みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
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DATE: 2010/06/29(火)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(3)
 風の音が聴こえる。目が覚めてしまったが、窓を覗くとあたりはまだ暗く夜中のようだった。
 月明かりが櫻宮邸の庭を照らしていた。

 桜の木々が見えた。

 そのうちの一際大きな一本。とても、紅い、花弁。
 私はその血のような色に恐ろしさすら感じる。あまりにも、紅過ぎる。月の光がそれを引き立てるようだった。妖艶に彩られる桜。

 ふと、人影に気付いた。

 四郎だった。
 彼はその紅い桜の樹の下に立っていた。

 ――どうしたのだろう?

 私はそっと部屋を脱け出した。
 


 ***


 紅い花弁が舞っていた。それは血の雪のようだった。ひらひらと舞う、紅。
 その紅い桜を神堂 四郎は眺めていた。その紅さの根源を問うかのように、見つめている。その目はどこか哀しげだった。風が彼の髪を靡かせる。

「こんなところにいましたの。」

 声をかけられて、彼は振り向く。
 そこにあるのは、そこに居るのは、櫻宮 一葉の姿。この屋敷の主。

「母の行方、わかりそうですか?」

 一呼吸置いてから、四郎は云う。

「ええ。」

 一葉には、驚いた様子はなかった。

「そうですか。それで、母はどこに?」
「お会いになりたいですか。」
「できれば。」
「お母様は、貴女の目の前に。」
「そこには貴方しかいませんけれど。」
「僕の、その先です。」

 彼女は、四郎を越えて一本の桜の樹を見遣った。

「桜があります。」
「ええ。」
「そこに母が?」
「おそらく。」
「紅い桜は、その根が血を吸ったからだという話がありましたね。」
「綺麗な桜の下には死体が埋まっているという話です。」
「でも、その桜は私が物心をついたときからすでにそのような紅さでした。」
「あるいは、そうなのかもしれません。」
「母はもう生きてはいないんですね。」
「そうなのでしょうね。」

 沈黙。
 風が凪いだ。血の雪が、わずかに止む。

「教えてくれませんか。貴女がお母様を殺した理由を」


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DATE: 2010/06/27(日)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(2)
 あのあと一葉には1人で先に帰ってもらい、私は「あやかし堂」に残り四郎から詳しい話を説明してもらった。

 信じ難いことだけれど、四郎は本当に妖怪・怪異を専門に扱う商売をしているらしい。
 今までに色々な事件を解決してきたのだと云う。

 そしてやっと合点がいった。
 これで以前に私が四郎に悪夢を祓(はら)ってもらったことの説明が付く。
 あれは偶然などではなく本当に彼の力で行われたことだったのだ。

 そして私はやっと1年前のお礼を云う機会が訪れた。
 あのときのことは本当に感謝している。


 ***


 櫻宮一葉の屋敷は東北の山奥にあった。最後に通った村からもう30分以上は走っている。一葉の屋敷は村から30分のところにあるのではなかったのか?
 四郎も一葉も黙ったままだった。タクシードライバーですら何も話さない。わたしには少し空気が重く感じられた。早く、早く着かないだろうか。
「もうすぐです。見えてきました」
 山奥の一画に櫻宮家の屋敷は聳(そび)えていた。大きなお屋敷だ。庭もかなりの面積がある。そして庭には多くの桜の木。

