みやび萬紅堂。
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DATE: 2010/11/30(火)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(37)
 柩と名乗った男は異形の黒豹のその頭をやさしく撫でつけた。おもむろに露わになった野獣の脳溝に、柩の白い指が這う。
 ぐるるるるる。黒豹が唸った。無い眼で骸を睨めつけているかのようである。全身の筋肉が隆起している。力を漲らせている。今にも爆発しそうだ。「行け」
 その一言が黒豹の全てを解き放った。それと同時に黒き獣は猪突猛進に骸にぶつかっていく。骸は防御の体勢に入ったが、そのまま勢いよく吹き飛ばされた。
 しかし素早く起き上がると今度は骸の方から仕掛けた。骨刀が風を切り裂く。その切っ先が黒豹の牙と交差する。強い衝撃――骨刀に罅(ひび)が入った。
 骸は瞬時の判断で飛び退いて距離をつくる。
 柩が黒豹に歩み寄り、その剥き出しの脳にズブリと指を突っ込んだ。獣の叫び声があたりに響く。黒豹は唸り、躰をくねらせる。するとその体つきに変化が生じ始めた。前脚が太くなる。続いて後ろ脚も。見る見るうちに肉体が発達していくのがわかる。筋肉が恐るべき膨張を遂げていた。その暴走は止(とど)まることを知らず、ついには黒豹の皮膚を切り裂いた。筋繊維が覗き見える。次々の筋肉が皮膚を破り、獣の内から外を目指していく。
 気付けば黒豹の躰は最初の2倍ほどに膨れ上がっていた。
 苦しいのか、もがく獣は目の前にいる骸に怒りの矛先を定めたようだ。力が爆発する。発達しすぎた前脚が高速で骸を薙ぎ払った。一瞬で骸は壁に叩きつけられ、床に落ちる。彼の骨刀はぽっきりと折れていた。
 追撃。
 黒豹の強固な爪が砕くように壁を抉(えぐ)った。急激に増した力をコントロールできていないのか、その一撃は骸を切り裂くことをできていない。
 追撃。
 追撃、追撃追撃追撃。
 黒豹の猛攻が始まった。すでに骸のことは見えてないのかもしれない。攻撃は無差別に行われた。怒りが全てを見失わせているようだ。目の前にあればそれを破壊する。暴走する黒豹の姿は、見る者にそのような印象を受けさせる。
 骸は次々と繰り出される攻撃をかわしていった。正確には、もはや黒豹の目標は骸の定められたものではないので、攻撃を避けることはそれほど難しくはなかった。それでもかなりのスピードで爪が炸裂する。まるで流れ弾のように、攻撃が骸に向かうこともあった。そして強烈な一撃は、かするだけでも脅威だった。その衝撃は爆風を受けるのに似ている。
 骸は両腕から2本の新しい骨刀を生み出した。
 あの破壊力、まともに捉えられたらひとたまりもない。骸のチャンスは一度だけだ。彼の間合いは、つまりはお互いの攻撃圏内である。骸が仕留められなかったときは、黒豹の一撃が彼を粉砕するだろう。文字通りに、勢いだけで粉々になるかもしれない。
 攻撃。破壊。攻撃。粉砕。攻撃。衝撃。爆風。攻撃攻撃攻撃。
 一瞬の間。
 そのわずかな一瞬を骸は見逃さない。
 接近。
 骨刀が奔る。
 黒豹の首を捉えた。
 切っ先が触れる。あと数ミリで肉に食い込む。
 ――反撃。
 あまりにも反応が速かった。黒豹の攻撃が炸裂する。骸の間合いは、お互いの攻撃圏内。黒豹の太い前脚が彼に直撃、そして衝撃。それは爆発。全身がバラバラになって吹き飛ぶような圧力。次の瞬間には、骸の躰は黒豹からだいぶ離れたところに落ちていた。
 速い。強い。
 純粋すぎる、力の差。
 それでも骸は立ち上がる。砕けた骨は彼の超常的な自己治癒能力によっておそるべき速度で修復されていく。骨刀を握り締めた。
 ――まだ闘えるか?
 自分に問いかける。
 ――当然だ。それが自分の役目だ。
 彼は爆発的なスピードで黒豹に接近した。骨刀を投げる。それは矢のように真っ直ぐと飛ぶ。おそろしく速い。迅い。だが、黒豹の反射速度も並大抵ではない。飛んでくる骨刀を叩き落そうとする。
 そして、血が飛沫をあげた。
 骨刀が黒豹の剥き出た脳に突き刺さっている。投げたのとは別の、骨刀だ。つまり投げた骨刀は囮(おとり)だった。彼は素早く行動して、黒豹を間合いに捉えた。そして一撃。
 大地が震えるほどの雄叫び。否、叫び。
それは絶叫だ。痛みによる。絶叫だった。黒豹は痛みに叫んだ。それが大地を震わせた。もちろん大気も震えている。
 そのとき、骸の背後で殺気が漲った。


