みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
DATE: 2008/10/31(金)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(6)
 むしゃむしゃと喰い漁る。その光景はひどく恐ろしかった。
 名無は目の前の出来事をまだ信じられずにいる。魑魅魍魎、妖怪の類いならすでに目にしているが、彼女は人間ではなかったのか?
 視線の先では、石橋 美樹子が冷蔵の中のものを次々と喰い漁っていた。それも手ではなく、長く伸びた髪を使って!
 その髪は触手のように自由に動き、物を絡め取っている。そして――後頭部にある大きな口へと放り込んでいく。
 頭にもうひとつ口がある。これは明らかに人間ではない。
「――もう止めましょう、美樹子さん」
 有島の声だった。それに反応して、美樹子の身体がびくりと脈打つように震えた。
「あ……あ、あ……――」
 美樹子は何かを言おうとしてはいるが何も言葉が出てこないようだった。
「知り合いを紹介しましょう。そいつならあなたをきっと元に戻せる」
 そう言って、有島は彼女に近寄った。
「有島さん、私――…」

「うわあああああああ!!」

 突如、叫び声が部屋に響きわたる。
 石橋だった。自分の妻の異形なる姿を見て、動転している。
「石橋さん、落ち着いてください」
 有島の言葉など石橋には聞こえないようだ。
「この女、化け物だったのか!! 最近続くあの視線も、貴様のせいなのか!!」
 黒い影がゾゾゾと伸びた。
 ――髪だ。
 美樹子の髪が石橋へと伸び、彼の両腕、そして首に絡みついていく。
「美樹子さん!!」
 有島が叫ぶ。
「あなたさえ! あなたとさえ一緒にならなければ!」
 名無は現状をまったく把握出来ていなかった。何をどうすればいいのかわからない。
「苦しい……助けてくれッ!」
 首を絞められている石橋が助けを乞う。
「止めてください! 美樹子さん、それでは何の解決にもならない。殺しても、あなたは自由にはなれない!」
「それでもォォォォォォオオ」
 美樹子の声はもう人間のそれではないような気さえした。
「名無ッ!! 美樹子さんを押さえつけろ!」
 呆然と見ていた名無が我に返り、言われた通りに美樹子を押さえ込んだ。
 しかし彼女の髪が今度は名無にも襲いかかり始める。
「少しだけ辛抱してくれ」
 有島は窓に駆け寄り、そして開けた。
 すると窓の外には、

 そこには――

 何十という梟の大群が待ち構えていた。

「――――!!」
 名無も石橋も驚きのあまり声も出せない。
 美樹子は我を失っている。
 有島だけが冷静に事態を呑み込んでおり、冷静だった。
「これが、“視線”の犯人ですよ。――石橋さん」
 梟の眼には光が反射し、ぞろりと光が闇に浮かんでいる。