 ――真っ赤な桜の花弁。

 私の人生の中でこんなにも紅く咲く桜など見たこともなかった。初めて見る紅い桜。

「これは…ヤマザクラでしょうか。」

 四郎が云った。ヤマザクラ? わたしは桜の木の種類など知らない。桜は桜だ。それじゃだめなのだろうか。

「ベニヤマザクラです。ヤマザクラよりさらに紅い桜です。」

 桜の木を見上げながら一葉は云った。桜の中でも紅い種類だったのか。わたしは血で染めたような紅さだと思ってしまっていた。

「ベニヤマザクラですか。」
「ええ。」
「それにしても、ここまで紅い桜など初めて見ますよ。」

 四郎がそう云う。一葉は、そうでしょう、と呟いたように云いそれから黙った。
 桜の木から屋敷の方へと目を移すと、屋敷の玄関に男が立っていた。

「お嬢さま、お帰りなさいませ。」

 白髪の老人は云った。どうやらこれが噂の執事らしい。見た目はかなり高齢に見えるが彼の動きから予想するにわたしの想像よりずっと若いのかもしれない。

「石川と申します。」

 老執事は自ら名乗った。

「神堂と申します。お邪魔させて頂きます。」

 私も四郎に倣って目礼して名乗った。

「お嬢さまからお話は伺っております。――こちらへどうぞ。」

 石川に案内され、私たちは屋敷の奥へと進んだ。
 かなり古い建物であるが、老朽化しているようには見えず、まだまだ使えそうだった。余程しっかりした造りなのだろう。

「ここが母の部屋です。」

 そこは想像していたのとはやや違って、質素な部屋だった。広過ぎる部屋がより寂しさを演出している印象すら受けた。

「広いですね。」
「ええ。母はここでいつも独りでした。」
「寂しかったでしょうね。」
「そうかもしれませんね。」

 そう云う一葉の言葉はまるで無機質に感じられた。温度がない。
彼女は母親とうまくいってなかったのだろうか?
 そのような考えが浮かんでは消えていった。

「お部屋を案内しましょう。」

 私たちに宛がわれた部屋もまた広く立派だった。古めかしくはあるが、丁寧に管理されているからなのか、ずっと使われていなかったようには見えないほどしっかりしている。それに綺麗だった。

「お食事の準備が出来ましたらお呼び致しますので。」

 執事の石川はそう云うと引き下がっていった。


 ***


 神堂 四郎は櫻宮 一葉と初めて出会った夜のことを思い出していた。
 あれは雨の日だった。店はもう閉めようと思っていたところに、一葉はやってきた。

「すみません。すこしだけ、雨宿りしてもよろしいでしょうか?」

 彼女はそう云った。
 傘を持っていなかった一葉は随分と濡れていた。そこで四郎はタオルを持ってきて彼女に差し出す。それから温かい紅茶を入れてやった。

「ありがとうございます。」

 部屋の片隅で黒猫のスグリが彼女を一瞥してから、丸くなった。特に興味はないようで、欠伸をして目を閉じた。

「面白い屋号ですのね。何の店です?」
「しがない骨董品屋です。」
「お一人で?」
「ええ。」

 それからしばらく二人は何も話さなかった。
 ただ外の様子を眺めていただけだ。ザアザアと雨が降っていた。

 ――彼女は

 四郎は思う。
 
 ――彼女は一体

 しかし、途中で思考を止めた。

「雨が上がりましたね」

 気付けば、雨は止んでいた。
 四郎がそれを視認したのを見て、一葉が立ち上がる。

「そろそろ行きます。どうもお世話になりました。」
「またいつでもどうぞ。」

 微笑んで、四郎は彼女が行くのを見送った。
 彼は確信していた。


 ――いずれ彼女はまたここに来るだろう。


 それは事実になった。


 ***


 食事を終え、その日はもう休むことになった。
 四郎は一葉の母親を捜し出すためにここへ来たはずなのだが、“神隠し”というのは一体どうやって捜すものなのか私には見当もつかない。とにかく今日は何かをするということはないようだった。

 遠い地に赴いたこともあり、疲れていたらしい私はすぐに眠りに落ちた。

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DATE: 2010/06/25(金)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(1)
 人里から少し離れた山奥に、その屋敷は聳え立っていた。
 屋敷は一目見ても相当古いことが窺える。実際近くの村の人間ですら、その屋敷がいつからあるものか明瞭に憶えている者はいなかった。あるいは村の歴史より遥かに古いのかもしれない、そう思ってしまうほど、その屋敷は古く、そして謎に包まれていた。

 屋敷には大きな庭があった。
 そして数本の櫻の樹があった。

 その中でも一際大きな樹が一本ある。

 それは他のどの櫻よりも紅い花を咲かせている。
 まるでその樹だけ血を浴びたような紅さである。とても紅い。

 樹の下には娘が立っていた。
 彼女は血を浴びたような紅い花弁をじっと見つめていた。

 辺りには血飛沫のように、紅い花弁が舞っていた。


 ***


 彼女とは最近知り合った。
 名を櫻宮 一葉と云って、とてもお淑やかで、可憐な女性だ。

 そう、彼女は、私とは比べ物にならないほどの美人だった。

 私は今その一葉さんと一緒にある処(ところ)へ向かっている。
 実際のところ私も詳しくは聞いていないのだが、向かう先はとあるお店である。しかし残念なことに彼女の説明ではいまいち要領を得ることは出来ず、向かっている今でさえ向かう先が何の店なのかすら明確には把握出来ていないのだ。
 しかしどうやら彼女の話から察すると古い我楽多(がらくた)屋のようだった。