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DATE: 2010/11/28(日)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(36)
 灰色猿の牙が肉を貫き、血が滴った。リノリウムの白い床が赤く染まる。
「くそっ」
 すでに充分過ぎるほどズタズタの腕を盾に将平が未来の前に立っていた。彼の腕には灰色猿が咬みついていて、離れない。将平は自由の利く腕でナイフを掴み、それを灰色猿の赤い眼に突き刺した。赤い眼から、赤い血が流れる。彼はさらに力強く灰色猿の顔に刃を押し込み、激しく抉った。
 さすがの灰色猿も将平の渾身の攻撃に耐えられず、床に落ちて、それから動かなくなった。


「なかなかやるなぁ、お前」
 長髪の男が言う。明らかに面白がっている口調だ。この状況を愉しんでいる。
「お前は誰だ」骸が男に問う。「俺か? 俺はアンタと対極にあるモノだよ」
「……対極?」
「まァ 他に喩えがなかったからそう言っただけだけど。光と影、昼と夜、空と海、白と黒、塩と砂糖、善と悪。そんな感じだよ」男は首を傾げて、「あ、空の対極にあるのは海じゃなくて地かな? よくわかんねえや」。
「言っている意味がわからない」
「んなこと言われても、俺にもよく説明できねえんだよね。お前はお前がどんな存在か上手く説明できるのか? 俺もお前と同様に、あるとき気付けばそこに居て、なんなァ~くどう行動すべきかってのが底から湧き出てくるわけよ。なんつーか、そういう衝動が。アンタにはわかるだろ?」
 骸にはなんとなくわかるような気がしたが、あえて否定も肯定もしなかった。
「俺はずっとアンタのことを感じていた。アンタがどういう存在かってことも、なぜか理解していた。そして自分がどういう存在であるべきかも。――俺は邪魔する者だよ」
 相変わらず骸は黙っていた。男の言葉がわかるようで、わからない。惜しいところにまできているが、上手く言葉に出来ない。――だが、男が自分の対極にあるモノだということは、理屈抜きで理解し始めていた。自分が人間を護るべき存在だと理解したのと同様に、男が自分の対極にある存在だと感じていた。でも、それはどういうことなのだろう?
「簡単に言やァ……俺とアンタは闘う運命にあるってことだ。神様か仏様か知らねえけど、そういう超越した存在みたいなのがいたとして、そいつがそう決めたことなんだよ。全てはそいつの筋書きに従って動いてるのさ。なぁ、アンタなら理解できんだろ?」
 男は人ではない、自分と同様の存在だと骸は理解していた。
 つまりはヒトよりあの化け物たちに近い存在。なぜか骸は初めから言葉を有し、知識を有し、使命を感じ取っていたが、男も骸に似た“何か”なのだろう。それは化け物の亜種のような存在だ。膨大なエネルギーが一種のカタチを形成したとき化け物が誕生するが、骸は他の化け物とは少し違った種類の質のエネルギーが基となっているのか、人間を襲う化け物にはならなかった。男も骸と同じく、他と“何か”が違うのだ。その“何か”がわからないが、もしかすれば本当に神という超越した存在があって、それが何かの気紛れで自分や目の前の男を創ったのかもしれなかった。――そのようなことは、骸も少し考えたことがある。
「アンタは人間側についたが、俺は化け物の側についた。それだけのことだよ」
 男が、愉快そうに にいっ と口元を歪めた。
「お前が何であろうと、俺の邪魔をするなら斃すまでだ」
「そう――最初からそれしかねえんだよ、俺たちにゃ」
 骨刀を握る手に力が入る。骸は戦闘の態勢に入った。
「アンタ、名前はあるのか?」
「骸。自分でそう名付けた」
「ハハハッ! 骸! 空っぽの俺たちにはピッタリな名だなァ!」
「お前の名は?」
 男は首を傾げ、少し顔を顰(しか)めさせた。
「そうだな」男の双眸には邪悪なものが籠められている。「アンタが骸なら、俺は柩だ。――俺がアンタを殺すんだからな」


