みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
DATE: 2011/07/19(火)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣(5)
 夜風にのって、妙な気配が漂ってきている。
 ――あやかしか?
 いや、それとは少し違う気がする。違和感。ただ頸(くび)の創痕(きず)が疼いた。
 気配を追ってみると遠方に小さな青い光がふわふわと宙を舞っているのが見えた。それが何なのかわからないまま、近付いてみる。
 女がいた。まだ幼さの残る少女。
 そして、
 その背後には男。図体がでかい。隆々とした筋肉はいかにも怪力そうだ。妖しげな気はその男から発せられていた。
「おい、何をしている」
 新三の声に少女が反応した。巨漢は無反応に少女を見つめている。
 男の太い腕が振り上げられ、少女に向かった。
 新三は跳んだ。疾風迅雷の速さを以って男との距離を詰める。抜刀と同時に斬りかかった。男は新三の気配に反応して、背負っていた巨刀に手をかけ、そのまま振り下ろす。新三が後ろに跳んだ。巨刀が放つ風圧も加わり、思いのほか距離が生じる。
 男は新三より頭三つは背がある巨体だ。その背と同じほどある巨大な刀を軽々しく振れるだけの筋力を具(そな)えていた。力だけではなく、速度も充分ある。気を抜けばあっという間に真っ二つにされてしまうかもしれない。
 新三の頬に汗が伝って、地面に落ちる。
 正眼に構え、剣先に意識を集めた。新三はわずかな風を感じた。水の匂いがする。すぐそこの川からだろう。夜の冷たさも肌を触る。葉がそよぐ音を耳で捉え、大地の気を足の裏で感じ取っていた。新三の意識は周囲のすべてを感じつつも、目の前の男に向けられている。鋭い眼光が巨躯の男を睨めつけた。
 男の剣撃が襲ってきた。
 新三が刀で防ぐ。間を空けず、第二の剣撃。それも防いだ。第三の剣撃。――防いだが、刀が弾かれ地に転がった。
 次に刃が振り下ろされるより速く、新三は拳を男の水月に放った。続けて突き上げるように掌底。男の太い首が威力を吸収した。
 男の右膝に蹴りを放つ。命中したが、効果があったかはわからない。恐るべきタフさだった。
 巨大な刃が襲ってくる。新三は跳んだ。刃を蹴り、男の顔の高さを捉えた。突き立てた二本の指で勢いよく突きを放つ。新三の指が男の眼球を抉った。
 男の腕に振り払われ、新三は地面に叩きつけられる。
 野獣の咆哮が夜の闇に響きわたった。
 男の口元から何かが這い出てくるのが見える。それは、蟲だった。百足(むかで)に似た蟲。赤い眼をして、躰はぬめっている。
 その蟲は妖気を発していた。
 男は巨刀片手に猿のような身軽さで、その場から逃げ去っていった。
 月明かりの下に、新三と少女だけが残った。

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DATE: 2011/07/15(金)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣(4)
「あの、ありがとうございます」
 突然の出来事に戸惑いはしたが、とりあえず目の前の女性に助けられたのは事実だった。ゆめは素直に礼を云った。
「気にしなくていいよ」
 と槍を手にした女が云う。
「お名前は?」
「あたしの名前は鬼灯(ほおずき)。あなたは?」
「ゆめです」
 かわいい名だね、と鬼灯が云うので、ゆめは満更でもない気分だ。
 そのとき、鬼灯の背後から黒いものが見えた。――荒れくれものの大男ザンザだ。
 ザンザの躰が黒い靄(もや)のようなもので覆われている。それは妖気に似ていた。
「小、娘がァ……」
 ぎこちない口調でザンザが云った。
「なんだ、まだやろうって云うのかい」
 それには答えず、ザンザは黙って自前の巨刀を手に店を出ていった。
 ゆめには黒いものがより濃く視えていた。

 ***

 夜の川の岸をゆめは歩いていた。
 蛍のような青い光がふわふわと飛んでいる。光は水面から湧いて出ている。どうにも幻想的で、不思議な光景だった。
 ゆめは川の浅瀬に足を入れた。水は冷たく、皮膚をなぞる。青い光がゆめの周りに集まってきた。まるで花の蜜を求める蝶のように。
 ゆめが光に手を伸ばそうとしたとき、光がパッと拡散した。
 不穏な気配を背後に感じる。
 ゆめは振り向く。
 巨大な影。誰かが立っていた。
 見たことにある巨躯。――ザンザだ。
 ザンザの躰は黒い靄に包まれている。それは昼間視たときよりもずっと濃かった。もう靄ではなく霧といえるだろう。
 その双眸は煌々と赤く、人のものではない。
 それはまるで人外の、――
 ザンザは明らかに魔性を纏っていた。
 ゆめは悲鳴を上げそうになる。
 そのとき声がした。
「何してる」
 男の声。このとき、それしかゆめにはわからなかった。