 ホーゥ、ホーゥ。

 やはり梟だったのか。名無はやけに冷静に思った。
「石橋さん」有島は浮かない顔をしていた。「あなたには罪を償ってもらわないといけない」
 先ほどまで呆然としていた石橋が問う。
「罪?」
「ええ、罪です」
「僕に何の罪が?」
「何の罪でしょう? 罪状はわかりません。しかしあなたは罪を犯した。それは法律に触れるものではない。だが彼らにとってみれば、あなたがしたことは罪であり、だからあなたに罰を求めた」
「僕が何をしたって言うんだ!?」
「美樹子さんをそんな姿にしまったのはあなたが原因だ。――あなたは家では非常に金銭にうるさかった。違いますか?」
 石橋は答えない。
「それは倹約というには度を過ぎてしまっていた。給料が良いにも関わらず、こんな狭いアパートの一室を借りているのもそういうことでしょう? あなたは美樹子さんが自分の物を買うことを許さなかった。食事も大層な料理を嫌った。まるで精進料理のような、金のかからない質素なものを好み、彼女にもそれを強(し)いた。――そうですよね? 美樹子さん」
 美樹子がわずかに頷いたような気がしたが、それは気のせいだったかもしれない。
「まともに食べさせてもらえない美樹子さんは、どんどん衰弱していく。だから彼女はこんなにも細いんでしょう? なのにあなたは外では金遣いが荒かった。食事も自分だけは贅沢に摂っていた。むしろあなたは外で豪勢する為に家では異常なほど倹約に徹していたんだ」
「そんなの、言いがかりだ」
 やっとのことで、石橋が言った。
「美樹子さんの姿を見てください。彼女のその頭。後頭部に大きな口が出来ている。まるで化け物だ」
 何も本人を前にしてそこまで言わなくても、などと名無は思った。
「その姿は二口女(ふたくちおんな)だ。彼女のように、夫にまともに食べさせてもらえない妻がなってしまう妖怪です。――この場合、夫はあなたですが」
 何とも可哀想な妖怪だ。名無は美樹子を憐れんだ。苦しい生活のうえ、こんな姿になってしまうなんて。
「二口女としての彼女は、あなたに抑えつけられていた食欲を解放した。それで夜な夜なこうやって冷蔵庫の中のものを漁っては食べていたんです」
「……気持ちの悪い女だ」石橋の言葉だった。
「それがあなたの本心だ。石橋さん、あなたはこれまで女性を愛したことなど一度もなかった。違いますか? 消耗品とすら考えていたんでしょう?――だから好き放題に抱いては捨てた」
 石橋は再び口を閉ざした。
「あなたは見た目も良い。何もせずとも女が寄ってくるでしょう。それはあなたが悪いわけではない。――でも、子供だって何も悪くはないんです」
 子供? 名無がふと窓の外を見る。梟の眼が、妖しく光っているのが見える。
「あなたは次々と女性を孕ませては、子供を堕ろさせた。何の罪の意識もなく。次々と」
 石橋が笑った。
「それの何が悪い? 悪いのは女どもだ。近寄ってきたから相手をしてやった。だが子供が出来て、どうして僕が責任を取らなきゃいけない? 女どもが望み、そうなった。俺は悪くない。それでも俺は中絶費用を出してやった。むしろ感謝して欲しいくらいだ。なのになにが罰だ」
「確かにあなたに群がってきた女性たちは浅はかだったかもしれない。しかし、それがあなたが罪を免れる理由にはならない。子供にとっては――あなたが父親だった」
 ホーゥ、ホーゥ。梟の鳴き声が木霊(こだま)する。
「外にいる梟は、あなたの殺した子たちです」
 石橋の顔色が変わるのがわかった。きっと脈拍は上がっているだろう。名無は彼の心音が今にも聞こえてきそうな気がした。
「たたりもっけ、というんですがね。水子の怨霊みたいなものです。ここのままでは石橋さん、あなたは彼らに呪い殺されますよ」
「なに……?」
「今すぐ彼らの供養をすることをお勧めします」
「俺は何も悪くない…。何も、悪くないんだ!!」
「そんなことを言うと彼らが怒ります」
 ざわめく気配があった。
 名無は窓の外を見る。無数の光が、石橋を睨みつけていた。
「黙れ!! やつらは俺の子なんかじゃない! 俺は誰も殺してなんかない!」
「中絶は赤ちゃんを殺すことです。そしてお母さんをも傷つけます。今回、それはあなたの意思だった――」
 ホーゥ、ホーゥ。ホーゥ、ホーゥ。ホーゥ、ホーゥ。
 何重にも鳴き声が重なり、名無の頭の中で反響した。意識が遠のく――。
「だとしても! どの女も低俗な尻軽女ばかりだった。その子供だって同じさ。そんなやつら、生まれる前にいなくなって世の為だ!」
 もう石橋は正気を保ってはいなかった。きっと自分でも何を言っているのかわからないことだろう。
 バッサバッサ。翼を羽ばたかせる音が聞こえた。バッサバッサ。無数の梟たちが枝から飛び立ち、次々と窓から入ってきた。それが石橋目がけて飛んでいく。
「うわああああああああああああ!!」
 石橋は梟の大群に襲われる前に、慌てて外に飛び出した。
 梟たちはそれを追いかける。
「残念だ……」
 有島が、溜め息まじりに呟いた。