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DATE: 2010/11/26(金)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(35)
 まず鋭く太い牙が目の前にあった。咬みつけばいとも容易く頸(くび)をへし折りそうなほど逞しい顎。眼はなかった。凶暴な口からは唾液が滴り、未来の手が汚れた。それは黒い体毛をしていて、巨躯(おお)きいが細くしなやかでもあった。それは黒豹に似ていた。黒豹と明らかに違う点は、それには眼球がなく、脳が剥き出しであった。牙も恐ろしく長く、サーベルタイガーを連想させる。
 その黒豹の大きな口が、牙が、顎が、未来の目と鼻の先にあった。息が噴きかかる距離。本来なら不快だが、今は緊張と恐怖で嗅覚が正しく機能していない。心臓が鼓動を速めた。
「待て」
 誰かが言った。男の声だった。
 異形の黒豹は未来に襲いかかる様子はない。息荒げにしているが、それでも寸前のところで静止していた。
 そこで未来は、黒豹の首に鎖が巻きつけられていることに気が付く。
 視線が鎖を追い、ある男のところに到達する。黒い長髪を垂らした、痩躯の男だ。眼窩が窪み、目の下の隈(くま)が酷い。男は愉快そうに未来のことを見下ろしている。にいっと口元が歪んだ。
 男の肌は異様に白く、血が巡っていないかのようだった。それとは対照的に衣服は黒で統一されている。――その印象は骸を初めて見たときのものに非常に似ていた。
 だが、男は骸とは決定的に違う何かがある。相貌に違いが? 見た目は遠くもないが、近くもない。もっと違う何かだ。顔は端整で、見方によれば美しさすらあった。骸も造形は美しい。しかし、それとはもっと違う、妖しげな魅力を発している。恐怖(こわ)い。未来はそう思った。――そう、それは恐怖の向こうにある美しさ。凄惨で、禍々しく、そして静謐な一枚の暗い絵画のような魅力。人間の暗部を描きながら、しかし美しい。そんな絵画だ。そのような印象をその男は持っていた。
「いい子だから少し待ってな」
 男は異形の黒豹に言い聞かせているようだった。
 一瞬、未来の視界が遮られる。
 ――骸だった。
 骸が灰色猿との闘いを放棄して、未来を護りに入ったのだ。
 彼の骨刀と黒豹の太い牙がぶつかり合う。お互いに弾き飛ばされ、骸は体勢を整え直し再度接近する。黒豹の反応も速かった。再び骨刀と牙がぶつかり合った。
 ぐるるるるるる。
 黒豹が唾液を垂らして、唸る。
 三度目の合しようと骸が骨刀を構えたとき、彼の視界の隅に小さな影が奔った。
 キイイイ――!!
 灰色猿が未来を目掛け、牙を剥いて飛びかかった。


