みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
DATE: 2009/10/29(木)   CATEGORY: 雑記
失われた文章能力と最初からない文才について。その2(脱・メタル編)
夢を見ました。ある部屋に大量のドーナツがあって、それを黙々と食べる夢。
詰め放題?って思うほど大量のドーナツが入ったミスドの紙袋がものすごい置いてあるのを見て、何故こんなにドーナツが? と思いながら黙々とドーナツを食べる夢。

まさに、これどーなつてるの?

俺の体がドーナツを欲しているのだろうか。どう考えても数個で充分なのだが。
でもこの夢、思えばたまに見るという、実は俺って食いしん坊キャラなのか? 本当はドーナツを何よりも愛してやまないのか? 何なのかどうなのか?

そんなこと考えてたらドーナツ食べたくなった。。

しかし熱があって寝込んでるとき、やたらと夢を見るのは自分だけなのだろうか。
それはそれは1回に数本立てを数回見るくらい夢を見るのだが他の人もこんな感じなのだろうか。

謎。

まぁ、熱で眠りが浅いってことなのだろうけど。




閑話休題。




体調が回復してきたと思ったらぶり返してきた。油断大敵。
本当は誰かに買い物行って欲しいくらいしんどかったのだけれど(そしてゴハン作って欲しい)、残念ながら近くに友達がいるわけでもなく、そもそも友達が多いわけでもなく(淋しい話だ)、俺は全気力を振り絞り、命を削り、這って買い物に行ったのです。。おお、神よ! これは何の試練なのですか!? 私が何をしたというのだ!!…いや、心当たりが多過ぎるな。やっぱ知りたくはない。

ただ、現在は快復に近い。回復率99.89%と思わずミサトさんが「それってエヴァと同じ」と呟いてしまいそうな数値。
一時はホントもうだめだ。起き上がれない。俺は植物人間もどきだ。いや、部屋の空気を吸っては吐くだけの二酸化炭素製造機だ。地球上の酸素を消費しているだけの何の生産性もない人間だ(※普段もです)。…そう、生ける屍だ。――って感じでいくつかの地獄を見て参りました。
だけど今はもう生きる活力に溢れている。生きてるって素晴らしい!! 来週あたりまでは健康であることに感謝しながら生きていくことだと思う。ビバ・健康!! なんか反動で変なテンションだな。あいまいテンション。




話題転換。




書きたい小説のアイディアは存在しているのだが、書くには材料がまだ足りないのか書けそうにない。中でも「ブラック・パンデミック」というタイトルを予定しているものは時期的に今書きたいのだけれど、無理そう。そもそも今年中に書けるかどうか。






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DATE: 2009/10/27(火)   CATEGORY: 雑記
失われた文章能力と最初からない文才について。
一人暮らしのワースト・エネミー、まさに大敵、風邪を引いてました。

もう頭痛に悪寒に吐き気に熱っぽさに…その他諸々のいわゆる風邪の代表症状がそのまま発症し、朝に目が覚めたら起き上がれない。喉がカラカラに渇いているのに、その日に限って常備しているビタミンウォーターが切れている。思えば、風邪のせいで身体が水分を欲していたせいで、夜中に飲み切ってしまったのだろうけど。
ていうか本当は買い物に行こうと思っていた日で、冷蔵庫には何にもなくて、食べるものなくない? だからって買い物行く気にもならないし、それに加えて外は雨だし、アアどうしようか…。
もう久し振りに、何年か振りに、これほど具合が悪くなったと思うほどで、うわー 風邪でこんな苦しいなら俺は副作用があるガン治療は拒否する。…とか勝手に思ってしまっていた。
こんなとき凄く凄く助かることに、風邪の薬が部屋にはあって、具合悪くてどれが何の薬なのか読むのもつらかったけれど、どうにか薬を摂取。以前、薬を送ってくれていた彼女に感謝。謝謝。本当に薬局に勤めていてくれて助かった。

…しかし。

水取りに行くのがひどくツライ。立ってるとふらふらするし、寒いし、一歩一歩が頭に響くし、嫌だ動きたくない。
もう嫌だ…。誰かヘルプミー。


ってくらいとんでもない風邪でした(現在進行中)。
本当トイレに行くのすらしんどくて、これまでは何が何でも嫌だと思ってたけれど、今なら尿瓶か何かを使ってもいい。出来れば美人ナースさんにやって欲しい。…いや、無駄に興奮するか。



さて、「鬼憑-復讐代行人-」も終わり、次の連載に…といきたいのだが、そうもいかない。
じゃあ、それまで読み切り短篇でも…というわけにもいかない。

きれいさっぱり載せるものがない。

じゃあ、その間に何か企画を…って何をすれば。
対談とか…って誰とだ。

みたいな感じなので、今後の更新の予定は今のところ未定。



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DATE: 2009/10/24(土)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(8)
 勇也は目の前に立つ女のことを思い出していた。そして自分がした悪魔のような所業を悔いた。彼女に謝りたかった。
 涙と洟、そして涎が溢れ、勇也の顔は小さな洪水が起きていた。「許してくれ!! 本当に済まない!! この通りだ!!」
 生まれて初めて、勇也は土下座をした。心の底からの土下座だった。
「ユルスモノカ!!」
 女は、どこから出したのだろうか、包丁を持っていた。それを勇也に向かって突きつける。
「すまん!! 本当に!! ごめんなさいいいぃぃ!!!」
 女の顔はひどく歪んでいた。それが笑みだとは誰も思わないであろう、歪みだった。
「ソレガ見タカッタ…。オマエノ女ヲ殺シ、オマエヲ追イ詰メ、絶望ト後悔トイウ奈落二突キ落トシタカッタ…。ソシテ、必死二謝ルオマエヲ見テ、ワタシハ言イタカッタ……」