***

 石橋 美樹子は有島の紹介により、彼の知人に預けられた。どうもその道の熟練者らしい。その道とはどの道なのか名無は訊かずにいた。どうせ妖怪関係の、そっちの道だろうと予想はついていたからだ。
 石橋の事件解決後から有島の元気はない。結果としてあのあと石橋がどこへ行ったのか誰もわからず、行方不明になってしまったのだから解決とは言い難いかもしれないが。
「珍しく、気の合う人間だったんだよ」
 有島が、独白するように名無に告げた。
「飲みに行きましょうか?」
名無は言ってみたが、実は有島と飲んだことは一度もない。
「それもいいかもしれないな」
 有島はソファから立ち上がり、事務所のドアを開けた。
「今日はお前の奢りだからな」
「どうしてそうなるんですか!」
「お前は俺を元気付けようとしてくれているんじゃないのか?」
 有島はにやにやした笑みを浮かべている。こいつ。
「でも、そんにお金ないですよ」
「安心しろ、お前の給料から差し引いてやる」
 はあ、と溜め息と吐いたが名無はもう何を言ってもだめだろうと諦めた。
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DATE: 2008/10/30(木)   CATEGORY: 雑記
真夜中のチェスボーイ。
ハローハローハロー。もう怠惰道まっしぐら堕落しまくってる匡介です。
何故かわかりませんが、ポケモンの夢を見ました。そのあとTV点けたらポケモンやってました。

これは一種の正夢?

そのあとのニュースで「白昼堂々と密売」という言葉が出てきて何か笑えた。
なんつーか、“堂々”と“密売”ってどうなの?(笑) まぁ 間違ってはいなかったけど。

しかし起きたら夕方のニュースってヤバイっすね。
日が昇る頃に寝て、日が沈む頃に起きるっていう変な生活リズムになってます。

すべては「チェス」のせい。
夜にケータイでチェスのゲームをやり始めると、止まらなくて朝になっちゃいます。
なのになかなか強くならない。地道に勝率は上がってきていると思うんだけど、チェスは奥が深い。


てことで以下バトンです。

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DATE: 2008/10/29(水)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(5)
 有島が消えて数日が経つ。その間も名無はひとりで石橋宅の見張りを続けていた。有島が何かに気付いたあと、それに意味があるのかどうかはわからないが。
 名無が本の整理をしていると、ノックもなく事務所のドアが開いた。そしてのっそりと有島が入ってくる。少しやつれたか? 目の下は濃い隈(くま)が出来ていた。
「どこに行ってたんですか?」
 名無は訊くが有島は答えない。
 今は話しかけるなとでも言うように彼は手で追い払うようなアピールをすると、いつもベッド代わりになっているソファに倒れ込み、あっという間に深い眠りに落ちてしまった。
 名無は困ってしまったが、どうすることも出来ないし、仕方なく本の整理を再開した。きっとそのうち目が覚めるだろう。

***

 時刻はもう真夜中。有島が事務所に戻ってきてすでに10時間近くが経っていた。しかし彼はまだ熟睡している。
 どうしようもないので、名無ももう寝ようかと思っていたところ、有島がむくりと半身を起こした。何てタイミングが悪いんだろうと名無は思った。
「今は……何時だ?」
 眠そうに有島が訊ねた。
「えっと、もうすぐ12時です」
「真夜中の、か?」
「真夜中の、です」
 それを聞いた有島は大きく伸びをし、自分の目を覚まさせた。そして立ち上がる。
「名無、出掛けるから準備をしろ」
 そう言って事務所の奥へと消えていった。
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DATE: 2008/10/28(火)   CATEGORY: 雑記
フライング雀蜂(火炎放射で丸焼き)。
こんにちは。匡介です。
TVでスズメバチの巣を捕ってました。何の目的で捕ってたのかわからないけれど、バーナーで巣ごと焼いてるシーンに衝撃。あれって焼いて捕ったりするんですか!

ちなみに蜂の子は美味しいらしい。俺はまだ食べたことがない。

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DATE: 2008/10/27(月)   CATEGORY: 雑記
ファイティング睡魔(連戦連敗中)。
どうも、匡介です。
タモリ倶楽部で狛犬のなんかをやってたのが気になります。あの狛犬…ツノあった。