「もう少しよ。」と一葉さんが云った。

 我楽多屋と云えば、私は以前不思議な骨董屋にお世話になったことがある。
 当時は成り行きで親しくなって、とてもお世話になってしまった。あれからずっとお礼を云いたいのだけれど、不思議なことに私は彼のお店の場所を覚えていないのだ。

 そしてそのとき私は彼に御守りを貰った。
 紫の袋に包まれたそれは今でも大切に持っている。

「見えて来たわ。」と一葉が云って指差した。
 私は彼女の指が示した処に目を遣(や)った。そこには年季の入った小さなお店があった。看板には「あやかし堂」と書かれている。

「え?」

 私は自分の目を疑った。
 今まさに目の前にあるこの古びた骨董屋こそ私がずっと探していた「あやかし堂」なのである。

 私は慌ててその古びた店のドアを押して中へ這入った。
 店の中には黒猫を膝(ひざ)に載せた男が木の椅子に腰掛けている。男は幼く少年のような顔立ちだった。

「四郎さん!」私はつい叫んでしまった。

 この古い骨董屋「あやかし堂」の主人、神堂 四郎はこちらを見た。
 よく見ると本当に幼い顔立ちだ。とても私と同い年とは思えなかった。しかし彼はも私と同じく二十歳(はたち)である。もはや大人(おとな)だ。

「こんにちは。」と四郎は云った。

 私が、自分が以前世話になったことを告げようとしたのだがその前に「久しぶりですね。」と彼は云った。あれから1年は経とうとしているのに彼は私のことを憶えてくれていたのだ。
 私は嬉しくて少し涙目になってしまった。

 背後から、ギイ、と云う音がした。

 振り返るとそこには一葉が立っていた。
 一瞬のことではあるが、私は気が動転し過ぎて彼女のことを忘れてしまっていた。少し申し訳ない。

「どうしたの? 凄い勢い走って行ってしまうんだから吃驚(びっくり)したわ。」

 私は彼女に説明をした。
 私が以前に彼にお世話になったこと。そしてお礼を云いたかったのだけれどこのお店を何故か見つけることが出来ずにいたこと。それからずっとこのお店をずっと探していたこと。

 私が全てを説明すると彼女は「そうだったの。」と少し驚いたように云った。

「もう説明は終わりましたか?」と四郎が云った。
「ええ。もう充分なほどに。」と一葉がそれに答えた。

 いつの間にやらテーブルにはティーカップが3つ並んでいた。
 四郎はそれに紅茶を注(そそ)ぐと、どうぞ、と云って勧めてくれた。

 そして私たちは本題へと入った。
 いや、正確に云うと彼女が本題へと入ったのだが。

 彼女がここへ足を運んだ目的とは私と同じく相談があってのことだった。
 彼――神堂 四郎――に話せば大抵のことは解決してくれるのではないか、不思議とそんな気持ちになる。彼女が四郎に頼りたくなるのもよく解ることだった。

「実は、母が消えてしまったのです。」と一葉が云った。

 母が消えた? 私も初めて聞く話だった。
 そのあと彼女は詳しい説明を四郎にした。

 ――先日、実家から1件の電話が掛かってきました。
 その電話は実家の執事からの電話でした。とても慌てているようで何を云っているのか聞き取り難(にく)いところもありましたが、執事は私の母が消えてしまったと云うのです。
 私は驚きました。大慌てで実家へと急ぎ向かいました。そして実家に着くと本当に母は消えてしまっていたのです。
 それから辺りを何度も捜しましたが、母は一向に見つかりません。

 後半部分、一葉の声は涙声になっていた。

「お訊きしてもよろしいでしょうか。」と四郎は云った。
「なんでしょう?」一葉は涙を堪えた様子だ。
「お母様が家出をなさった可能性はないのですか?」
「いいえ。ありません。」一葉ははっきりと云った。
「それはどうして?」四郎が訊き返す。
「実家は田舎の山奥にあるのです。」
「それで?」
「あそこから出るには車が要ります。特に母は女ですし、そう若くもありませんからなおのことです。」
「それはつまり、近くに民家などはないと?」
「ええ。その通りです。家の周りは何もありません、ただの山です。一番近くの村まで行くにしても車で30分はかかります。」
「それは確かに遠いですね。さらに辺りが山となると、まず歩きはしないでしょうね。」
「そういうことです。」

