みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
DATE: 2008/06/27(金)   CATEGORY: 短篇小説
サムライ・ロック
 俺は走った。どこへ向かうワケでもなく。
 ただガムシャラに。突っ走った。どこへ向かうワケでもなく。

***

「俺らでバンド組もうぜ」
 とマサキは言った。
 マキオは「はあ」といった感じで、俺も「はあ」といった感じだった。
「俺は音楽で世界を変えれると本気で思ってんだ!」
 とマサキは言った。
 結局、俺らはバンドを組むこととなって、じゃあバンド名とかバンドの方向性とかを決めようって集まったファミレスでのことだ。
 やはりマキオは「はあ」だった。そして俺も「はあ」だった。

 ――じゃあ、俺はそう思わなかった?

 正直に言うと、俺も少しくらいは世界を変えてやれるんじゃないかって思っていた。それも自分の音楽で。

 SAMURAI3

 それが俺らのバンド名に決まった。
 現代を生きるサムライ3人組。なんて大それたことは思ってなかったが、こんな腐った世の中をぶった斬ってやる! みたいな気持ちもないわけじゃなかった。
 まあ、この世が本当に腐っているかは別として。その方がロックだし。

 志(こころざし)を高く。サムライのように。

 まあ、そんな意味。

 SAMURAI3の評判は意外と良かった。
 月に2回と精力的にライヴを行なった。客足も上々。そのたびに俺たちの可能性が頭をよぎる。俺ら何かデカイこともできるんじゃないかって。

「俺はさ、音楽で世界を変えられるって本気で思ってんだ」
 とマサキは言った。
「それ前に聞いた」
 とマキオは言った。
「そぉか~?」
 でかいライヴの打ち上げで集まった小さな居酒屋の片隅でマサキは酔っていた。
「じゃあ、お前はどう思ってんだよ?」
 そうマサキはマキオに問う。
「俺? 別に世界を変えられるなんて大それたこと思ってないよ」
「なにィ~?」
 それを聞いたマサキはマキオに飛びかかった。
 それを見た俺は急いでマサキを押さえにかかる。
「音楽の力を信じてねーヤツに音楽をやる資格はねェ~!!」
 マサキは叫んだ。
「バッカじゃねえの? お前、夢見すぎだよ!」
 マキオも叫ぶ。
「なあ? シュウもそう思うだろ?」
 ナゼそこで俺に振る?
「俺は…」

 俺は…

 俺は…――――

「俺は…世界を変えられるんじゃないかってひそかに信じてる」
 一瞬だけ時間が止まったような気がした。
「よぉく言った~!」
 マサキはもうワケがわかならくなってる。
「そうかよ。俺は悪者かよ。お前も俺には音楽をやる資格はないって思ってんだろ!」
「いや、そんなこと…」
 俺は全てを言い切る前に、マキオは席を立った。そして店を出た。
 残された俺もマサキを連れて店を出た。
「マサキ、このあとどうする?」
「俺はぁ、もう帰る」
「ひとりで大丈夫か?」
「あたぼーよ!」
 そう言ってマサキは俺とは逆方向に向かって歩きだした。
「音楽の力を忘れるんじゃねェ~ぞ!」
 それがマサキの最後の言葉だ。
「俺らは世界を変えられる!」
 その言葉は今でもこの耳に残ってる。

 次の日、俺はマサキが死んだことを知った。

***

 あのあと、マサキはスクーターに乗って帰ろうとしたらしい。俺はマサキがスクーターで来ていることも知らなかった。
 そしてあの泥酔状態のままスクーターにまたがり、エンジンをかけた。そうしてマサキとマサキのスクーターはゆらゆらと帰路を走った。
 そしてそのまま対向車線に入り、向かってくる車に突っ込んだ。

 そうしてマサキは死んだ。

 世界を変えられると豪語していた彼は意外にもあっさりと死んだ。
 彼は少しでも世界を変えられたのだろうか? 変えられなかったのだろうか?