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DATE: 2008/10/27(月)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(4)
 夜も更け、名無はひとつ欠伸(あくび)をする。こうしてここに来て、もう何時間が経とうとするのか。今のところ石橋と美樹子は何の問題もなくぐっすりと眠っているようだった。何も起きないのなら帰って休みたい。たっぷり昼寝をしていたにもかかわらず、名無はそう思っていた。
 ホーゥ、ホーゥ。また鳴き声がする。名無はあたりを見回した。どこから聴こえてくるのだろうか。ホーゥ、ホーゥ。この鳴き声はまるで、本当に…。
「どうやら動きがあったみたいだぞ」
 有島に言われて、名無は石橋の部屋の窓を見る。わずかながら明かりが漏れているようだ。誰かが起きている。
 しかしこれからどうするというのだろう? 名無が有島を見遣ると、彼は煙草に火をつけていた。こいつ、本当にやる気があるのか?
「どうするんです?」
「まァ 少しは黙って見てろよ」
 有島が煙を吐き出した。そして大きな欠伸をしている。
「ゆっくりしてて、大丈夫なんですか?」
「本当にお前はうるさいやつだな」
 有島は煙草を燻らせ、そこには紫煙が立ち昇る。
やがて、その紫煙が宙で集まりだした。まるでランプから現れる精のように、煙草の紫煙が形作られていく。モクモクと集まった紫煙のかたまりの真ん中には大きな目玉が現れた。
「な…何なんですか、これ!!」
「黙って見てろ」
 煙で形作られた目玉のお化けは、ゆっくりと上昇していき、アパートの2階にある石橋の部屋の窓にまで上がっていった。

***

 女がひとりいた。その女は冷蔵庫の前に立ち、中を漁っている。
 長い漆黒の髪が、まるで生き物のように這い冷蔵庫の中へと入っていく。
 その女は長い髪を手のように扱い、冷蔵庫の中にある食べ物を掴んでいた。
 その長髪に捕らえられた食べ物は、そのまま――

 そのまま――

 その女の後頭部にある第二の口へと放り込まれていった。

***

 有島がずっと右眼を瞑っていることに気付いたのは彼が紫煙を解く直前のことだった。彼が右眼を開くと、煙の化け物は霧散し、跡形もなく消え去ってしまった。
「今のは…?」名無は恐るおそる訊ねた。
「探偵の七つ道具」
 本気かどうかわからぬくらいあっさりと有島は言い放った。しかし世の中には事実妖怪が存在していることを名無は知っている。さらには自身を化け猫だと自称するこの男のことだ、今回のような化け物染みた技を使ってもおかしくはない。
「しかし――これはひょっとすると…」
 ホーゥ、ホーゥ。また鳴いている。
「何かわかったんですか?」
「いや――まだだ。しかし思ってたより気乗りのしない事件かもしれない」
 深刻そうな表情を保ったまま、有島は溜め息を吐いた。
「今夜はもう帰ろうか」
 珍しく元気のない声でそう言い、彼は歩き始めた。それを名無が追っていく。

 ホーゥ、ホーゥ。

 姿の見えない鳴き声だけがそこに残った。
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DATE: 2008/10/25(土)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(3)
「――――!!」
 声が聞こえる。
「――――!!」
 何だろう、よく聞こえない。
 もっと――耳を済まさなくては。
「おー…な……き‥ろ!!」
 え?
「おーい、名無、起きろ!!」
 自分の名を呼ばれハッとした名無は、飛び起きるように目を覚ました。
「まったく、昼間っから寝過ぎだぞ」
 眠りから覚めたばかりでまだ頭の働かない名無だったが、有島のセリフを聞いて、それだけはお前に言われたくないと心中で毒づいた。
「さあ、出掛けるぞ。さっさと着替えろ」
「出掛ける?…どこへ? 」
「何を寝ぼけてるんだ。石橋さんのところ以外どこへ行くっていうんだ。仕事だよ」
 有島に急かされ、名無は半眼で準備をするはめになった。