 話を聞く限りでは、一葉の実家は不便極まりないような処にあるらしい。
 一番近くの村ですら車で30分も山道を走らねばならないとなると相当だろう。
 何故そんなところへ家を建てる気になったのかが私には解らないが、それを一葉に云っても仕方がない。そこに家を建てたのは彼女ではないのだから。

「お母様は車を運転にならなかったのですね?」
「ええ。運転は出来ませんでした。それに屋敷には車が1台あるだけです。」
「それは執事さんが?」
「そうです。もう結構な高齢なのですが、まだまだ元気でよく働いてくれています。」

 高齢と云うのは何歳くらいなのだろうか。
 しかしそんなことのためだけに私が話に割り込むのはどうかと思ったのでそれを訊ねるのは止めておいた。

「誰かが迎えに来たと云うのは考えられないのでしょうか?」
「誰かが来たならきっと執事が気付くと思います。あとウチの屋敷に行く道を通る者は少ないので、通れば村の方が気付くのです。私も訊いてみたのですが、誰も通らなかった、と。」

 整理するとこうなのだろう。
 ひとつは、一葉の実家のお屋敷は人里離れた山の中で、歩いて何処(どこ)かへ行くことは困難を極める。
 ふたつめは、一葉のお母さんは車の運転が出来ない。よってお母さん1人だけで何処かへ行くことも出来ない。
 みっつめは、誰かが車で一葉のお母さんを迎えに来た可能性も捨てられないが、そうなると執事や村の人々が気付く可能性が高く、そうは考え難い。
 つまり要約すると一葉のお母さんは何処へも行くことも出来ないので、まるで煙のように消えてしまったと云うことになるわけだ。

「もちろん山も調べたんですよね? その屋敷の周りなんかも。」
「ええ。もちろんです。」と一葉が云った。

 四郎は少し黙って考え込んでしまった。
 彼の足元を見てみると、そこには黒猫が寝そべっていた。

「では、一葉さんはどうお考えになっているのですか?」
 しかし直ぐに沈黙は破られた。
「私ですか? 私は、そうですね。神隠しではないかと。」と一葉は云う。
「神隠しですか?」
「実家の辺りでは昔から神隠しの噂があるので。」
「それは興味深いですね。」
「神隠しは神堂さんの得意分野でしょう?」
「それは何故?」

「ご活躍はお聞きしております。」と一葉は云った。

 得意分野と云うのはどういうことだろうか。
 一葉の云う「活躍」というのは一体どのようなものなのだろう。
 私は解らないことばかりだった。しかし私のくだらない質問を投げかけるには今はタイミングが悪すぎる。

「妖怪や怪異を専門に取り扱ったご商売をなされていると伺っております。」

 妖怪? 怪異?
 四郎の商売と云うと「あやかし堂」と云う骨董屋だろうと私は思った。
 妖怪や怪異などを扱うような如何(いかが)わしい商売にしていると云うのはどうも信憑性に事足りない。

「それは一体誰から?」と四郎は云った。
「それは云えませぬ。」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです。」

 四郎は一呼吸置いた。
 それと同時に黒猫がニャと短く鳴いた。

「解りました。そのご依頼を受けましょう。」

 そう云うと四郎は紅茶を啜(すす)った。
 私には彼女、一葉が四郎に何を依頼したのかがいまいち解らずにいた。つまり母親の捜索と云うことだろうか。

「では、出来るだけ早くに一葉さんの実家へ足を運ぶことにしましょう。」

 私は未(いま)だに何も解らぬままだった。


 ***


「面倒なことになったな。」と黒猫が云った。
 四郎は返事をせずに黙ったままでいた。

「まさか神隠しとはのう。」

 黒猫がそう云うと少し開いた窓の隙間から春の風が入ってきた。
 その風が四郎の輪郭をなぞった。四郎は春の風の心地よさを感じた。

「うん。これは面倒なことになった」

 そうだけ云うと四郎は再び黙った。

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DATE: 2010/06/22(火)   CATEGORY: 雑記
ねむいのはだれのせい?
眠い。ヒジョーにねむい。