 わからない。

 俺はこのあとどうするべきなんだろう。
 このまま音楽を続けるべきなのか、それとももう辞めるべきなのか。

 ――俺はさ、音楽の力で世界を変えられるって本気で思ってんだ。

 ――音楽の力を信じねーヤツに音楽をやる資格はねー!

 ――音楽の力を忘れるんじゃねェ~ぞ!

 ――俺らは世界を変えられる!

 俺は…音楽の力を信じてる?

 ――俺は世界を変えられるんじゃないかってひそかに信じてる。

 そっか。そうだよな。
 音楽を続けるか辞めるかじゃない。信じられるかどうかなんだ。
 俺は音楽の力を信じてる。どっかで何かスゲェことをやらかすんじゃないかって思ってる。それはこの世界も巻き込んで、大きな変化をもたらすんじゃないかって思ってる。
 もう音楽を信じて突っ走るかない。

 俺は走った。どこへ向かうワケでもなく。
 ただガムシャラに。突っ走った。どこへ向かうワケでもなく。

 音楽の可能性を信じて。
 自分自身の力を信じて。

 どこまでも走り続ける。

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DATE: 2008/06/25(水)   CATEGORY: 短篇小説
魔人狩り⑤
 部屋の明かりを点けたらそこには横たわるマユミがいた。
 マユミの服ははだけ、ところどころ破けたところがある。そして彼女の前には彼女の父親であるはずの人間が全裸で彼女に圧し掛かっているではないか。
 カナエは状況がわからず硬直した。無理もない、彼女の頭の中は真っ白になり思考が完全に停止していた。そして数秒して彼女は叫び声を上げた。声は家中に響き渡った。
 パニックの最中(さなか)にも彼女を握り締めていたケータイを開き、予(あらかじ)めに出しておいた霧島の番号を確認して通話ボタンを押した。それと同時にマユミの父親はカナエに飛びかかった。カナエは見事に押し倒され、マユミの父親にマウントポジションを取られた格好になった。何の衣服も纏(まと)ってはいない父親の男根は太く大きくそそり立っている。カナエは恐怖した。何の声さえも出すことができなくなっていた。
 父親は息遣いが荒く、そのままカナエの両手を押さえ込んできた。カナエの目には涙が滲む。ちらりと見えたマユミも同様に泣いていた。彼女は目を真っ赤にし、涙と洟(はな)を垂れ流していた。口には布のようなものが詰め込まれており、声を出すことは叶わなかった。父親の拘束が解かれた今でも恐怖に凍りついており、口内の異物を吐き出すことすら忘れている。ただ文字通りに凍りつき、固まっていた。その視線はどこを向いているのかわからないほどで、彼女にカナエの姿など入っていないのかもしれない。
 カナエは自分を押さえつける父親の両腕を払いのけようと必死だった。しかしやはり男の腕力には敵わない。彼女は身動きひとつできないようだった。何をされるかわからない恐怖から声も出せない。カナエの瞳からは次々と涙が零れ落ちる。父親の男はカナエの衣服を乱暴に剥ぎ取ろうとした。
(なんで…!? おじさん、どうしちゃった? やめてよ。もう‥やめて…)
 心の内の悲痛な叫びをマユミの父親には届かない。口元からは涎(よだれ)が垂れ落ち、血走ったような目のこの男は、まるで獣だった。野獣の如くカナエに襲いかかっていった。