「ユルサナイ」


 勇也は絶望の奥底へと突き落とされた。どこかで、どうにか許してもらえるのではないかという楽観的な気持ちがあった。しかしその望みはないのだと悟った。この女は最初から許す気などない。苦しむだけ苦しめて、そんな俺の姿を眺めて、その上で許すつもりなどなかったのだ。勇也は自分の犯した罪の大きさを知った。今までの自分を呪った。
「……モウ死ネヨ」
 包丁が勇也の腹部に突き刺さった。じわりと痛みが広がり、そして激痛に変わった。
 勇也は痛みに叫んだ。しかしその叫びも、彼女の心の痛み、その叫びに敵(かな)うのだろうか。

「もうやめろ」

 声がした。誰の声だろうか。今度は聞き覚えがない。
「鬼よ、お前の魂を今向こうへと送ってやる」
 男の声だった。
 気付くと目の前に男が立っていた。髪も眼も肌も、着ている着物のようなものでさえ真っ白だった。髪は長く、腰まであった。その貌(かお)、そして躰にはおびただしいほどの傷痕が見えた。生気はまるで感じられない。
 勇也は男に対して、静かな恐怖を抱いた。
 白い闇。
 それが男に印象だった。清々しいほど透き通った空気を身に纏っていながら、何も見えない暗闇の中にいるような錯覚に陥らせられる。不可解なオーラ。
「ジャマヲスルナァァアアアアア!!!!」
 女は叫びながら男に飛びかかった。
「今、楽にしてやる」
 男は片手に握った太刀――歴史で習った青銅の太刀に似ている――を振り上げ、薙いだ。
 太刀の刃が女を切り裂く。
 女の躰が真っ二つに寸断され、激しい血が吹き荒れた。
 その地獄絵図のような光景を、勇也は美しいとすら感じた。
 気付けば、目の前にいるのは女ではなく男に変わっていた。男は力尽きたように崩れ落ちた。
 太刀を持った男がそれを眺めるように見おろしていた。
 勇也は力を振り絞るようにして言った。「お前は…?」
「不動」
 男は白い髪をなびかせて言った。
「怨恨の念を抱いたまま死ぬと、人は稀に≪コトヨ≫という場所で鬼になる。そのうちのいくらかの鬼は≪コトヨ≫を這い出て現世へと降り立つ。現世に出た鬼はそれだけでは大したことは出来ないが、中には人の躰を借りて復讐しようとする場合もある。それを鬼憑きと呼ぶ。鬼に憑かれた人間は元の人格を失って、鬼の意のままに動くことになる。鬼の力によって、身体能力が飛躍的に上昇することもある。それが、お前が見たものの答えだ」
「それで、お前は何者なんだ?」そう言ったつもりが、声にならずに空気だけが口から漏れた。
「それにしても」不動は背を向けて言った。「余程恨まれてたんだな。彼女に」
 すっと痛みが引いて楽になった。――助かったのか?
 勇也は躰に力が入らず、アスファルトの地面に倒れ込んだ。
 ――そんなわけないか。腹からの血が止まらない。


 ――俺は……死ぬのか。


 ふと意識が遠退くのを感じた。視界が狭まっていく。
 そこにはもう不動という男の姿はない。
 ――死。
 どんなものだろう、と勇也は思った。死んだら怜奈に会えるだろうか。
 いや、俺は地獄に落ちるんだろうな。悲観的な考えが頭をよぎる。
「そういえば」
 ――これはちゃんと声になっているのだろうか。
「キリスト教じゃあ確か、自殺は大罪だったよな」
 仏教ではどうなのだろうか。わからない。ただ、嫌でも“彼女”とはまた会うような気がした。そして怜奈とは、――来世あたりで会えるのだろう。