***

 有島は石橋の住むアパートのドアを2、3度ノックした。すぐにドアは開いた。
 部屋に入ると石橋の姿しかなく、夫人の美樹子がいない。それについて名無が訊ねると、買い物に行っているらしいことがわかった。
「有島さん、実は…」インスタントのコーヒーが注がれたカップを2つ、有島と名無に差し出し、石橋はミネラルウォーターをなみなみ注いだコップを自分の前に置くと話し始めた。「妻が怪しい行動を取っているんです」
 一瞬の沈黙が流れた。
てっきり石橋が美樹子の行動に関してさらに詳しく教えてくれるのだと2人は思ったからだ。しかし石橋は、そこから先を喋らない。
「はあ、奥さんが」さすがの有島からも、間の抜けた声が出た。「それで、その怪しい行動とは?」
「夜中のことなんですが、妻がひっそりとベッドを抜け出すんです」
「抜け出す?」
「ええ、僕が寝静まったと思われるあたりに抜け出しているようです。最初はたまたま妻が起き上がったときに僕が目を覚ましたんですが、そのときは何も思いませんでした。――でも、同じことが2、3度続くとさすがにおかしいなと思います。それで、昨夜は寝たふりをして妻の様子を窺いました。そうするとやはり妻は僕が寝たことを確認して、寝室を抜け出すんですよ」
「なるほど」
「例の件に、実は美樹子が関係しているんじゃないかと思って…」
「どのように関わっていると思われますか?」
「こんなこと言いたくはありませんが…、妻は不倫をしているのかもしれません。視線を感じるというのも、その不倫相手が僕のことを観察しているんじゃないかと」
「それでは美樹子さんも普段見られている気がするというのは、彼女の嘘ということになりますね」
「…ええ、そうですね」
 美樹子が嘘を吐いている。その可能性は低くないと名無は思った。むしろそうであるとするならば、石橋と美樹子が視線を感じる時間が妙に近いのも頷ける。そうすると元々見られているのは石橋だけになるからだ。
「それで妻のことを調べて欲しいんですよ。お願いできますか?」
「構いませんよ。そもそもこちらはお金を頂いているわけですから。まァ 美樹子さんの調査は別途になってしまいますが。…あ、多少は安くしますよ?」
「お願いします」
「わかりました。――それで質問なんですが、美樹子さんはベッドを抜け出してからアパートから出ていると思われますか?」
「それが…そうとも思えないんですよ。寝室からは出てるのに、アパートの部屋にはいるようなんです。一度も外に出た気配はありません」
「不思議ですね」
「ええ。だから正直なところ不倫というのも単に可能性のひとつとして言っただけで、実際は何をしているのか見当もつきません」
 石橋は本当にわからないといったように、肩を竦(すく)めた。
「じゃあ、今夜から俺と名無で張り込みをしましょう」
 また勝手に決めて…。名無は溜め息をすると同時に、昼のうちに寝ておいてよかったなと思ったのだった。
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DATE: 2008/10/23(木)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(2)
 石橋 貴之の話によると、彼は主に夜になると例の視線を感じるという。さらには彼の妻である石橋 美樹子も、その視線を感じるという話だ。
 もしストーカーの仕業だとすると、これはかなり巧妙に石橋夫婦のことを覗き見ていることになる。感じるのは視線だけで、辺りに怪しげな人物の影すらも見当たらないというのだから。もちろん石橋夫婦の気のせいだという可能性もある。特に石橋 貴之はあの容貌だ。よくもてるだろうから、常に誰かに付きまとわれているという気にもなるかもしれない。妻の美紀子は、夫からその話を聞いて、何者かに覗かれているという思い込みが生じてしまったのなら頷ける話だ。しかし実際に確認してみないことには何もわからないだろう。
 
 有島と名無は石橋の住むアパートへと足を運んだ。石橋の上品そうな身形(みなり)から、彼の収入はなかなかもものだろうと推測されるのだが、彼の住居は一見してわかるほどの安アパートだった。もしかすると格好くらいは見栄を張って良いものを着ているのかもしれないが。
 有島と名無は彼の部屋へとあがった。彼の妻・美樹子が姿を現した。
「いらっしゃいませ。こんな狭苦しいところで申し訳ないですが…」
 石橋に見合って、上品そうな女性だった。
「いえいえ、お構いなく。うちの事務所だって同じようなもんです。特に最近はこの名無が大量の本を持ち込んでくるから事務所が一層狭くなってしまった」
 それは仕事がないからだ。名無は有島を睨んだ。有島のように一日中ソファの上で寝ていられるような人間ではないのだ。
「ああ、ちなみにこれが助手の名無です」
 有島が親指を立てて名無を指した。
「どうも、名無 権兵衛です…」
 名無は自己紹介というものが嫌いだ。どうもこの名前を人に教えるのは気が引ける。
 まあ、記憶喪失のこの男のために有島が好い加減に考えた名であるから、名無も律儀にその名を使うこともないのだが。
「まあ、変わったお名前ですね」
 美樹子は小さく笑った。
 名無は妙に恥ずかしくなって、つい俯いてしまった。