今日は次あたりに載せようと思っている小説を書き進めようと思ったのだが(ずっと放置している、この作品)、眠い。眠くてやる気にならない。ちょーねむい。詰まってる小説がもう全然ダメ過ぎていっそ没にしてしまおうか悩む。そうすれば更新率上げられるかもしれない。だるい。ねむい。


とりあえず、思ったほど更新率は上がらなく、作業が進まない。
何でもいいから文章書きたい。誰かアイデアくれ。原案が欲しい。糒。


髪が伸びてきたので切らなきゃならないのがだるい。鋏はどこじゃ。


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ガール・イズ・ダンサー・イン・ザ・ウエストゲートパーク
 東京は眠らないというのは少し嘘のことで、終電を過ぎれば街はいくぶんか静かになる。もちろんこの時間にも営業している店はたくさんあるし、ということは働いている人も大勢いる。それでも東京は眠る。人間だって眠っている間にすべての活動がストップしているわけじゃないように、東京もまたその活動が緩やかになっただけなのだと俺は思っている。
 先ほどまで酔っ払いが何やら意味不明の言葉を叫んでいたが、今はここも静かになった。そろそろここも眠りに就いたようだ。そう、池袋西口公園で俺は思った。
 今この西口公園は静かに活動していた。言い換えれば、緩やかに。
 まず、小さな鏡を見ながら頭髪を剃っているおっさんがいた。そして中東出身と思われる浅黒い肌のカップル。一匹の黒猫。毛並みはビロードのように滑らかで光沢があり、黒豹を思わせる気高さを放っていた。それからその数メートル先には酔っ払いすぎた結果、冷たく硬い地面の上で眠り始めてしまった中年サラリーマン。あと俺自身のことも忘れてはいけない。
 終電を逃した男女がタクシーに乗り込むのが視界の隅で確認された。
 タクシーは眠った街の中で最もよく働く細胞のひとつだ。夕方眠っていた運転手もここぞとばかりにむくりと身を起こし、終電を逃した客をすかさず拾い上げる。そして指定された場所まで彼らを運ぶ。先ほどは細胞と言ったが、タクシーは血液に似た役目を果たしている。眠っていても血液は巡るものだ。
 タクシーに乗り込んだ男女のことを考えてみる。
 彼らは恋人同士ではないと思う。そこまでの親密さは見えなかった。だが、お互いにある程度は気を許しあってるだろう。そうでなければこの時間まで一緒にいないだろうし、同じタクシーにも乗らないはずだ(純粋に金銭的理由からの行動ということも考えられなくはない)。おそらく、彼らは別のところで降りる予定なのだろう。しかし、先に自宅の近くに着いた彼女がドアから半身を出して、車から降りかけているときに言うかもしれない。「ウチに寄っていきませんか?」
 それは彼女にとって多少勇気のいる言葉だ。彼女は普段からそうして軽々しく男を部屋に上げるような女性ではない。だけど、彼ならいいだろう、そう思って彼女は誘う。「あの、ウチに寄っていきませんか?」
 幸い、明日は休日だった。2人とも特に予定もない。強いて挙げれば、彼は溜まっている洗濯物をそろそろ洗濯機に放り込み、洗濯洗剤と水でかき回し、途中で柔軟剤がそれに参加して、最終的にはびしょびしょと言わないまでも充分に濡れた衣類だけがそこに残る。それを手に取り、はたき、ハンガーにかけてぶら下げる。それを何度も繰り返さなくてはいけない時期だということくらいだろう。でも、それは後回しにもできる。だから彼は彼女の申し入れを素直に受け止めることだと思う。彼女は自分が軽い女ではないと、いつもこうしているわけではないというエクスキューズのためにこう付け加えるはずだ。「ここからタクシーで帰るより、ウチで始発を待って電車で帰った方が随分と安く済むはずだから」
 そこまで脳内で展開させたとき、目の前でミャアと鳴いた。現実に意識を戻すとそこには黒猫がいた。黒豹のような黒猫が。
 そして、白く細い脚も見えた。
 ――脚? 一体だれの?
 俺は顔を上げて、そして初めて彼女の存在に気付いた。細身で、たぶん黒髪で、小さな唇と小さな鼻とぱっちりとした二つの目。ロリピンクのワンピースを着た女の子。