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DATE: 2010/11/24(水)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(34)
 将平の腕に異様な脹(ふく)らみがある。それがゆっくりと肩の方へとせり上がってきた。化け物が体内を移動している。このままでは将平もまた、ナース同様 脳を喰われてしまう運命かもしれない。あんな死に方は考え得る限り最悪だった。
 彼は必死にもがき、どうにかしようとするが、自分の腕の中にいるわけのわからない生物に対してどうすればいいのかわからない。だが、化け物は着実に彼の頭部を目指している。時間の猶予はなかった。彼にあるのはナイフのみ。将平はごくりと息を呑む。
 ――覚悟は決まった。
 彼は自分の手にあるナイフを、己の腕に突き立てた。腕の脹らみのある部分が刃に切り裂かれ、血が噴き出す。激痛が奔った。将平は喘ぎながらも、ぐりぐりと自分の腕をナイフで抉る。痛みに失神しそうだった。でも今 気を失うわけにはいかない。彼は力強く意識を保ち、自分の腕から軟体生物を抉りだした。それを床に投げ捨て、出来るだけ距離を置く。全身が汗でびっしょり濡れていた。
 将平は力尽きて、ゆっくりと睡(ねむ)るように目を閉じた。


 骨刀が鋭く空を切り裂いた。灰色猿は間一髪のところで骸の一太刀をかわしていた。恐るべき反射神経と身軽さだ。骸はさらに続けて宙に骨刀を何度か奔らせたが、猿に傷一つ負わせられていなかった。猿の方も骸に手出しできないようだが、このままでは埒(らち)が明かなかない。
 迅(はや)さでいえば互角であった。いや、むしろ灰色猿の方がわずかに迅いかもしれない。途中、未来の叫び声や将平の苦痛による喘ぎなどが聴こえたが、目の前の猿から目を離すことは出来なかった。確かに、想像していたとおり猿はそれほど強くなかった。しかし、骸が考えていたように簡単に斬り伏せられるような相手でもなかった。――これはなかなか梃子摺(てこず)りそうな相手だ。
 骨刀が宙を奔り、空を切り裂く。
 灰色の猿がそれを縦横無尽に避けてまわり、牙を剥き出しにして気を抜けば喉元を噛み千切ってやらんとばかりの形相だった。
 何か手はないのか――
 骸に焦りの色が浮かびあがってきた。彼を支える使命感はあくまで未来たちを護ることにある。敵を斃すことではない。少しでも目を離せば自分がやられるが、このまま未来たちを放っておくことも出来なかった。


 未来が倒れている将平に駆け寄り、軽く彼を揺するが反応はない。一瞬、嫌な予感に彼女の心臓が高鳴るが、どうやら息はしているようだ。彼は気を失っているだけだった。
 彼女は将平を抱きかかえながら、小刻みに震えていた。早く骸に戻ってきて欲しかった。ひとりでは心細い。新たな化け物が現れたときに、自分と将平を護り抜く自信がない。
 そう思った矢先、視界に黒い影が過ぎる。それは一瞬の黒い風のように、物凄い迅さで未来に接近してきた。