 ガシャン。ガラスが割れる音がした。
 マユミの父親はそんなものに興味がないようにカナエに舌を這わせている。ほとんど全裸といっていいような格好にされたカナエは、父親のまるで人間とは思えない長い舌で身体をゆっくりと舐められていた。触手のような舌がカナエの性器まわりを這ったときには、嘔吐でもしそうな嫌悪感を彼女は覚えたほどだった。もう彼女は何かに助けを請う気力すら残っていなかった。
 そんなときである。リビングの方から男の姿が現れた。カナエも最初はそれが誰なのかがわからなかったが、それも束(つか)の間、その男の正体が霧島とわかると彼女にも希望の光が差し込んできた。何もかもに絶望し、希望など微塵も感じられなかったさっきまでとはまるで一転したのだ。
 霧島の手には相変わらず日本刀が携えられている。しかしすでに抜刀済みで、刃がきらめいていた。
 マユミの父親はそんな男の姿を見て立ち上がった。彼の男根は大きすぎるほどにいきり立っている。色も黒々としていて妙にグロテスクだ。
 霧島は刀を構え、切っ先を父親に向けた。
 父親は長すぎる舌をダランと垂れ流していた。
「カナエ、大丈夫か?」
 霧島がカナエに声をかける。彼女は頷くのも忘れていた。
 じりじりと間合いを詰め、霧島が父親に斬りかかった。父親も同時に跳びかかった。
 一瞬にして、父親の左肩から腹部にかけて真剣の刃が切り裂いた。しかしそれも全てを両断するには足らず、刀の刃は父親の肉体にめり込んだままだ。
 父親は右手で霧島の左腕を掴んだ。父親の長く発達した爪が霧島の左腕の傷口に喰い込む。血が滲み、暫くすると彼の腕からフローリングの床へと血が滴った。
 霧島は全力で蹴り飛ばし、父親を突き放した。父親は床へと倒れ込む。
 倒れた父親を見てつかさず霧島は父親の喉元に刀を突き立てた。そして思いっきり父親の喉に剣先をねじ込んだ。父親の口からは血が漏れた。

***

 泣きじゃくるカナエを霧島は見た目とは裏腹に厚いその胸で受け止めていた。
 どうしたらいいかわからない、といったふうに霧島は戸惑っている。
 そのとき、霧島の視界に床に横たわる女の子が入ってきた。彼はそっとカナエから離れてマユミに近づいた。彼女は放心しているのか何の反応もなかった。
 霧島は自らのケータイを取り出してどこかに連絡をする。電話を切ると、カナエが霧島に抱きついてきた。
「大丈夫か?」
「う、うん」
「彼女はお前の友達か?」
「うん」
「まず服を着よう。替えはあるのか? それから彼女の着替えも探してくれると有難いんだが」
「わかった。ちょっと待ってて」
 そう言ってカナエは階段を昇り、2階へと行こうとしたが、すぐに足を止め、霧島のところへ戻ってきた。
「どうかしたのか?」
「怖くて。…一緒に来て」
 そう言われて彼は床に横たわるマユミに目をやった。
「しかし彼女を置いていくのもな。少し待ってくれ」
 彼はマユミの身体を抱き寄せ、持ち上げた。

***

 それから2ヵ月――。
 あの惨劇がきっかけでカナエはPTSD(Post-Traumatic Stress Disorder/心的外傷後ストレス傷害)となり、定期的に病院へと通っている。マユミも同様に通院をしている。心的なショックでいうと彼女の方がはるかに大きいらしい。なにせ実の父親に犯されたのだ、仕方もないことだった。 
 カナエはあれから1度だけ霧島に会った。しかしそれからは会っていない。
 
 彼は今夜も夜の街を駆けるのだろう。魔人どもを狩りゆく為に。
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DATE: 2008/06/24(火)   CATEGORY: 短篇小説
魔人狩り④
 カナエはマユミの部屋で彼女に渡されたカフェオレを片手に黙っていた。
 親とのケンカのこともそうだけれど、彼女はさっき起きたあの異常事態をマユミに告げるかどうかを悩んでいるのだ。どう考えても非現実すぎるあの空間。マユミは理解してくれるだろうか。それ以前に彼女にそれを話してしまっていいものだろうか? ねえ、話してしまってもいいの? カナエは心中で霧島に問うた。もちろん返事はない。
 ガタン。と大きな音が聞こえた。それはマユミの部屋がある2階ではなくて、リビングなどがある1階の方からのようだった。
「あれ? なんだろ?」
 1階で響いた音を聞いてマユミが立ち上がる。そのまま部屋のドアノブを掴み「ちょっと待ってって」とカナエに言い残して部屋を出た。