 勇也は忍び寄る死を実感した。


 深い闇が彼を包み込んだ。


 
 (了)
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DATE: 2009/10/20(火)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(7)
 勇也はこの女に見覚えがあった。以前に何度か寝た女だった。本人は付き合っていると勘違いしていたようだが。
 彼女はそれまでにセックスはおろか、男と付き合ったこともなかった。しかし決して容姿が悪いわけでも、性格が最悪なわけでもない。彼女は俗にいう箱入り娘であった。過保護に育てられ、男と付き合うなど許されなかった。外界との接触を極力断つ、そんな偏った行きすぎた過保護という育てられ方をしたせいか、人見知りが激しく男友達どころが女友達もろくにいなかった。高校を卒業間近に両親が交通事故で死んだ。以来、女は母の妹である叔母の元で生活をしていた。叔母は姉夫婦の過保護ぶりには反対だった。あれは天然記念物や世界遺産といったレヴェルの保護だとすら思った。それに彼女は高校を卒業してもはや立派な大人だった。叔母は彼女に自由な生活を与えたかった。積極的に外の世界に触れさせた。遊びで帰りが遅くなったときには、むしろ微笑ましくも感じていた。
 それが悲劇の始まりだったのかもしれない。
 彼女はある日、男にレイプされた。男は合意の上だったはずだと言っていたが、あれはレイプだった。
 彼女は躰を穢された、と思った。心に穴が開いたようだった。その穴を埋めるように男を愛した。自分をレイプした男を、だ。
 それが田原勇也だった。
 勇也は自分に近寄ってきた彼女をいいように扱った。甘い言葉を浴びせ、弄んだ。無知な彼女にいろいろな遊びを教えた。夜の、いかがわしい遊びを。
 彼女は勇也に教わったそれを普通のことだと思っていた。ひどくマニアックなプレイも甘んじて受け入れた。どこの誰でもやっていることだ、これくらい出来なければ彼に捨てられてしまう。そう思い込んでいた。
 そんな彼女を勇也は面白がって相手した。勇也にとって、彼女は穴の開いた玩具だった。穴があれば挿し込む。いろいろなものを、自分のペニスを。あるいは他人のペニスすら挿し込ませた。彼女はそれすらも受け入れた。内心は嫌だったがそんなことは言えない。勇也は怒れば何をするかわからなくて怖かった。それに自分を好きでいて欲しかった。愛して欲しかった。あの日犯されたことに、意味があると信じたかった。
 しかし、勇也は言ったのだ。
「もう来なくていいよ。会いたくもないし、それに飽きたから」
 それは勇也の友達にレンタルされていたところから戻ってきたときだった。
 勇也は「彼女貸すくらいフツー。むしろそうやって自慢するんだよ。お前は俺の自慢の彼女だからな」と言って、彼女を友達のところへ送り込んだ。勇也の友達は過激な、危険も付き添うほどのプレイを彼女に対して行った。何日かして、その行為に限界を感じた彼女は友達の男に言った。「もう帰りたい。勇也が待ってるから」
「ハハハ。お前を待ってるやつなんていねえよ。お前は俺に売られたんだよ。そんなのことにも気付きもしねえで、俺に喜んで腰を振ってるなんて、マジで発情期の雌犬みてえな女だな」
 嘘だと思いたかった。
「本当だよ。勇也に訊いてみりゃいいだろ。『わたしを売ったって本当ですか』ってな。ハハハ! マジ、ウケるよお前! そんなことないって顔しやがって、超サイコー!!」
 彼女はその友達のところから逃げ出して、勇也のところへ戻った。そのときの言葉だった。
「もう来なくていいよ。会いたくもないし、それに飽きたから」
 彼女に絶望という闇が襲った。

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DATE: 2009/10/18(日)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(6)
「逃・ガ・サ・ナ・イ!」
 男の口元は泡を吹いていた。尋常ではない。
「やめろ!!」勇也にとって、聞き覚えのある声だった。「止まるんだ!! おとなしくしろ!!」
 井上刑事だった。彼が走っている男に飛びかかる。しかし簡単に振り切られた。
 続いて何人かの警官が集まってきた。彼らは男の躰にしがみつき、押さえ込もうとした。しかし警官をひきずりながらも男は足を止めない。人間とは思えぬ力で、走る。警官たちの体重は決して軽くないはずだが、そんなものになど動じる様子はなかった。
 井上が再度飛びかかる。助けを求められた駅員も押さえつけに参加した。
 総勢6名の物理的制止に、さすがの男も若干ひるんだ――ように見えた。
「ぎゃああああああああ!!!!」
 警官のひとりが叫んだ。男に顔を噛みつかれたからである。
 男は警官の顔面の皮膚を、多少の肉ごと喰いちぎった。警官の顔からみるみる血が溢れ出し、涙、そして涎や洟などの体液と混ざった。
 もうひとりの警官は腕を掴まれた。その力は人間のそれではなく、大型の獣、いや建設用の大型機械―――クレーンやショベルカーのような――を想像させた。メキメキと肉と骨が潰れる音がして、グチャリという嫌な音が続き、最後にはブシューという血が噴水のように放出される音に変わった。警官の腕は潰れ、折れていた。何トンもの圧力で、エレベーターのドアに挟まれればあるいはこうなるかもしれなかった。
 3人目の警官は最初と同じように顔面に噛みつかれた。男の歯が、警官の鼻にズブズブとめり込む。彼にとっては悪夢だった。激しい痛みとともに、とっさに自分の運命を悲観した。
 彼の鼻は強烈な血飛沫とともにもがれ、男の口内でクチャクチャと噛まれていた。
 それを見た駅員のひとりが恐ろしさでその場を離れ、吐いた。
 他の駅員も離れ、ついには井上ひとりになった。
 男は井上の腕に噛みついた。
 服の上からでも充分に深く、男の歯が喰い込む。
 井上は絶叫しながらも男を放しはしなかった。刑事としての意地だ。
 今度は首に噛みつかれた。頸動脈が切断され、またもや血の噴水が上がる。こればかりは井上も堪(こた)えた。ぐおお…と呻き、それでも左手だけは放さなかった。今度は意地というよりか、痛みのあまり手に力が入ったというのが事実に近かった。
 男は真っ赤に染まりながら、井上の首から離れ、彼の左手首に噛みついた。おびただしい量の血液は悲鳴のように噴き上がる。
 それにはさすがの井上も、男を解放せざるを得なかった。
 勇也は恐怖に圧倒され失禁していた。尿をまき散らしながらも走った。後方を見ると、井上らを振り払った男が白目を剥いて疾走してきていた。一時は広がった距離も、着実に詰まってきている。迫りくる恐怖に、勇也は絶望した。――俺は、死ぬのか。
 ただただ走り続けた勇也は、もはや自分がどこにいるのかさえわからなかった。気付けば住宅街の中にいる。どこか、どこかの家に匿わせてもらえないだろうか――。
 後方を振り返ると、男の姿は見えなくなっていた。
 ――いつの間に。振り切ったのか俺は?
 バリーン、という破砕音とともにすぐ横にあった住宅の窓が割れ、そこからガラスにまみれ全身に傷を負った男が飛び出してきた。自分の血と他人の血を全身に浴び、涎まみれの口元は泡を噴き、血走った瞳のない眼はギョロリと――実際には白眼で見えるとは思えないが――勇也を見た。腕が変な方向に曲がっている。折れているようだ。
 そんな姿を見て、勇也は不可解な表情をした。どんな感情になればそうなるのかわからないような、恐怖で感情がショートしたに違いない壊れた表情。
「どうしてだよ……。どうして俺はこんなにまでなってお前に追われなきゃいけない!! 俺が一体何をした!? お前は誰なんだよ!! どうしてお前はそんな姿になっても俺を追う!!?」
 男はにへらと笑った。そんなように勇也には見えた。
 そして血で赤黒くなった口を開けて、言った――