 ――女の子?
 彼女は本当に女の子なのだろうか。見ようによっては自分と同じくらいにも見える。そして、自分より遥かに年上のようにも見えた。独特の、落ち着いた雰囲気をその瞳は放っていた。
 しかし、見た目は幼い。幼いといえば語弊かもしれないが、彼女は確かに童顔だった。
「なにか?」
 こちらをじっと見つめる彼女に俺は問う。返事はなかった。
 そして彼女は踊りだした。独特のリズムに乗って、確かに彼女は踊りだした。独自のステップで、彼女は彼女のダンスを始めた。それはクラシック・バレエにも似ていた(ちゃんとクラシック・バレエを見たことはない)。童顔の彼女は、何も言わず踊った。時に激しく、時に静かに。それは動脈と静脈を思わせる。まるで「生」そのものにも見える。彼女は呼吸をしていた。胸を膨らませて、肺を振り絞って。彼女は呼吸をしていた。
 そして彼女の踊りもまた呼吸をしていた。彼女と一緒に。彼女に合わせるように。彼女のダンスもまた呼吸をしていた。
 池袋西口公園に設置されている時計の針がこのときばかりは止まってしまっているのではないかと思った。彼女は時間を超えて踊っている。誰かが言うには時間と空間は同じものらしいから、彼女は空間も超えて踊っていることになる。そのダンスは時空を超えていた。時空を超えて、彼女は踊っていた。
 ついさっきまで熱い抱擁とキスをしていたはずの中東人カップルも今は彼女に釘付けだった。剃髪していたはずのおっさんもその手を止めていた。酔っ払いすぎた中年サラリーマンは相変わらず眠っていて(たぶんあとで家族に怒られるのだろう)、黒豹みたいな黒猫は姿を消していた。
 そして彼女は踊っている。
 その行為の放つエネルギーに、その踊りのエネルギッシュさに、俺の鼓動は熱く高鳴っている。脈が速くなっている。なんなんだ、この気持ちは。
 ふいに彼女の動きが止まった。
 数秒間閉じられたのち、ぱっちりとした両目が開いてそれがこちらに向けられた。
 中東人のカップルが彼女に拍手を送った。パチパチパチ。ブラボー! ファンタスティック! ○※$=▽×@!!
 最後はなんと言ったのかよくわからなかったが、たぶん彼らの国の言葉での最高の賛辞であろうことは安易に想像できた。
 俺も思わず短いながらも彼女に拍手を送った。
「……すごいね」
 彼女は何も答えない。
「ねえ、どうして踊ったの?」
 特に何かを考えての発言ではない。ふと零れ落ちた言葉だった。
「――どうして?」
「うん」
「どうしてって、それはあたしがあたしだから」
「きみがきみだから?」
「そう」
「それはどういう…」
「どうもこうもない。それだけの意味よ。あたしはあたしだから踊るの。だから踊ったの」
 なぜか、不思議と説得力があった。
 おそらく言葉そのものにではなく、彼女という存在に強い説得力があった。
「あなたは踊らないの?」
「俺?」
「そう。あたしはあたしがあたしだから踊るわ。だけどあなたは踊らないの?」
 どういう意味だろうか。
 今度はよくわからない。
「俺は、踊らないよ」
「じゃあ、何があなたがあなただと証明するの?」
 ……………。
 沈黙。
「あなたはあなたであるために何をするの?」
「……わからない」
「じゃあ、あなたは今なにをしてるの?」
「街が眠ってるのを見てる」
「そう。あたしは踊るわ」
 彼女は踊った。
 それは心臓のように力強く、生命を漲らせていた。
 しかし彼女は心臓ではない。
 彼女もまた、この街の細胞なのだ。
 東京も眠る。
 池袋も眠る。
 この西口公園だって眠る。
 だが、それと同じくらいそれらは力強く活動していた。
 それが彼女であり、中東人カップルであり、剃髪のおっさんであり、黒豹みたいな黒猫であり、タクシーであり、それに乗った男女であり、酔っ払いすぎたおっさんのことはよくわからないけれど、そして俺であるのだ。
 東京は眠る。
 池袋も眠る。
 この西口公園だって眠る。
 だが、それと同じくらいそれらは力強く活動している。いつだって。