 マユミが部屋を出ていってからかれこれ10分ほどが経過しようとしていた。
(どうかしたのかな? さすがに遅すぎない?)
 カナエは自分のケータイを手に、ただ眺めるようにして待っていた。ディスプレイにはデジタル表示の時計が映し出されている。
(霧島‥暁…か)
 いつの間にか彼女のケータイのディスプレイには霧島のケータイ番号が映し出されていた。カナエはそれをじーっと見つめていた。
(また、会えるかな)
 よくよく考えるとカナエは霧島のことを何も知らなかった。霧島 暁という名前と魔人という化け物を殺すことを職業としていること。彼女が知っているのはそれだけだった。
 あの漆黒の髪と深い瞳。いつも無表情で、何を考えているかわからない。最初は冷たいと思っていたけれど、マユミの家まで送ってくれるとこを見てみるともしかして優しい人なのかな、とカナエは思う。
 ディスプレイに映る時刻からするとマユミが部屋を出て15分が経つところだった。
(下に降りてもいいかな?)
 カナエはドアを開けて、マユミの部屋を出た。そして階段のところにまで行くとなにやら物音が聞こえた。なんだろうか、何かが暴れているような音がする。ジタバタともがいているような。急に不安感が襲ってくる。彼女は恐る恐る階段を降りていく。
 声が聞こえた。それは呻き声のようだった。カナエの手にはケータイを握り締めていた。
(…マユミ? 何してるの? なんか心配だよ。わたし怖いよ)
 階段を降りきって、カナエはあたりを見回した。おかしなことに1階は真っ暗闇だった。どこにも灯りが点いていない。本当にマユミはいるのだろうか? 彼女の心臓は恐怖と不安感で高鳴っていた。ケータイを握り締める力が無意識に強まった。
「‥マユミ? いるの?」
 カナエはか細い声で闇の中に問いかけた。返事はない。
 キッチンの方から音がした。それに反応し、ビクッとカナエは一瞬心臓が止まる思いをした。ドクンドクンドクン。手に取るように鼓動が伝わってくる。
 カナエは壁に付いているスイッチに手をやった。それを押す。その瞬間、あたりが明るく鮮明になった。

***

 アスファルトの路上に血を流した頭のない死体が横たわっていた。
 その首無し死体のすぐ隣には刀に付着した血を拭き取る霧島の姿があった。
 実は霧島がカナエと一緒にいたときに現れた魔人は1体だけではなかったのだ。霧島が魔人の首を刎ね飛ばしたその瞬間、どこかに隠れてでもいたのか他の魔人が咄嗟(とっさ)に霧島の左腕を傷つけていったのだ。
 新たに現れた魔人を追おうとも霧島は思ったが、カナエのこともあり、彼は逃げる魔人を後回しにした。それを今さっき、ついに追いつきトドメを刺したのだ。

 ヴヴヴヴ…

 霧島のケータイが鳴った。彼は常にマナーモードにしているのでヴァイブレーションだけだ。上着のポケットが小刻みに振動している。
「なんだ?」
 彼はポケットからケータイを取り出し、二つ折りのそれを開いた。そのディスプレイには『棗田 カナエ』という文字が浮かんでいる。その下には彼女の番号を映し出されていた。霧島は通話ボタンを押して、彼女からの電話に出た。「どうかしたか?」と霧島は通話口越しにカナエに訊ねたが返事はなかった。沈黙する電話を片手に霧島は暫(しばら)く返事を待ってみた。何の返答もない。そう思ったときに電話の向こうから物音が聞こえた。何か大きなものが倒れたような音だ。それを聞いた霧島になにやら嫌な予感が奔(はし)った。カナエの友達の家はどこらへんだったろうか? 霧島は夜の闇を切り裂くように走った。
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DATE: 2008/06/23(月)   CATEGORY: 短篇小説
魔人狩り③
 しばらくの膠着(こうちゃく)が続いた。
 カナエと霧島の前には、ひとりの男が立っている。背はそう高くなく、一見にすれば真面目そうな格好の男だ。その男は口を半開きにしていて、その合間からは涎(よだれ)が垂れ落ちた。
 この男は何者だろう? そうカナエは考えていた。どうにも普通そうな男なのだが、どうにも普通ではない。何なのだ、この異様な感じは。彼女は小さく身震いをした。
 男が低く呻(うめ)いた。ヴヴ‥ヴヴ…とまるで何かに苦しんでいるようにも見えた。
 男が一歩、カナエたちの方へと近づいた。
 暫(しばら)くの間、身動きひとつしなかった霧島だったが、その瞬間、素早い動きで刀を抜き、そのままの勢いで男を斬りつけた。
 男の方もその風貌からは想像もできないような俊敏な動きでそれを避けた。
 