「オ前ノセイダッッ!! オマエノッ!! ワタシハオマエ二イイヨウニ弄バレ、捨テラレタ!! 使イ捨テ二サレタンダッッ!! オマエガ憎イイイッ!! 二クイッ!! オマエナド生キテイル価値モナアアアアアアアアイイイイ!! 死ネ! 死ネ!死ネ死ネシネシネシネシネェェェエエ!!!!」

 気付けば、目の前にいるのは男などではなくなっていた。

 髪の長い、女だった。

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DATE: 2009/10/16(金)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(5)
 曇天の下を吹く風が、季節外れに冷たい空気を運んできた。
 勇也はその寒さに軽く身震いをしながら、駅のホームに立たっていた。
 ――ここで怜奈は死んだのか。
 目の前には、線路が見えた。
 怜奈が死んだ場所。
 今はすでに綺麗になっていて、まさかここで人が死んだなんて思えなかった。それも大量の血と肉を降らせて。
「――怜奈。苦しかったか? 痛かったか?」
 そうではないような気がした。きっと電車とまともにぶつかったなら、それは即死だろう。きっと痛みを感じる暇もなかったに違いない。――そう、信じたい。
 何もなかったかのように佇むホームは、どこか空虚な世界に思えた。
 ここで怜奈は死んだのだ。バラバラに、グチャグチャになって。何となく、ここが死後の世界に――そんなものあればだが――繋がっている気がした。
 どうしてそんな死に方をしなければならなかったのだろう? きっと、したくない死に方トップテンに入るのではないだろうか。全身ミンチなんて。自殺であれば別かもしれないが。
「……ごめんな」
 ふと、口から零れ落ちた言葉だった。まさか自分が、こんなことを言うとは思いもしなかった。今まで多くの人間をゴミ屑のように扱った。冷徹非情な人間が自分だと勇也は思っていた。
「許さない」
 幻聴。そう言えなくもないほど、意識の隅でかろうじて捉えた言葉だった。
 そんなことありえないが怜奈が近くにいるような気がして、あたりを見回した。真昼の時間帯に、駅のホームにいる人間はそう多くはない。
 その中で、ひとり気になる人間がいた。周りとはまったく異質な空気を纏う男だった。思わずたじろいだ。生きてる人間にあるのが生気だとしたら、その人間が纏っているのは死気だった。まるで現実味のない、死人のような顔。それは笑っているようにも、憤っているようにも、さらには泣いているようにも見えた。
 男の眼光は鋭く、鈍く、相反する性質で勇也を貫いた。よく砥がれた真剣で貫かれ、錆ついた鉈が躰を擦れるような不快感。あるいは鋸(のこぎり)のように、動きながら傷口を抉(えぐ)るような恐ろしさ。
 あまりの恐怖に息がうまく出来なくなっていた。勇也からはヒューヒューと不思議な呼吸音が漏れている。

「許サナイ」

 今度は明瞭(はっきり)と聴こえた。
 目の前の異質な男の口が、間違いなくそう言った。

「許サナイ」

 勇也は悪意の塊のようだ、と思った。悪意が人のカタチを成している。そう思ってしまうほど、眼前の男は禍々(まがまが)しく、狂気に満ちていた。男を包む空気が、黒く変色し侵されているのではないかと疑うほど、不気味なオーラを放っていた。死を纏っていた。
「こっちに来るなよ!!」
 大声で叫んだ。思わず、声は震えていた。気付けば両足もガタついている。
「オマエハ逃ゲラレナイ…」
 男は恐ろしく低く、高い声で言った。
 現実的にはありえない声だった。
 確実に低い男の声なのに、勇也の耳には女のように高くも聴こえた。
 ふたつの声が重複しているようでもあったし、そうではなく完全にひとつであるようでもあった。
 それは、人知を超えた何かであると勇也は悟った。
「モウ逃ゲラレナイ!! 逃ガサナイ!!」
 男は例の低く、高い声でそう叫ぶと、勇也に向かって全速力で駆けてきた。
 その顔は鬼の形相。地獄から這い出てきた、悪鬼の面だった!!
 勇也は絶叫しつつ、男から逃げた。足がもつれるのも気にせず、何度も転びながら必死に走る。逃げた。
 男は狂人の眼つきで勇也を睨みつけ、発狂したジャンキーの如く雄叫びをあげて勇也を追った。
 はたから見れば、ふたりとも狂っていた。
 泣きながら必死に逃げる勇也。雄叫びをあげ、眼をひん剥きながら追う男。
 出来の悪いホラー映画か、コメディのような光景だった。