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DATE: 2011/07/13(水)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣(3)
 場の空気が少しばかり張り詰めているのは、飯屋の奥の席にいる巨漢のせいであった。
 男はザンザという北からの流れ者で、このあたりでも荒れくれ者として名が届いてきている。巨躯で強面という見るからに周りを圧倒する容姿に誰もが息を呑んでいた。
 さっきから好き放題食べているが、果たして食事代を払えるだけの銭を持っているのか誰もわからない。店主もいささか不安なのだが、ザンザの横に置いてある身の丈ほどある巨刀が恐ろしくて、尋ねることなどとてもじゃないが出来ない。
「あたしからのお裾分け」
 そう云ったのは肌が蝋のように白い女だった。顔もなかなかの美人である。女はザンザの前に酒を置いた。
「これはこれは、別嬪じゃねえか」
「お世辞を云ったって、他に何も出やしないよ」
「世辞じゃねえよ。お前ほどの器量の女はそう簡単には拝めねえ」
 と、ザンザは笑みをこぼしながら云った。
「悪い気はしないねえ。お兄さん、これもどうだい」
 女が差し出したのは団子であった。特に変哲もない、普通の団子である。
 ザンザはその団子を頬張り、女の腕を掴んだ。
「姐ちゃん、己(お)れの女になりゃしねえか」
 単刀直入な言葉に、女は嗤う。
「なんでえ、何が可笑しい」
 女の笑みに嘲りの色が含まれていることに、ザンザは怒りを露わにした。
「別に。小さいことを気にすると男が廃るよ」
 女の脇に、三味線があることに気付き、ザンザは女に云った。
「お前、それを弾いてみろ」
「良いよ」
 女が三味線を手に取り、ベベンと弦を弾いた。
「滅多なことでは披露しないんだけどね、今回は特別サ」
 弦を鳴らして、女が演奏を始める。その場に居たもの全員がその技量に圧倒され、魅了された。とてつもない腕前だ。どこからともなく「おお……」という感嘆の声が漏れる。
 そのとき、グ、と呻きをあげてザンザが腹を押さえながらよろめいた。
「……おい、どうしたんだ」
 ひそひそと周りでザンザの異変について話が始まったが、誰もザンザに近寄ろうとはしない。
「ぐおぉぉ」
 よろめいたザンザは隅の席に居る少女にのしかかるように倒れ込んだ。
 ――が、少女がその巨体で潰される前にザンザは止まった。正確には止められた。
 ザンザの巨体を一本の棒が支えている。いや、棒ではない。それは槍の柄だった。
「自分の躰も支えられないのか、下衆」
 よく通った声。それはまさしく女のもの。
 少女が見上げると、笠を被った女が片手に持った槍の柄でザンザの巨体を止めている。
「下衆だと……?」
 ザンザの顔は怒り心頭で紅潮している。鬼のような形相に、周りの者たちは一歩二歩と身を引いた。巻き添えになりたくない、という気持ちが滲み出ている。
「違うのかい。あんたの悪名はこっちにも聞こえてるよ。噂が本当なら下衆以外の何者でもないじゃないか」
「いい度胸じゃねえか」ザンザは自前の巨刀を手に取った。あれを振り回せば店など簡単に崩れてしまいそうだ。店の主人の顔が蒼白になる。「女、殺してやろうか」
「あんたにあたしを殺せるのかい?」
 女は槍の穂先をザンザに向けた。
「己れとやれると思ってるのか? よく見ればお前もなかなかの器量じゃねえか。殺す前に姦(や)ってやるよ」
 ザンザが巨刀を振り上げ、叩きつけるように女目掛けて振り下ろした。刃先が天井に当たり、家屋を破壊しながら刃は進む。
 それを見て女も動いた。迅(はや)い。ザンザが巨刀を振り下ろしきるより前に槍で巨体の脚を切った。そして突き。槍の穂先がザンザの腿を貫く。
「ぬッッ」
 バランスを崩したザンザの巨刀はまるで見当外れのところに刃先を食い込ませて、沈黙した。そこに女の槍がザンザの喉元を狙う。
「どうだい、まだやるかい?」
 あと一寸でも動けば、穂先がザンザの皮を裂いて肉を貫きそうだった。


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DATE: 2011/07/04(月)   CATEGORY: 雑記
五百羅漢。
先日、江戸東京博物館の『五百羅漢』展に行ってきたのですが、とても刺激受けました。
狩野一信のライフワークとも呼ぶべき五百羅漢図は、一信が10年かけて描いた全100幅からなる大作で、実物の目の前にすればずっと見ていられるほど魅力に満ちた作品群。

しかし一信は100幅すべてを描き終える前に亡くなっており、最後のあたりは一信の妻と弟子たちが仕上げたもの。
実物も最後の10幅程度だったでしょうか、それまでの魅力ある羅漢図から一気に勢いが落ちてしまっていました。最後は羅漢も一応いるよ、って程度になってしまっている残念ぶり。

それでも五百羅漢図には刺激とエネルギーをもらった気がします。
特に六道を描いたものが好みで、地獄道と餓鬼道を描いた部分が特に。こちらの創作意欲をそそられます。

地獄の鬼がいくつか描かれてましたが、その中に牛頭馬頭と思われるやつがいたり。
たまに出てくる妖怪や鬼、竜などが実にツボで楽しかったです。白澤とかいたし!


こういうことをしっかり作品にフィードバックしていけたらなー。


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