 しかし、あたりに血吹雪が舞った。

 どうやら男は霧島の斬撃を完全には避けきれず、左腕の半分を切り落とされてしまったようだった。
 男は呻いた。グォォォオオ。それを見たカナエは思わず目を伏せた。しかし一瞬にして入ってしまったグロテスクな映像に、彼女は気分が悪くなりその場にうずくまってしまった。
 霧島はそんな彼女を気にすることなどなく、例の男と対峙したままだ。
 ジリジリと間合いを詰める霧島は、男に問うた。
「お前、話せるのか?」
 男は黙ったままだ。
「お前、初めてじゃないだろう? 今まで何人喰ってきた?」
 男は依然として答えない。
「まあ、いい」
 霧島はそう言うやいなや、目にも止まらぬ速度、それこそ一瞬で男の首を刎ねた。

***

 カナエが顔を上げ、霧島を見たとき、彼は傷を負っていた。左肩から血が滴っている。
「大丈夫か?」
 霧島の言葉にカナエはそれはあなたでしょう! と大声で言いたくなった。
「友達の家、あとどれくらいだ?」
「えっと、もうそこの角を曲がったところ」
「そうか。急ぐぞ」
 そう言って霧島は先へと進んだ。
「ちょっと待ってよ」
 カナエも慌てて霧島を追った。