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DATE: 2009/10/14(水)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(4)
 多量の汗が、勇也の躰を包んでいた。その不快な感触など気にならない様子で勇也は放心した。
「夢、だったのか…?」
 目を潤ませながら彼は言った。その事実がさも重要であるかのように、味わい噛み締めるように彼は言葉を放った。
 喉が渇いていた。弱々しくもベッドから降りると、テーブルの上に放置してあったグラスのコップを手にしてキッチンにある水道に蛇口を思いっきり捻った。決壊したダムの如く勢いよく水は放たれ、溢れんばかりにそれをコップに注いだ。実際コップからはずいぶん水が溢れた。
 コップに注がれた水道水に口をつけ、一気に飲み干す。それでは足らずもう一度同じことを繰り返した。その際、いくらかの水が零れて床を濡らした。
 喉の渇きを抑えられた勇也は、まるで幽鬼の歩調でソファに崩れるように腰をかけた。それはまさに崩れ落ちたといっても過言ではない。
 ――あんなものを見せられたら悪夢を見たって仕方がない。むしろ当然だ。
 あんなものとは、無論死体安置場で見た怜奈――そのぬけがら――のことだった。実際に生々しい傷も、バラバラになった肉片も見たわけではなかったが、その話を聴いただけで充分過ぎる。顔以外はきっと、グチャグチャな、肉の塊になっているに違いない。むしろそんな中であれほど顔が無事だったのが奇跡としか言いようがないだろう。不幸中の幸いとはこのことか。怜奈にとってもそうだし、そんなものを見ることにならなくて済んだ勇也にとってもそうだった。
 あのあと、もしかしたら今このとき、怜奈の両親が、あるいはきょうだい――それがいるのかどうかは知らないが――が怜奈の遺体を見ていると考えると自分でもこうなのだから、かなりのショックを受けるだろうということは想像に難くなかった。そう思うと、ガラにもなく勇也は気が滅入った。
 勇也は怜奈の両親を知らなかった。彼女の実家がどこにあるのかも知らない。もしかしたらもう家族などどこにもいないのかもしれない。そう思ってしまうくらい、勇也は怜奈の家族のことを知らなかった。いや、そもそも怜奈のことをどれだけ知っていたというのだ? ほとんど何も知らない。無知で、頭を使うことを知らなくて、いつも自分を苛立たせ、勇也にとってうざい存在だった。いくら追い払っても近寄ってくる。そのたびに怜奈は哀しそうな表情をするが、少し優しくしてやると、途端にこれ以上なく嬉しそうにして仔犬みたいに甘えてくる。幸せそうな笑顔を浮かべて。――本当に幸せそうだった?
 思えば怜奈はいつも笑っていた。怒鳴って追っ払ったときも、笑顔は絶やさなかった。ただ哀しそうに笑うのだ。すぐに「ごめんね」と謝る。そして二言目には「わたしばかだから」だった。ときにむしずが来るほど、鬱陶しい存在だった。
 彼女は何を好んで自分に寄って来たのだろうか? 嫌な思いはいくらでもしたはずだった。それでも自分を求めてやってくる。勇也には理解不能な行動だ。
 逆に、自分は何が良くて怜奈といたのか。ときに鬱陶しがっても、怜奈といて癒されるときはあった。一緒にいて楽しいと思うこともあった。もしかしたらそれは怜奈でなくても、誰でも良かったのかもしれないが、それでもそんなときがあったのは事実だ。たまには「好き」と言ってやることもあった。主にベッドで、だが。
 ――俺は本当に怜奈が好きだったのか?
 躰は、良かった。太っても痩せてもいなく、付くべきところにほどよく肉が付いていて、抱き心地は良かった。男の悦ばせ方を知っていた。絶妙に気持ち良いところを刺激してくる。怜奈とのセックスは快感だった。もしかしたら躰の相性が良かったのかもしれない。確か一度そのようなことを言ったら、怜奈が喜んでいたのを思い出す。「よかった。勇ちゃんのこと気持ち良く出来て、わたし嬉しい」
 ばかな女だった。浅はかで、男にいいように利用されるタイプの女だった。躰が繋がれば、心も繋がると思っているに違いなかった。
「わたしね、勇ちゃんとするの大好き。だってとっても気持ち良いんだもん。それで勇ちゃんも気持ち良いんだってわかると幸せなの。心と心が通じあってるみたいだなって思う。きっと好きだから気持ち良いも伝わっちゃうんだね」
 ばかな女だった。心と心が通じあう? くだらない。ただの生理現象だ。子孫を残すために肉体が快楽を呼んでいるに過ぎない。
 ――本当、ばかなやつだった。本当に。
 どうして涙が出るのだろう。そんな女のために、どうして泣かなければならない? 勇也は怜奈といることで安心出来ていた自分に気付いた。「…クソ……くだらねえ……」
 今まで何人もの女をいいように利用してきた。ときには優しく、ときには怒鳴り散らした。ヤリたいときには甘い声を聴かせ、飽きたら簡単に捨てていた。世間は最低な男だとぬかすかもしれないが、そんなの利用される女が悪い。
 それでも、怜奈との付き合いは長かった。明確に恋人だったわけではない。他の女と寝ても、うるさく言わないから長く続いていたのだと思っていた。でも、本当は、俺は怜奈のことが好きだったのか――? 勇也の心に自らへの疑問が、そして後悔が湧きあがる。
「もう少し、大切にしてやればよかったな……」
 今頃は同じようなセリフを家族も言っているのだろうか。もっと可愛がってやればよかった。甘やかしていると言われても、それでも何かしてやればよかったのではないか。――親だったらそんなことを思うのだろう。
 怜奈の携帯電話は事故で見事に砕け散っていた。本当に親への連絡は済んでいるのだろうか? 財布の中に「田原勇也」と書いたメモが残っていて、それには電話番号が続いていた。それを頼りに警察は勇也に電話をしてきたのだ。それは携帯の電池が切れた、あるいは失くしたときのためのメモだった。
 ――いや、待てよ。
 勇也はふと疑問は湧きあがる。
 そもそもあの刑事は怜奈の死を、事故だと言っていただろうか――?