***

 その晩は石橋家で夕食をご馳走になった。有島は遠慮なく出てきた料理を平らげた。その有島とは対照的に名無は遠慮がちに食べたので、それなりに腹の足しにはなったのだが、満腹までは得られなかった。
 酒が入った有島と石橋が、大いに意気投合しているのを横目に名無は例の視線のことを考える。今まで気がつかなかったが、その視線の正体が人間とは限らない。この部屋のどこかにカメラが仕掛けられていて、盗撮されているのかもしれないと名無は思った。だとしたら犯人の登場を待つより、仕掛けられているカメラを探し出さなくてはならない。こうして楽しげに呑んでいる場合ではないのではないだろうか。

 そのときだった――。

 どこからか視線を感じる。名無は思った。
 それに有島も気付いたようで、ふと彼の眼に真剣さが宿った。
 そして石橋夫人の美樹子が声を上げた。
「ほら、あなた! どこからか視線を感じるわ!」
 それを聞いた石橋も感覚を研ぎ澄ませると、その視線に気付いたようで、辺りを見回す。

 窓が開いている。

 名無はそこから外を確認した。誰もいる気配はない。
 ホーゥ、ホーゥ、と梟(ふくろう)のような鳴き声が聞こえる。しかしこんなところに梟がいるとも思えないし、きっと山鳩か何かだろうと名無は思った。
「誰も、いないみたいです」
 でも、確実に視線は感じている――。
「ちょっと、外に出てみようか」
 有島は名無を連れて、外へと出た。

「誰もいないようだな」
 有島は煙草に火をつけながら言った。彼はヘヴィスモーカーなのだ。
「あの部屋にカメラが仕掛けられているという可能性はないんですか?」
 名無はさっき思いついた考えを述べた。
「盗撮か。まぁ、調べてみないとわからないが、たぶんその線はないだろうな。すると突然視線を感じたというのは不自然だ。それに石橋さんが視線を感じるのは、あの部屋に居るときだけじゃないそうだ」
 確かに――正体がカメラだとするといきなり視線を感じたことは疑問に残る。
 カメラが作動したから視線を感じたのか? いや、そうじゃない。もっと生々しい感じがした。あれは無機質なものが発することが出来るものではなかった。感覚的に――名無はそう理解していた。
「あのアパートに裏には何本か木が生えている。もしかしたら木が邪魔になって部屋の窓からは確認出来なかったのかもしれない」
 有島の言う通りだった。窓から外を見回したとき、正面にある木が一部の視界を遮っていたことを思い出す。あのときは木のことなど気にも留めなかったが、よく考えてみるとあの木が犯人を隠していたのかもしれなかった。
「とりあえず、アパートの部屋に戻ろうか」
 有島と名無はひとまずアパートにある石橋の部屋へと戻ることにした。

***

 依頼を受けてから3日が経っていた。事件に進展は見られない。そして石橋夫婦への“視線”も相変わらず続いていた。
 名無は一枚のメモを眺めていた。そこには石橋夫婦が視線を感じた日時が示されている。石橋夫婦には視線を感じた時間を憶えてもらい、それを教えるよう有島が指示をしていたのだ。しかしそれに意味があるのかないのか、名無にはもはやただの紙切れにしかにしか見えない。その時間には何の法則性も見出せなかったし、それを基(もと)に今後の“視線”を予測することも出来ない。名無から出るのは溜め息ばかりだ。久し振りのまともな依頼だというのに…。
 机上の推理を諦めて、名無は文庫を手に取った。栞(しおり)を挿(はさ)んでいた頁(ページ)を開き、続きを読むことにしたのだ。
(……ん?)
 名無は多少の違和感を覚える。
 昨日、石橋が初めて視線を感じたのは正午過ぎ(12時6分)、そして妻の美樹子は12時47分に視線を感じている。その間は約41分だ。おそらくその時間、石橋は職場に居たのだろう。――いや、昼休みだろうか。しかし、もし職場から出ていたとしてもその近辺に居たはずだ。そして美樹子が視線を感じたとき、彼女は自宅のあのアパートに居たと思われる。この距離を行き来するには車でも最低1時間はかかりそうだ。約41分の間で移動できるだろうか? 仮に出来るとしても、犯人の意図がわからなかった。きっとそれを可能にするには、犯人も大急ぎの移動であるだろう。そこまでして石橋から美樹子のところへ行く必要は――?
 名無は事務所の中を眺めた。
 有島はこのことに気付いているのだろうか? あの男のことだ。仮に気付いていたとしても名無には教えないだろう。「なぜ訊かれもしないことを教えなくちゃならないんだ?」、何だか名無は頭痛がした。
 今有島は出掛けている。またもや用件不明の外出だが、帰ってきたときにでも訊いてみよう。名無はそう決めて、いつも有島が昼寝に使っているソファに横になった。
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DATE: 2008/10/22(水)   CATEGORY: 雑記
ファインディング狛犬(「トマレ」の文字は素人編)。
こんにちは、匡介です。
先日に引き続き神社巡りウォークを紹介。