「アレなんなの?」
 堪らずカナエは霧島に訊いた。
「アレ?」
「とぼけないで。さっきのアレよ」
「あァ、あの男か」
「そう、あの男のことよ」
「何と言われてもな」
 霧島はそう困ったような声を出したが、彼の顔は変わらず無表情だ。
「あなたあの人のことを斬ったじゃない。その刀で」
 カナエは霧島の持つ長方の布袋に目をやった。
「ああ。そうだな」
「なんで斬ったの? あなた、殺人犯?」
「なんでと言われてもな。それが俺の仕事だからだ」
「殺し屋なの?」
「違う。が、似たようなものだ」
 何とも曖昧な霧島の返答に、彼女はもどかしさすら感じていた。
「つまり何がどうなの? そんなのじゃわからない。もっとわかるように説明して」
「何故?」
「なぜ? なぜですって? じゃあなに? わたしは殺人鬼ともわからない正体不明の男とこうやって夜道をともにしなきゃならないの?」
 多少の興奮が入り混じり、彼女が思った以上に声は大きくなった。
「わかった。説明しよう。だからわめくな」
「わめいてなんかない!」
「わかったから少し声を小さくしてくれ。そう大声を出さなくとも聞こえている」
 そうしてカナエは全てを知った。
 霧島が言うことを信じれば、さっきの男は人間ではなく魔人であるらしい。魔人とは魔なるものに精神を乗っ取られた人間のことで、元は人間なのだという。それでも魔人となれば身体能力は向上し、人を喰らうようになる。まさに悪魔のような人間へと変貌を果たすらしいのだ。
 霧島はそんな魔人を抹殺するのが仕事だという。家業として代々の宿命らしい。霧島は魔人を狩る狩人なのだ。
「魔人は夜に活動をする。だから昼は安全だ。しかし夜も深まった頃になると危険なんだ。これからは今のように深夜にはあまり出歩かないようにすることだな」
 カナエは黙って頷いた。
 どうにも現実感のない話だけれど、彼女は彼の言うことが真実なんだろうと確信していた。さっきの男を見たときに感じた異様な感覚。あの感覚だけであの男が魔人で、彼がそれを狩る狩人だということを信じるに値した。
「さっきの男。死体をあのままにしてていいの?」
「あれは他のやつが片付ける手筈(てはず)になっている。さっき連絡をしておいた。もうあの死体はあそこにはないだろう」
 いつの間に連絡なんか。そうカナエは思ったが、あのときは恐怖でいっぱいいっぱいだったし、男の腕が斬られるところを見てパニックに陥ってしまっていたのだから気付かなくても仕方のないことだった。
「それ、大丈夫?」
 カナエが霧島の左腕を指差した。
 応急の止血を行(おこな)ってはいるが、衣服に血が滲んできているのがわかる。
「気にすることはない。この程度だったら軽い怪我だ」
「そう、なんだ」
(日々、あの魔人とやらと戦っていて、常に命の危険にさらされているのね。)
「この家か?」
 霧島はカナエに聞いていたマユミの名字を当てに、家の表札を指差した。
「うん、ここ」
「じゃあ、もう大丈夫だな」
「あの、、ありがと」
「なにがだ?」
「送ってくれて」
「気にすることはない。最近は何故だか魔人の出没が多い。これも仕事の内だ」
「でも…ありがと」
「ああ」
 霧島がカナエをあとに去ろうとする。
 それを見たカナエは少しためらったが、思い切って声を出した。
「あのさ、ケータイ、持ってるよね?」
「ああ、持ってはいるが」
「番号、教えてくれない?」
「何故だ?」
「ほら、また魔人に襲われたら助けてほしいじゃない」
「そうか、そうだな。ちょっと待て」
 そう言って霧島は上着のポケットから自分のケータイを取り出した。
「何かメモするものはあるか?」
「メモって。わたしもケータイあるから言ってくれるだけでいいよ」そう言ってカナエはケータイを取り出す。
「じゃあ、言うぞ08…」
 その霧島の言葉を遮るようにカナエは言った。
「待って! なんだそれ赤外線付きじゃん。だったら赤外線で送ろうよ」
「赤外線? どうやるんだ」
 カナエの言葉にまったくぴんとこない霧島はケータイ片手にカナエに問う。
「ちょっと貸してよ」
 カナエが霧島のケータイを受け取り、いくつかボタンを押すと互いのケータイを向け合った。それを見て霧島は何をしているのかまったくわからず、ひとりポカンとしていた。
 ふたりに番号の交換が終わり、カナエはケータイを霧島に返す。そして最後に別れの言葉を言って、マユミの家の玄関へと向かった。
 そんな彼女を霧島は見つめた。「バイバイ。またね」。カナエの言葉が霧島の中で反芻する。「またね」なんて再会を誓うような言葉を言われたのはいつぶりだろか。
 霧島はそんなカナエをあとにひとり夜の街へと消えていった。
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DATE: 2008/06/22(日)   CATEGORY: 短篇小説
魔人狩り②
 ケータイから今流行りのアーティストの曲が流れ出した。
 マユミは充電コードに繋がったままのケータイを手に取って、開く。
「もしもし?」
 電話の相手はカナエだ。
「もしもし? マユミ?」
「んー、どーしたー?」
「今からそっち行っていい?」
「今!?」
 マユミは部屋にある壁掛けの時計を見た。もう深夜の12時を過ぎている。
「ダメ?」
「ダメってアンタ! どうかしたの?」
「親とケンカしちゃった」
「ケンカぁ? それで家を飛び出しちゃったわけ?」
「うん」
「わかった! いいから早くおいでよ。着いたらメールして」
「うん、ごめんね」
「いいっていいって。気をつけておいでね」
 そう言ってマユミはをケータイを閉じた。