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DATE: 2010/11/22(月)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(33)
「どうかしましたか?」
 何の前触れもない突然の問いかけに、未来は躰をビクっと震わせ、あまりの驚きに動揺しながら振り向いた。そこにはナースの格好をした女性がひとり立っている。
「……いた」未来が呟いた。「ほら、いたよ! 将平!」
 確かに人がいた。そのことに将平は驚きを隠せなかった。骸の方はその表情からは何を思っているのか窺えない。未来は喜んで将平に駆け寄った。「早く看てもらいなよ!」
 ナースは疲弊しているのか、無表情だった。顔色が悪い。感情というものが窺えない。ただそこはかとなく怠惰的なものが漂っていた。生きる気力を失った、人のカタチをしたもの。そのような印象を受ける。まるで生気を感じられないのだ。
「あの、彼の腕を看てもらえませんか?」
 未来が将平の腕を取って、ナースの前に突き出す。
 キイイイ――!!
 いきなりの奇怪な鳴き声。灰色の猿が院内に侵入してきて、ついに骸たちに襲いかかる覚悟を決めたようだった。赤い眼がギョロリと将平を見定める。血の匂いに、思わず舌なめずりをする。未来は叫んだ。骸は腕から骨刀を取り出し、猿に斬りかかる!
 未来は将平を連れて院内のどこかへ逃げようと思い、彼の腕を掴んだ。しかし動かない。先にナースががっしりと彼の腕を掴んでいた。「何を――」
 ナースの顔から何かが滴った。その液体は赤い。驚いて未来は彼女の顔を見る。鼻から血が流れていた。そして口からもゴプッという音とともに血液が溢れ出した。続いて両目からも血を流し始める。
 未来は再び叫んだ。もう声にすらならなかった。ナースの眼球がグルンと回転して奥に引っ込んだ。頭頂部から噴水のように血が。頭蓋骨を割り、皮膚を突き抜けてナースの頭から何かが這い出してきた。それはクラゲかタコのような姿で、まるいボディに、いくつかの触手のような脚を持っていた。眼はない。表面はヌメリと粘液に包まれていて、色は肉色だった。内臓のようにも見える。未来はとっさにレバーを連想した。
 その肉の塊は、触手の合間に口があり――その姿はまさにタコのようである――そこで何かを喰らっていた。その何かとは、ナースの脳みそだ。彼女の脳には眼球もくっついている。その様子をして未来は嘔吐しそうになった。口元を押さえて、うずくまる。
 将平はナースの手を振り払って、ナースを蹴り飛ばした。一緒に肉の化け物も病院のリノリウムの床に叩きつけられる。彼は瞬時にナイフを取り出して、ナースの頭から出てきた肉の塊に刃を向けた。ナイフが化け物に食い込み、切り裂く。――だが、化け物は躰半分を切り裂かれてもお構いなしに俊敏な動きを見せ、将平の腕に絡みついた。彼は必死にはがそうとするが、ヌルリとした感触が気持ち悪い。なかなかはがれない。
 軟体な化け物は、その躰全体で将平の腕の傷口を刺激した。彼は痛みに喘ぐ。そして肉の触手がずぶりと傷口に突き刺さった。そのままずぶずぶと内部(なか)に入っていく。化け物は柔軟に躰を変えて、将平の体内に侵入した。



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DATE: 2010/11/20(土)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(32)
 その白い建物は不意に彼らの視界に入ってきた。未来は思わず声をあげる。目的の病院がもう目の前だったからだ。
 将平も未来に調子を合わせて笑顔を見せたが、本心は複雑だった。外見から判断した病院の様子では、人の気配は一切感じられないのだ。ここに医者がいるかもしれないというのは、あくまで幻想に過ぎない可能性を、彼は覚悟した。怪我をした腕は相変わらずひどく痛む。止血はしているが、衣類は赤く染まっていた。
 骸は人より先に化け物の気配を探っていた。今のところ不穏な動きは感じられない。後ろを付いてくる灰色猿を除いて、何もいないように思えた。それと同時に彼も将平と同様に近くに人の気配を感じることは出来なかった。病院内には誰もいない可能性が濃厚そうだ。
 そんな2人の気持ちを知らない未来は急いで病院の玄関に駆けて行った。電気が通じていないのか、エントランスは薄暗い。あるいは誰もいないのかもしれないが、その可能性を認めたくなかった。彼女はゆっくりと中に入る。それに骸と将平が続いた。
「誰か」未来は声をあげた。「誰かいませんか?」
 彼女を迎えるのは、沈黙。どこからも応答はない。
「すみません! 誰かいないんですか!」
 必死さを滲ませた未来の声が虚しく院内を響き渡り、やがてもとの沈黙(しじま)に吸い込まれる。この病院は無人のようだった。
「誰もいないようだな」
 骸の言葉に、未来は素直に肯(うなず)くことが出来ず、彼女はさらに建物の奥の方へと駆け出した。これだけ大きい病院だ。声が届いていないだけかもしれない。街は化け物がうろつく魔界なのだから、どこかに隠れている可能性だってある。まだ諦められない。――きっと、きっと!
「アンタの言うとおり、誰もいないみたいだ」
 覚悟していただけあって、将平は諦めの混じった声で言った。未来のように必死になれるだけの元気もなかった。怪我は確実に彼の心身を蝕んでいた。諦観ゆえの冷静さだった。
「これからどうする?」
 骸の問いに、将平はすぐに答えることが出来なかった。出血が続けば、自分はいずれ動けなくなるだろう。そして、そうなれば2人の足手まといになる。「さて、どうしたものかな」
 そこで将平は、2人のもとに戻ってきた未来の姿に気付いた。彼女は1人で、やはり誰もいなかったようだ。
「それは嬢ちゃんに決めてもらおうか」
 骸に異論はない。静かに肯く。