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DATE: 2008/10/21(火)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(1)
 読み終えた文庫を閉じ、デスクの上にある本の山へと積み上げた。名無は長時間同じ姿勢のままいたせいで硬くなった躰(からだ)を、大きく伸びをしてほぐした。目の前にある文字通り山積みとなった 本が置かれたデスクを越えた先では、古ぼけたソファに横になって寝ている有島の姿が見える。有島は小さく鼾(いびき)をかいていた。顎には無精髭が窺える。
 名無 権兵衛は自分が誰なのかわからない。記憶喪失というものなのか、以前の記憶を一切失っている男なのである。そして勢いというか流れというか、ひょんなことからこの有島探偵事務所で働くことになったのだ。…といっても一目見ればわかるこの有り様。所長の有島 奇亜人がこの昼間っから寝ていることからわかるように、仕事の依頼などは全く来ない。たまにある依頼が浮気調査ならまだマシで、犬猫の捜索となるともう探偵の仕事かどうかもわからない。しかも、そういう依頼のときにばかり有島は名無に仕事を押し付けて、本人は事務所のぼろぼろのソファで、何の気兼ねもなく寝ているのだから仕様もない。まったく、ここは彼の事務所だというのに。
 そんな探偵事務所に勤めているものだから、暇な時間を持て余すことは必定ともいえる。名無はその時間を読書に充てた。それが今、名無の目の前にある本の山を作ってしまったのである。
 名無は溜め息を吐き、新たな文庫に手を伸ばした。その最初の頁(ページ)を開いたところで、コンコンという音が聞こえた。あまりに久し振りに聞く音なので、名無はそれが何の音なのか瞬時に判断することが出来なかった。それがノックだとわかると大慌てで開いたばかりの本を閉じ、ソファでだらしなく寝ている有島に声をかけた。
「有島さん! どうやらお客さんみたいですよ!」
 名無の言葉に有島が目を覚ます。彼は寝ぼけ眼(まなこ)を右手で擦(こす)り、大きな欠伸をした。こんな男がこの事務所の所長であり、探偵なのだから呆れてしまう。
 ノックが再度繰り返され、名無は急いでドアを開けた。
「どうも、いらっしゃいませ」
 なんとも気の抜けた挨拶に聞こえる。ここが飲食店ならいざ知らず、探偵事務所が依頼人を向かえる言葉にしては間抜けだ。それは名無自身も自覚していることだが、他に何と言えばいいのか思いつかず、仕方なくこの言葉を使っている。何せ尋ねようにも、相手があの有島なのだ。まともな答えが返ってくるとは思えない。相談相手として、彼ほど不適切な人間もなかなかいないだろう。一体、名無が来るまではどう対応していたのだか。
「いきなりお訪ねして申し訳ありません。先に電話でアポを取ろうとも思ったのですが、近くを通りかかったもので」
 今までアポイントメントを取ってこの事務所を訪ねてきた人間などいない。それどころが、デスクの端にあるあの電話が鳴っているところなんて見たことがないのだから当然そんなことを名無は気にもしなかった。
 入ってきたのは端整な顔立ちの男だった。27、8くらいだろうか。美少年を思わせる綺麗なその顔は、女だけではなく男すらも虜にしかねない気さえする。現に名無も彼を見て、小さく身震いをしていた。きっとさぞや女性にもてるのだろう。
「いえいえ、構いませんよ。…えっと、そこのソファで待っていて頂けますか?」
 名無はちらりと事務所のソファを見遣ったときには、すでに有島の姿はなく、薄汚れたソファだけが残っていた。有島の特技ひとつに、依頼人が来たときの変わり身の早さがある。
「こんにちは。私が所長の有島奇亜人です」