***

 まもなく、時刻は深夜1時をまわろうとしていた。
 もうマユミの家の近所にまで来ている。カナエは急いだ。
 人気がなく、少ない街頭でやっと歩くほどに見えるだけ照らされた住宅街の路地は薄気味悪い。コツコツコツ。突然聞こえてくる足音に、カナエは足を止め、周りを見回した。あたりには誰もいないように見える。コツコツコツ。彼女はドキリとする。そういえばマユミの家の近所に変質者が現れるという話を思い出して、カナエはぶるぶると身震いをした。
(早く…早く行こう。)
 コツコツコツ。
 マユミは歩を早めた。
 コツコツコツ。
 足音は近付いてくる。
「あっ!」
 カナエは何かとぶつかってしまった。
 顔から思いっきりぶつかったので、鼻が痛かった。
「なんだ、またお前か」
 どこか聞き覚えのある声がして、改めて前を見ると、この前の2度もぶつかったあの男が立っていた。自分の前にいるのが、人のことを平気で無視していく非常識な男だと確認すると再びカナエの中にある憤りがよみがえってきた。
「あー! この前の!」
「声が大きい。もう少し静かにしてくれないか」
「だって! あの、赤の他人にこんなこと言うのもなんですけど、この前の、あれ少しひどすぎると思うんですけど」
「この前? 何かあったか?」
(何かあったか? 人のこと無視しておいてそれはないでしょ!!)
「何だか知らないが、もう行っていいか?」
 この男の一言に、カナエはカチンときた。
「ええ! ええ! いいですよ! 勝手にどこへでも行ってください!」
「もっと静かに話すことはできないのか? 何をそんなに怒ってる」
「何をって、そんなのもわからないの?」
「わからないな。ヒステリーってやつか?」
「な、なんであたしがヒステリー起こさなきゃならないの!」
「女はヒステリックな生き物だと聞いた」
「失礼な男」
「悪かったな」
「別に!」
「お前、こんな時間に何をしてるんだ?」
 男の突然の問いにカナエは動揺してしまった。
「え? と、友達の家に行くところなのよ」
「そうか。早く行った方がいい」
「言われなくたって」
「この近くか?」
「え?」
「その友達の家」
「う、うん」
「そうか、だったら送って行ってやろう。こんな時間にひとりは危ないだろう」
「え? いや、でも」
「どうした? 早く行くぞ。友達の家、どっちだ」
(いきなり何言ってるの? 送ってやるって、そりゃ、ひとりで心細かったけど…)
 そうしてカナエは半(なか)ば無理やりに男に引き連れられ、マユミに家へと向かうことになった。

***

 数分。カナエは未だ素性のわからぬ男と一緒に歩いていた。
 歩いてる間は沈黙が続いている。何か話そうとは思うのだが、何を話したらいいのかカナエにはわからなかった。おかげで沈黙は続く。
(うわぁ、苦しい。何か話してくれたら楽なのに。わたしから何か話せばいいの? あー、もう早くマユミんちに着け~!!)
 男は出会ってからずっと無表情のままだった。何を考えているのかもわからないといった感じだ。
「なんでこんな時間に友達の家に?」
 突然、男が口を開いた。
「え? あ、ああ。ちょっと、親とケンカしちゃって」
「ケンカ?」
「うん。別に大したことじゃないんだけどね」
「そうか」
 男はカナエにケンカの理由を訊くこともなく再び口を閉ざした。
「あの、ひとつ訊いていい?」
「なんだ?」
「名前、なんていうの?」
「俺のか?」
「他に誰がいるのよ」
「霧島だ」
「下の名前は?」
「暁(アキラ)」
「ふーん。わたしはカナエっていうの。棗田カナエ」
 カナエが自分の名前を口にしても霧島は興味がないのか「そうか」とだけ返事をし、それ以上なにも言わなかった。
「ねえ、それなに?」
 カナエが指差した先には長い布袋があった。それは会ったときから霧島が持っていたもので、彼女はずっとそれが何なのか気になっていたのだ。
 そのとき、