 そのとき、彼女の背後にある影が現れた。


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DATE: 2010/11/18(木)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(31)
 街は廃墟の連なる荒地の様相を呈している。そこを骸たちは突き進んでいた。彼らが思いついた病院までの最短ルートで。
 未来は先ほどから後方に意識を張り巡らせていた。目的地へと歩き始めて早数時間、その間のほとんどをずっと付いてきている存在を気にしているのだ。それは灰色の猿のようだった。猿といってもそれなりの大きさがある。だが、他の化け物のように規格外というわけでもなかった。あくまで猿と呼べる範囲内の大きさである。決してゴリラのような巨躯ではない。人間の、小学生程度のサイズの体躯をしている。
 その猿は建物の屋根などを器用に伝って骸たちを追ってきていた。おそらく将平の血の匂いにでも惹かれてきたのだろう。その眼は求めるものと同じ、血のような赤であった。灰色の体毛の中に浮かぶ2つの赤い眼が彼らを狙っていた。
 未来は気にしていたが、骸はそれほどまで灰色の猿に意識を向けているようではなかった。猿は自分の力に自信がないのか、あるいは己と力と骸の力を正確に見極め、天秤に掛け、まともに闘っては自分では敵わないとわかっていて隙を窺っているように見える。それをわかっていて、骸は猿を大して問題視していなかった。最低限の注意さえしていれば、猿は自分たちを襲ってこないだろうという考えからだ。そして、出来るだけ戦闘は避けたかった。猿1匹だけなら苦戦もしないだろうが、もし途中で他の化け物が現れでもしたら未来や将平の命を危険にさらしてしまう。骸はそれだけを危惧していた。ただし、機会があれば始末しておこうという気持ちも確かに存在している。だが、それは急ぎではない。最優先すべきは、将平を病院に連れていって彼に適切な処置を受けさせることだった。
 空は、錆(にび)色に染まっていた。怪しげな雲が立ち込めている。どこか人の心を不安にさせる空模様だ。未来はずっと胸騒ぎがしてならない。何もなけれはいいけれど――…


 ***


 わずかに風が吹いていた。男の長髪が靡いている。眼窩の窪んだような双眸で、男は虚空を見つめている。だが、男が見ようとしているのは目の前の虚空ではない。まだ見えぬ彼の姿だった。男は彼が近付いているのを確かに感じ取っていた。彼はまだ男に気付いていないようだ。男はゆっくりと口元を歪ませ、にいっと笑った。
 2人はもうすぐ出遭う運命(さだめ)にある。
 その刻は着実に近付いていた。砂時計の落ちる砂のように、着実に。