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上野のパンダ
 1周34.5kmの円環を少なくとも3周は回り、少なくとも103.5kmを進んだ電車が、少なくとも87回目の停車をしてプラットフォームに横付けされた。少なくともここまでの時間は177分かかっているはずだ。しかし僕は少なくともあと3回はこの電車の停車に付き合っている。なので全体的にもう少しだけ数が加算されることになる。だが正確なことまではわからない。別に数えていたわけではないから。
 上野駅で降車したあと、上野公園に向かうつもりだった。だけれども気分は変わり、公園口からではなく正面玄関口から駅を出た。多くの駅が東西南北の名を出入口に使っているけれど、この上野駅にはそのような名の出入口はない。その理由が出入口の数が多くてわかりにくいからなのか、名付けた人が他と同じことを好かないへそ曲がりなのかはわからない。とにかく、僕が知っている中で東西南北の名が付いた出入口はなかった。あって東上野口くらいものだ。あ、西郷口もあったか。
 今日は朝起きてからずっと彼女のことを考えている。これはつまりSheという意味の彼女なのだけれど、だからといって恋人という意味の彼女と捉えてもらっても間違いではない。僕と彼女は恋人同士だからだ。
 彼女は平均よりも少し背が低く、それをコンプレックスに思っている。優しいブラウンの髪をしていて、ヘアスタイルはショートボブだ。いかにも可愛らしい。彼女は読書が好きだ。それは僕と共通の趣味でもある。映画を観ることも、音楽を聴くこともも、それから散歩が好きだということも、僕たちは共通していた。偶然に。そして必然に。
 僕たちは時間をかけて多くの本を読んだ。そして映画を観た。音楽を聴いた。天気の良い日には気の向くままに歩いたりもした。時には雨の日もあったし、風の強い日もあった。そうして僕たちは多くの時間を過ごした。そしていろいろなことを話し合い、さまざまな感覚を共有した。それはとても素晴らしいことなんだろう。
 だが、共通に流れた多くの時間は残酷な一面も持っている。あるいはそれは多くの恋人たちが突如として突き当たる壁なのかもしれないが、僕は彼女のことを好きなのかどうかがわからなかった。
 もちろん嫌いなわけではない。もちろん好意もある。そして愛情も確かに持っている。でも、だけれど、それでも確信が持てない――僕は彼女のことが好きなのだろうか?
 つまり、恋愛の対象として、心にときめきを抱いているのだろうかということなのだと思う。
 わからなかった。
 僕は多くの時間を彼女と過ごし、共有した。共通の愉しみもある。そしてこれからも多くの時間を彼女と過ごし、共有したいと思っている。共通の愉しみもあるから。
 それでも僕は彼女のことを好きなのかどうかわからない。愛しているのかわからない。つまり恋をしているのかがわからないということなのだと思う。そういうときめきをまだ抱いているのかがわからなかった。
 だから僕は一人でここに来た。
 だから1周34.5kmの円環を少なくとも3周は回り、少なくとも103.5kmの距離を進み、少なくとも87回の停車を経験して、少なくともそれにあと3回の停車をプラスして、少なくとも177分の時間をかけてここに来たのだ。そして全体的にもう少しだけ数が加算されることになるはずだ。
 まだ5月に入ったばかりだというのにこの日は猛暑で、すでに僕は汗を掻き始めていた。前方に見えるマルイの建物に引っ付いている電光のディスプレイによると気温は29度を超えていた。地球温暖化の影響はついにここまできたらしい。まだ5月に入って数日しか経っていないというのに。
 左に視線を移す。そして歩き出すことにした。
 つまり僕は浅草通りを稲荷町に向かって歩き出した。
 そして奇妙なものを目にする。
 というか、目にした。
 そこにいたのは白と黒のクマだった。モノクロームの、クマ。大きなパンダが歩道を我がもの顔で闊歩していた。パンダについては一切詳しくはないけれど、たぶん目の前のこいつは、きっとジャイアント・パンダだと思われる。理由は大きいから。
 昼間の浅草通りで、いかにも「問題ありません」といった風にジャイアント・パンダが闊歩していた。周りの人々はそれがさも当たり前のように振る舞っている。あたかもそいつがパンダではなく人間のような扱いだ。しかし、どう見ても、目の前にいるのはパンダである。
 しかし、どうしてこんなところにパンダが?
 ふと左に視線を移す。
 路地の向こうに台東区役所が見えた。中野区はあるのに、どうしてここを上野区にしなかったんだろう?などという考えがわずかによぎったが、今はそれどころではない。いや、でも、やっぱ上野って結構有名な地名だよなぁ、どうして上野区じゃないんだろ?
 しかしそのくだらない疑問も次の瞬間には消え去っていた。
 台東区役所の建物に大きな垂れ幕がぶら下がっていて、そこにはこう書かれていた。
『上野にパンダが戻ってくる!』
 ……いや、そんな馬鹿な。
 戻ってくるってそういう意味じゃないだろう。――それともそういう意味なのか? どこからかジャイアント・パンダが歩いてここまで来て、上野動物園に自ら足で入っていくということなのか?
 これは夢だと思いたいが、現実は否定できない。なによりこの暑さ。これが夢であるはずがない。本当に暑いんだから。まじで。
 そこでジーンズのヒップポケットが振動した。ヴァイヴレーションがメールの着信を報せてくる。僕はヒップポケットからケータイを取り出して、ディスプレイに目を向けた。彼女からだ。
 僕はメールの内容など無視して返信画面へと移した。そして途中まで打って、その画面を消した。そして短縮ボタンを押して、彼女に電話をかける。
「もしもし。どうしたの?」
「いま上野にいるんだけどさ、そこですごいことが起きた」
「なに?」
「きっと驚くと思う」
「そんなに驚くようなことなの?」
「とても」
「なあに、早く教えてよ」
 僕は深く呼吸をした。
「実は1周34.5kmの円環を少なくとも3周は回り、少なくとも103.5kmの距離を進み、少なくとも87回の停車を経験して、少なくともそれにあと3回の停車をプラスして、少なくとも177分の時間をかけて上野まで来たんだ。たぶん全体的にもう少しだけ数が加算されることになると思う。それから正面玄関口から駅を出た。マルイの建物にあったディスプレイには気温が29度を超えてることが示されてた。で、僕は浅草通りを稲荷町の方に向かって歩いたんだ」
「それで?」
「絶対に驚くと思うよ。もしかしたらきみは信じないかもしれない。僕の作り話だと疑うかもしれない」
「聞いてみないとわからないよ」
「あのね、それでね――」
 彼女は僕の話を信じてくれるだろうか。でも、重要なのはそんなことじゃないとわかっている。
 だから僕は見たままのことを、そのまま彼女に話す。
 そして彼女はどんな反応をするだろうか。それはあと10秒もしないうちにわかることだ。