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DATE: 2009/10/12(月)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(3)
 テレビ画面の明滅が部屋を照らした。画面の中では突然変異を起こしたウィルスによってゾンビと化した人間が――正確には人間だったものが――正常な生きた人間を襲っていた。恐怖に悲鳴をあげる人間に構うことなく、その皮膚に歯を立てズブリと喰い込んだ。痛みに、悲鳴が大きくなる。血が飛沫を上げ、滴り落ちた。ゾンビは噛みちぎった人肉をクチャクチャと噛み、飲み込んだ。それを繰り返し、人を喰らう。
 携帯電話が鳴り出した。
 ――おかしい。映画を観るときはいつもマナーモードにしているはずなのに。
 勇也は首を傾げ、映画の邪魔をされたことに少々憤りながらも携帯を手に取り、ディスプレイに目を落とした。そこには<怜奈>の文字。
 着信したメールを開くと、そこには赤い文字が記されていた。
『痛い。苦しい。助けて。助けて助けてたすけてたすけてタスケテ……』
 赤い文字から液体が浮き上がり、滴り落ちた。まるで血のように。
 うわあっ!! 勇也は悲鳴をあげて、携帯を手放した。それは垂直に落下し、激しい音を立てて床に落ちた。
 ギィィ…と音が聴こえた。
 見るとドアが開いている。
「勇ちゃん……、助けて、ねえ助けて。わたし痛い、苦しいよ。とっても苦しいトッテモ苦シイヨ……」
 怜奈だった。
 彼女はゆっくりとした歩調で勇也に近寄る。
「怜奈…、どうしたんだよ」

「ネエ、トッテモ苦シイノ」

 怜奈が何かを落とした。

「ワタシ死ンジャッタ…」

 それは肉片だった。血にまみれた、おぞましい塊。
「お、おい…」
 肩から勢いよく“腕”がずり落ちた。
「ワタシ死ンジャッタヨ…。デモ、ドウシテコウナッタノカワカラナイノ…。ネエ、ドウシテカナ…? ドウシテワタシハ死ナナキャナラナカッタノ…? ネエ、勇チャンハドウ思ウ……?」
 ゆらりゆらりと、幽鬼の歩みで怜奈は前に進んだ。
 勇也は嫌な汗が噴き出るのを感じた。口内が乾燥し、寒気がした。意識が鋭く冴えていくのに反比例して、感覚は失われていくようだった。視覚は働いているが、触覚は機能していなかった。いつの間にか、後ろに這うように、床に手をついていることすら本人は気付いていない。他の感覚も麻痺していた。おそらく今は何を食べても何も感じないだろうし、その匂いもわからないに違いなかった。かろうじて聴覚は残っていたが、それを処理する脳は正常ではなかった。途中から怜奈に言っていることを理解出来ていない。声は聴こえるが、言葉としての認識は不可能だった。怜奈の口から漏れるものはもはや音としか認識出来ず、そこに意味は存在していない。
「うわあああああ!!」
 彼は叫んだ。しかしそれすら認識をしていない。今の彼は自分が叫でいることに気付けもせず、無意識に後退していた。
「勇チャン、ドウシテ離レルノ…? ワタシカラ逃ゲルノ…?」
 まるで先程まで観ていたホラー映画さながらのシチュエーションだった。ゾンビと化した彼女に、これから喰われようとしている憐れな男……。
「俺は――」


