 この闇の中にいる自分という存在。
 闇と自分の境界はなんだろうか。
 そんなものは、
 ないのかもしれない。
 そもそも自分とは何か。
 動物だ。
 動物は、食べて、寝て、そうして種を繁栄させる。
 なんだ、
 あの化け物とおなじじゃないか。
 化け物が寝るのかはわからないが、人を啖うのだから、寝ることもあるのかもしれない。
 自然の摂理。
 食物連鎖。
 自然淘汰。
 そういうことなのか。
 人間(ヒト)も動物だ。
 淘汰されることもあるのだろう。
 動物とは、結局のところは肉なのだ。
 喰うか、喰われるか、
 それしかない。
 長いこと喰われる立場になかった人間(ヒト)は忘れてしまっていただけだ。
 当たり前のことじゃないか。
 弱いか、強いか、
 弱肉強食。
 俺もただの肉の塊だ。
 妻も息子も肉の塊だった。
 それだけだ。
 でも、今は肉も何もないような気がしていた。すべては溶け出して、闇と一体化しているような気分だった。梅崎の肉体は、意識は、闇との境界を喪失っていた。
 闇は圧倒的だった。
 それは、妻を喰らったあの化け物に似ていた。
 圧倒的な存在に、俺もなりたい。
 気付けば、男は目蓋を閉じていた。
 そして再び目を開けたとき、
 目の前には女の姿があった。

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