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DATE: 2010/06/03(木)   CATEGORY: 雑記
嬉々。
なかなか創作意欲が湧かない今日この頃ですが、


ナント!! 浅葱さんが骸のイラストを描いてくれました!!



浅葱さんといえば【紅桜 -benisakura Blog-】でイラストをメインに活動されている素晴らしい絵師様で、一目見たときからそのセンスに惚れてしまい、つい(笑)コメントを残してしまったことからお付き合いさせて頂いている方です。


普段は活字が苦手らしい浅葱さんなのですが、なぜか自分の書くものには興味を示してくださっていて、しかも「MUKURO・地獄篇」を絶賛までしてくれるという非常に変な人です。


そんな絶賛されるほど面白いものを書いてはいないというのに。……心の中では、そうやってハードルを上げて匡介にプレッシャーをかけてやろうという算段なのではと訝しんでいます。だとしたら今回のイラストも相当手の込んだハードル上げです。いやはや恐ろしい人だ。


しかし、そのものすんげえカッコ良さというのは否定できないもので、つい嬉しいと思ってしまい……それが罠とも知らずに。おかげでMUKUROの続編や外伝などの執筆に早いうちに取りかからねばならないような気が。これはなかなかの策士。


さて、そんな浅葱さんのイラストが見たい!!という方には是非見てもらいたいのですが(一見の価値あり!)、中には小説のイメージを崩されたくない!!という方もいるはず(たぶん)。なのでここから先は自己判断でお願いします。ぬああああ!! 僕の私の骸のイメージがあああああ!!(嘆)となっても知りません。もし文句があっても、それは俺ではなくて浅葱さんにお願いしたい。俺に言うなんて見当違いだ(←ひどい)。


しかしながら、そんな危惧も一発で吹き飛ぶようなイラストだということは保証しましょう。マジかっこいいです。


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