「俺ハマダ死二タクナイッッ!!」


 恐怖で意識が遠退いた。


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DATE: 2009/10/08(木)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(2)
 携帯電話の着信で、寝ているのを目覚めさせられた。
 ――クソ誰だよ。
 田原勇也は携帯電話のディスプレイを眺めると、そこには知らない番号が映し出されている。相手のわからない電話に、出るか出ないか悩んでいるとコールはやんだ。
「あー、何なんだよ」
 かけ直すべきか――? 一瞬そう思ったがその考えは打ち消した。誰だかわからないが、必要だったらまたかけてくるだろう。そう思い、再び眠りに就こう目をつむると、それを妨げるようにコール音が鳴り始めた。「あー、誰なんだよ! 人が寝るのを邪魔しやがって!」
「もしもし? アンタさー、時間考えて――」
「夜分遅くにすみません。田原勇也さんでしょうか」
 思わぬ言葉に、勇也は一瞬いぶかしんだ。
「そうだけど、アンタ誰?」
「こちら――署の井上と申しますが」警察? それが何の用だろうか。「川合怜奈さんをご存じですね?」
「ああ、はい。知ってますけど」
 勇也はわけがわからなかった。怜奈がどうかしたのか? どうして俺の携帯に? もしかして何かやらかして捕まったのだろうか。そして俺の名前を出したとか――?
 ありえる、と彼は思った。怜奈はばかな女だからくだらないことをやらかして警察の厄介になったというのは想像に難くなかった。そして俺の名前を出して助けを求めようとでもしているのだろう。
 ――面倒なことになったな。
 これならさっさと部屋に来させればよかったかもしれない、と少し後悔した。
「怜奈が何か?」
勇也は訊いたが、その答えはすぐにはなかった。「怜奈さんとはお友達で?」
「はあ。そんなところです」
「その、大変申しあげにくいのですが、午後8時過ぎに川合怜奈さんは駅のホームから落下しまして、お亡くなりになりました」
 ――は? お亡くなりに? 駅のホームから落ちた?
「そ、それってどういう?」
「ですから、怜奈さんは電車に轢かれてお亡くなりになりました」井上の言葉は素直に頭に入って来なかった。まるで異国語のようだ。「まことにお悔やみ申し上げます。このたびはご愁傷様でございます」
 口内が急速に乾燥したように思えた。喉が渇いた。
「大変ショックなところ申し訳ないのですが、出来れば身元確認のために、一度こちらまでおいでいただくことは出来ないでしょうか」
「はあ。身元確認に」それは意識したものではなく、耳から入った言葉をただ繰り返しただけのようなものだ。「身元確認…」
「ええ、本当にお辛いところ申し訳ないのですが」
 怜奈が死んだ。
 それはひどく実感のない言葉だった。現実味のまるでない、無意味な音の発生に思えた。

 ***

 死体安置場はひんやりとした空気に包まれていた。入った途端に数度気温が下がったように思えるのは気のせいなのだろうか。井上という刑事に案内されて田原勇也は怜奈――だと教えられたもの――が横たわった台の前に立っていた。
「こちらです」目の前には全身に白い布がかけられた物体があった。しかしその膨らみは本当に怜奈のものだろうかと疑念が湧く。それどころが人のそれなのかという思いすら浮かんだ。理由はわからない、直感的なものだ。「実は、おわかりでしょうが、電車による轢死ということは、その、言いにくいんですが、躰がそのままを維持していないんです」
「――はあ」
 勇也は、井上が何を言いたいのかよく理解出来なかった。
「つまり、遺体の損傷がひどく、いわゆるバラバラ状態だったということでして…」
 バラバラ。その響きはこの場にはあまりにそぐわない気がした。
「……それを見るんですか?」
 考えてみれば当たり前のことだった。電車に轢かれて躰が無事であるはずがないのだ。病死とは違う。それに今まで、まったく気付かなかった…。
「いいんですか?」
 井上が問う。戸惑いながら、目で頷いた。
 息を呑み、布を捲った。「そこまででいいです」という井上の言葉に手を止める。あまり捲ると、バラバラだという躰の部分まで見えてしまうのを危惧したのかもしれない。
 顔を見た。白く、生気がなかった。それでも死んでいるとは信じられず、ましてや躰がバラバラだとは思えない。しかし目の前にあったのは――紛れもない怜奈の顔だった。
「…怜奈……」
 思わず声が漏れた。無機質で、感情がどこかに逃げてしまったような声だった。
「怜奈さん本人で間違いないですか?」
 念を押して井上が訊いた。勇也はそれをしつこいと思う力も出なかった。「ええ、間違いないです」
「わかりました。ありがとうございます。――もう少しここにいらっしゃられますか?」
 勇也は何も答えなかった。答えられなかった。
「お気持ちが済みますまでここにいて構いませんので。私は先に失礼させていただきます。どうぞ出るときは表に誰か立たせておきますますので、その者に声をかけてくだされば助かります。では」
 沈黙が返事だと思った井上は、そう告げると部屋をあとにした。残された勇也はぼうっと怜奈の顔を見おろし続けた。
「勇也」
 一瞬そう聴こえた気がしたが、それは気のせいだろうと勇也は頭を振った。怜奈はもう死んだのだ。死んだら何も言わない。もう何も言えないのだ。
 バッと布の下から何かが這い出て、勇也に伸びてきた。彼の腕に、それが絡みついた。
それは腕だった。冷たい感触が彼に伝わる。
恐怖を感じたのはその数秒あとだった。機能が停止した脳が、やっと今の状況を理解して――本当はほとんど理解出来てはいなかったが、現在の異常は判断出来た――腕を振るい、その場から数歩飛び退いた。
 ――死体が動いた!?
 ホラー映画のワンシーンのような出来事だった。乾燥した口をぱくぱくさせながら、怜奈の死体を見た。
 腕は出ていなかった。
 どこにも見当たない。
 ――今のは夢だったのか? 幻?
 一瞬の白昼夢、それもとんでもない悪夢だった。本当に夢だったかどうか、勇也には判断出来なかったが、全身は驚くほどの汗を噴き出していた。
そのうち気持ち悪くなって、この部屋にいることが堪えられなくなり、怜奈に布をかけ直し部屋を出た。