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DATE: 2010/11/16(火)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(30)
 朝が訪れた。未来は将平の傷を簡単に手当したが、彼の腕の傷は深く、当分は動かせそうにない。本来なら、医師の治療が必要なのだろうが、この街で医師を探すのは困難であることは容易に想像が出来た。
 ――本当にそうだろうか?
 ふと、未来は思う。人々は襲われ、確かに街で生き残った人間は少ないかもしれない。……だが、病院に行けば誰かがいるのではないだろうか。
「ねえ、わたし将平を病院に連れて行きたいと思う」
 それはとてつもなく小さな希望。この魔界と化した街で抱くには、あまりに儚い。
 それでもその可能性に賭けてみたい――未来は思った。この状況下で人々を集まる場所はどこだろう? そう多くはないはずだ。大勢の人間が化け物どもに襲われ、殺されている。しかし、その中には生き残った人間も多少ながらいるはずだった。自分がいい例である。そして、命からがらに逃げ延びて負傷した人間が向かおうとする先は、やはり病院だろう。そこなら誰かしらいる可能性は決して低くはないはずだ。
「いいだろう」
 骸はそれだけ言って、将平に手を貸した。「行動するなら早い方がいい」
 そもそも行くあてなどあってないようなものだったから彼にとって向かう先はどこでもいいわけである。問題は、いかに未来たちを護るかということだった。彼の存在意義はその一点に集約されているのだから。
 だが、骸はある懸念をしていた。彼は未来の考えを察したうえで了承したのだが、人が集まるところはつまり化け物にとっても最高の餌場なのである。確かに病院を目指した人間を多いかもしれないが、そのうち何人が生き残っているだろう。もし無事に病院に辿り着いたとしても、人々が多ければ多いほど化け物に狙われる確率も大きくなるはずだった。
 ――それでも。
 骸の存在意義は人間を護ることにある。そこに誰かがいる可能性があるのならば、彼は危険を冒してでも行く理由があった。問題は未来たちの安全だが、それを護るために自分はいるのではないか。ただ全力を尽くして護ればいい。それに、この街に安全な場所などあるとはいえないのだから、結局どこにいても同じかもしれない。なにより未来自身、きっと危険は覚悟しているだろうことは容易に読み取れた。ならば彼は彼女に付き従うまでだと思った。
 小さな病院よりも、やはり大きな病院だろうということで意見はまとまった。小さな病院、あるいは診療所の類いの方が危険は少ないかもしれなかった。それと同時に誰かがいる可能性も低いように感じられた。人が集まるならやはり大病院である。一番近くにある大きな病院は、数時間歩けば着く距離にあった。
 目的地は定まった。一同は再び魔界の地を歩み出した。


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DATE: 2010/11/14(日)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(29)
 未来たちが将平と行動するようになってから早数日が経っていた。あれ以来、将平は未来に好意的に接している。元来は人が良いらしい。それほど、彼はあのとき極限状態にあったのだろうと未来は思っていた。自分だって弘之や骸がいてくれたからよかったものの、ずっと一人だとしたら今頃神経を磨り減らして参ってしまっていたことだろう。
 この晩、将平はなかなか寝就けずにいた。アウトドアショップで手に入れたシュラフにくるまるも落ち着かない。夜の静けさが逆に耳障りに感じていた。どうして今夜これほど気分がざわつくのだろう?
 将平は眠るのを諦めてシュラフを脱け出た。ガスコンロでお湯を沸かす。同じくアウトドアショップで手に入れたステンレス製のマグを取り出して、コーヒーを淹れた。良い香りがあたりに広がった。
 熱いコーヒーを啜りながら、彼は違和感を覚えた。なんだろう、視線を感じる。彼は周りを見回す。何もない。――ん?
 そこには、赤く円いものが宙に浮いていた。夜の闇から浮かびあがっていた。それもひとつではない。2つある。
 将平は手元にあったライトをそちらに向けた。光線が闇を切り裂く。彼は目の前に自分と同じくらいの大きさのシルエットを見た。
 ――それは天井からぶらさがっていた。
 赤い円は、そいつの眼だった。フクロウのように大きく円い眼だが、躰はコウモリに酷似している。そいつが羽ばたいた。
 キィィィィィィ!!
 かん高い鳴き声が反響する。将平は思わず耳を塞いだ。巨大なコウモリは彼目掛けて突っ込んでいく。びっくりして将平は飛び退き、その際にコーヒーが零れて足にかかった。「あちっ!」
 将平の声に未来が気付き、骸は素早く骨刀を手にして低く構えた。
 コウモリは1匹だけではないようだ。2匹、3匹と数が増えていく。骨刀がそのうちの1匹を両断した。コウモリの絶叫があたりに響いた。
 1匹のコウモリが未来に向かって飛翔する。
 将平は、何かを考えるより先に躰が動いていた。
 コウモリの巨大な牙が未来に襲いかかる。
 しかし、その牙は未来ではなく、将平の腕を貫いた。
 将平が未来とコウモリの間に飛び込み、未来を護ったのだった。
「逃げろ!」
 彼は愛用のナイフを取り出し、それをコウモリの眼に突き立てた。
 キィィィィィィィィィィィィィ!!
 金切り声に似た鳴き声が耳をつんざく。
 骨刀が一閃した。
 コウモリの首から上が地面に落ちる。
 骸が残りのコウモリに骨刀を向けた。