 事務所の奥の方から有島が姿を現した。つい数分前まではそこでだらしなく寝ていたというのに、今は顔を洗い、無精髭を剃り、新しいシャツに着替えていた。そして「こんにちは」と爽やかに登場するのだから呆れるを通り越して尊敬してしまいそうになる。
「ああ、有島さん。どうも、覚えてますか? 石橋です」
 依頼人の男――本人いわく石橋――は有島に挨拶をした。有島がこの美男子と知り合い? しかも丁寧な口調で、性格も良いと思われる。有島との接点などミジンコほども窺えないのだが。…いや、年齢は近いかもしれない(といっても名無は有島の正確な年齢を知らない。あくまで推測である)。それに有島の顔も、ハンサムと言えなくもない。もう少し中身がまともなら、存外女性にもてるかもしれないと名無は思った。
「…石橋? ああ、石橋さんですか! あのときはお世話になりました」
 有島がここまで嬉しそうな顔をするのも珍しい。そもそも彼に友人というものなど、いないものだと名無は思っていたほどだ。
「ええ、あのときは、僕も楽しかったです。また有島さんと一緒に呑みたいですね」
 …呑む? 名無は嫌な予感がした。
「そうですね。あのときは石橋さんに奢ってもらいましたが、今度は俺が奢りましょう。まあ、安い店でですが」
 そう言って有島は笑った。石橋も「ええ、是非」と言って笑っている。
 ――奢り? まさか…。
 名無の予感は確信へと変わった。最近よく行き先を告げずに出掛けることが多いと思っていたら、まさか…有島は居酒屋へ呑みに行っていたというのか! ああ、思い返せば帰ってきたときは酒臭かった気もする。…いや、酒臭かった! 何故、気付かなかったのだろう。考えれば考えるほど、その確信は強固なものへとなっていった。ここのところ、ずっと仕事がないっていうのに、所長自らが呑みに出歩くとは一体どういう神経をしているのだこの男。その金はどこから捻出されているのか名無には不思議で仕方なかった。
 ――もしやこいつ、金持ちの家庭に生まれた道楽息子か?
 この探偵事務所も趣味でやっているのだとしたら頷ける。何箇月も仕事がないときも依然として切迫した感じを見せないのは、そういう理由か。
 そこまで考えて、名無は自分の考えを打ち消した。そんなはずはない。この男が、そんな上流階級に生まれていたのなら、もう少しまともな人間になっていただろう。有島は教育というものを、何も受けずに育ったような男なのだから。
「あの、それでですね。実は、有島さんにお頼みしたいことがあるんです」
 石橋からさっきまでの笑顔が消え、打って変わって深刻そうな表情になった。
「はあ、頼みごとですか」
 有島はそんな石橋の様子を見て取れないのか、少々間の抜けた声で返事をした。
「はい。有島さんが探偵をなされてると聞いていたので、相談しようと今日は来たんです。――実はこのところ…ずっと誰かに見られているような気がしていて」
「誰かに、見られてる?」
「視線を感じるんです。けれど見回しても誰もいない。なんだか気味が悪くて」
「ストーカー、ってやつですかね」
「…かもしれません。有島さんのところはストーカーなどの事件も扱っているんでしょうか」
「問題ありません。有島探偵事務所はオールマイティに事件を扱いますから。この名無なんて、犬猫の捜索までするんですよ」
 それはお前がやらせたんじゃないか! 名無は心中で毒づいた。
「まあ、ストーカーとなると俺の出番かもしれません。主に事件性のあるものは俺、それ以外はこの名無が担当しています」
 いつからそんな役割分担がなされたのか名無は皆目見当もつかぬ。しかし有島が好い加減にモノを喋るのはいつものことなので放っておくことにした。
 それにしても久し振りの依頼である。心做(な)しか名無も気合いが入った。
「じゃあ、話を伺いしましょう」
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