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DATE: 2009/10/04(日)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(1)
 ホームには湿気を含んだ嫌な風が流れていた。見上げると鈍色の重々しそうな空が、今にも降りそうな雨をどうにか留まらせている。憂鬱な空だった。
 もう数歩前に出るだけで線路に落ちてしまうだろう。冷たそうなレールが見える。
 ――もう未練はない。
 彼女は強くそう思った。もう生きていることに何の未練もない。いや、違うか。未練があるからこうして命を断とうとしているのだ。――未練。そう、もう一度彼に会いたい。優しかったあの頃の彼に。
 しかしそれはもう無理だとわかっていた。
 駅のアナウンスが流れる。電車が見えた。彼女は意の決して、一歩踏み出す。視界の隅に車両が滑り込むのを感じた。落ちた。そのとき誰かの悲鳴が聞こえた気がした。そして痛みを感じる間もなく、彼女の意識は途切れた。

 ***

 薄暗い部屋の中、テレビの明かりだけが部屋を照らしていた。画面の中では軍服を着た女性が銃を持って、突如モンスターと化した住民たちに向かって発砲している。ゾンビ映画だ。窓を叩く雨の音を少しわずらわしく思いながらも、田原勇也は明滅する画面に見入っていた。スピーカーから悲鳴と銃声が鳴り響く。
 急に、ソファが振動を始めた。地震、ではなかった。勇也の携帯電話が小刻みに震えているせいだった。小さく溜め息を吐き、2つ折りの携帯電話を開く。「何だよ、まったく」
 ディスプレイを見るとメールの着信が1件と表示されている。誰かと思ったら怜奈だった。
『いまバイト終わったからこれから行っていいー??』
 まだ映画を観始めたばかりだというのに。勇也はひとりで静かに映画を観るのが好きだった。それに怜奈がこれを観たら「キャー!」だの「こわいー!」だのわめき、騒ぎ立てるに違いないだろう。勇也にはホラー映画を観るときの鉄則がある。夜に、部屋は暗く、静かに、ひとりで観る。返事は決まっていた。『無理』
 見逃した分だけ巻き戻すとまた携帯電話が振動した。今度は電話だった。「はい?」
「勇ちゃん、なんでダメなのー?」
「映画観てるから」
「だったら一緒に観ようよー」
「ホラーだし、観れないだろ」
「怖かったら勇ちゃんにしがみつくから大丈夫だもん」
 ――それがうざいんだよ。
勇也は心中で舌打ちをした。「とにかく無理だから。来ても入れないし」
 終話ボタンを押して強制的に電話を終えると、もう邪魔されないよう電源を切った。その携帯電話をソファに放る。少しくらいわかれってーの。ホント学習しない女だ。
 テーブル上にあるペットボトルに入ったコーラを取ると、ボトルから直接ごくりと飲んだ。機嫌を録り直し、リモコンを手にして、再生ボタンを押す。画面の人物が再び動き出した。

 ***

 半ば無理やりに、通話を切られた川合怜奈は、雨の中つまらなそうに傘をさして歩いた。
 勇也はカッコイイし、面白い。一緒にいて楽しい。しかし機嫌が悪くなる一線を多く持っていた。彼が一緒に映画を観ることを嫌がることはわかっているが、わかりきっているが、それでも怜奈は勇也と一緒に観たかった。内容は何でもいい。ホラーは苦手だ。だけど、それを観る勇也を見ていたいと思う。それすら、ダメなのだろうか。わからない。きっとわたしはばかだから、つい勇也の機嫌を損ねてしまう。
 雨脚が強まるのを感じた。急いで駅へと向かう。構内に入ったときには傘をさしていたにもかかわらず、少し濡れてしまっていた。閉じた傘を絞ると、雨水が垂れた。
 時計を見ると電車の時間が迫っていた。駆け足で改札を抜けるとホームに出る。ちょうど線路上を走る電車が見え始めたところだった。「ふう、間に合ったー」
「お前みたいな女が――…」
 背後から声が聴こえた。――誰? 怜奈は息が止まりそうになった。その声はおびただしい悪意を帯びていた。そしてその矛先は自分だと直感した。あまりの恐ろしさに、躰が硬直する。躰が動かない――…
「お前みたいな女が――…」
 声は繰り返された。
 息苦しい。誰なの? 後ろにいるのは誰? わたしが何を――?
 悪意の魔の手が近付くのを感じた。怜奈は息を呑み、意を決して振り返る。

 そこには男が立っていた。一見どこにでもいるような中年だが、異質な空気を纏っている。見上げると鬼のような形相で、狂気に満ちた眼をしていた。

「ひっ」
 短い悲鳴があがった。恐ろしさのあまり、涙が溢れ出しそうだ。

「オ前サエイナケレバ――!!」

 男の手が怜奈の躰に触れた。フッと全身が浮き、その一瞬の浮遊感に肌が粟立つ。
 声をあげたかった。しかしその喉から何かが漏れるより早く躰はホームから線路へと落下していく。停車に向け減速しているとはいえ、人が死ぬには充分な速度で電車が近付く。涙が頬を伝っていくのがわかった。なんで――?

 ホームに血が舞い散った。

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