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DATE: 2010/11/12(金)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(28)
 ナイフの刃が頬に押しつけられていた。その冷たい刃はあっさりと未来の皮膚を切り裂き、血を溢れさせてしまいそうだった。
 彼女は恐怖で動けなくなっていた。頬を切られたところで死ぬことはない。そう思っていても、躰が強張って動けない。わずかに震えてもいた。
 あれだけの化け物を相手にして生き延びてきたっていうのに、たったひとりの人間がこんなに怖いなんて。未来は自嘲する。たったひとつの鉄の刃が今は何よりも怖い。
「動くなよ」
 男の低い声が耳に届いた。
 食料の入ったリュックを取り上げられてしまった。未来は一瞬そう思ったが、だがリュックひとつ分の食料が一体なんだというのだろう? 食料なんてまた探せばいいだけのことだ。だけど命は他に代えられない。おとなしくしていよう。おとなしく、食料を渡せばいいだけのことだ。
 未来は男の視線を感じていた。それは躰を見定めるようで、体中を舐めまわすかのようで、気持ちが悪かった。思い出したくもないのに、西田のことが脳裏をよぎった。食料を手放すのは惜しくないが、体まで奪われるのはいやだった。それだけはなんとしても避けたかった。彼女は震える唇を噛み締めた。
「何をしている」
 未来にとって聞き馴染みのある声。それは骸のものだった。彼女は思わず振り向く。男は、見知らぬ人間の不意の登場に驚いている様子で、未来が動いたことなど気付きもしなかった。
「何をしている、と訊いているのだが」
 骸が一歩進み、男に近付いた。骸が躰から発する異様なオーラ。男は恐怖のあまり、一瞬息が止まるかと思った。だが、思いついたように未来を抱き寄せ、彼女の喉元にナイフを当てた。「こっちに来るんじゃねえ!」
 それに対して骸の反応は早かった。目にも止まらぬ速度で一気に距離を詰め、男のナイフを持った腕を掴んだ。そしてあっけないほど簡単に男はナイフを放し、それは地面に落ちた。
「いてぇ! 放してくれ!」
 骸は力を抜いて、男の腕を放した。
正直、男には力というものがまるでなかった。凶器(ナイフ)さえなければ、未来でさえ打ち倒せるかもしれない。男は明らかに空腹で、そのため力で出せていなかった。
「次は、容赦はしない」
 脱力したのか、男はその場に座り込んでしまった。
「あなた、名前は?」と未来が尋ねてみた。
「将平。伊田 将平」
「お腹空いてるんでしょ? なにか食べる?」
 将平は信じられない、といった様子で未来を見つめた。未来が食べ物を差し出すと、それを無我夢中になって食べた。
 彼の話を信じるならば、本当に何日も何も食べていないらしかった。水も飲んでおらず、彼がほとんど汗をかいていないのもそのせいなのだろうと未来は思った。将平はこの街に化け物が現れて以来、ずっと隠れていたらしい。その間は何も食べ物はなく、それでも死にたくない一心で隠れ続けていた。だが、ついに化け物に対しての恐怖心より飢えが勝(まさ)った。そして、食べ物を求めて街を彷徨っていたところに未来が現れたらしかった。
「もうわたしにナイフを向けないでよね」
 そう言って、未来は将平にナイフを渡した。
「……どうして?」
「そのナイフがあれば、気休め程度にはなると思うから。化け物どもに通用するとは思えないけど、それでも活路を開くくらいはできるかもしれないじゃない?」
 ごめんなさい、将平の口からそんな言葉が漏れた気がしたが、それは嗚咽に混じってきちんとした声にはなっていなかった。

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