 グォォォォォォオオ

 低い唸り声のようなものが響き渡った。
「な、なに? 今の」
 まるで遠吠えのようにそれは繰り返し聞こえた。
「カナエ。俺の後ろにつけ」
 カナエは霧島の言われたとおりに、彼の背後へと回り、じっとしてした。
「これを何かと訊いたな? 見せてやるから持っていろ」
 そう言って霧島は布袋からなにやら黒いモノを取り出した。見るからにそれは日本刀であった。
 霧島は取り出したあとの布袋をカナエに放った。それを彼女は慌ててキャッチする。
「泣き喚くなよ」
 突如として霧島たちの前に、ひとつの人影のようなものが現れた。
 霧島は携えた刀の柄元を握り締め、人影に向かって身構えた。
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DATE: 2008/06/21(土)   CATEGORY: 短篇小説
魔人狩り①
 学校帰りの棗田 カナエはホームに停車した電車のドアが開くと、降りてきた人たちを避け車内へと乗り込もうとした。しかしそのとき、遅れて降りてきた男の肩にドンと強くぶつかった。
 カナエは男を見たが、男は何もなかったかのように彼女を無視してホームから続く階段を昇っていく。非常識な男だとカナエは思った。しかしそれにいちいち腹を立てていても仕方ないことだと思い、彼女は車内に入り、空いている席に座った。
(結構、カッコイイ人だったなぁ…。)
 電車が走り出した。カナエはぶつかった男を思い出す。
 男は黒髪の長身で、端整な顔立ちだった。突然の出来事だったのでよくは覚えていないが、カナエにはそう見えた。前髪が目元にかかっていて、少しうざったいくらいだったけれど、その合間から見えた目からは強い力を感じていた。一瞬にして、彼女はそう思っていた。

「ここらへんも最近、変な人が出るらしいからカナエちゃんもあんまり遅くまで居ちゃダメよ」
 マユミの母親がそう言うと、カナエは「はい、わかりましたー」と返事をした。それを聞いたマユミは「はいはい、わかったから行った行った!」と母親を追い払おうとする。「じゃあ、ごゆっくりね」とマユミの母親は言って、部屋を出た。遅くまで居ちゃダメだって言うのに、ごゆっくりとはおかしいんではないか? とカナエは一瞬思ったけれど、大したことでもないので放っておくことにした。マユミの母親なりの気遣いというものだろうと無意識に解釈する。
「なんか最近、ここらへんに変質者が出るとかでウチの親も気にしてんのよ」とマユミが言う。
「変質者って自分の裸を見せてくるとか?」
 カナエは笑いながら冗談まじりに言った。
「さあ? アタシも詳しくは知らないけど、変質者は変質者なんじゃん?」
 マユミの部屋は女の子らしく可愛いものを覆い尽くされている。動物のぬいぐるみなどが多くあり、色もピンクなどが多いファンシーな部屋だ。ちょっと女の子すぎるのでは? とカナエは思うのだが、マユミは全然気にしていないらしい。カナエが初めてこの部屋に入ったときは、どうにもマユミの部屋だとは思えなかったものなのだ。それほどマユミとこの部屋のイメージは程遠い。

 マユミの部屋で3時間ほど取り留めのない話をしたあと、カナエは帰ることにした。
 外は暗くなっていた。少々長く居座りすぎたかもしれないと少し急ぎ足で家路を辿る。ふと変質者の話を思い出した。急に心細くなり、カナエはあたりを注意深く見回した。
(早く帰らなきゃ…!!)
 カナエは急いで歩く。すると焦ってしまっていたからか、路地の角で誰かとぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
 彼女は咄嗟に謝った。そしてぶつかった相手を見る。
 するとその相手は電車に乗る際にぶつかったあの男だった。
(この人、ホームでぶつかった人だ…。)
 男はカナエのことなど気にも留めないようで、何事もなかったように通り過ぎようとした。
「あ、あの…」
 カナエの声に男は足を止めた。
「なんだ?」
 ぶっきらぼうな彼の言い方に、彼女は少し戸惑う。それでも勇気を出して言った。
「あの、憶えてませんか?」
「何をだ?」
 改めて見ると、やはり整った顔立ちの青年だった。
「夕方に、駅のホームでもぶつかったんですけど…」
「それで?」
 彼にそう言われて、カナエは自分自身が何をしたかったのかがわからなくなっていた。なんでこんなことを言ったのだろう? 彼女はどうしたらいいかわからないという気持ちに駆られる。
「別にあなたが悪いとは言いませんけど、一言、謝ってくれてもいいんじゃないですか?」
「それだけか?」
「え? ええ…」
「じゃあ、行くぞ」
 そう言って男はカナエに構わず行ってしまった。
 彼が去って残された彼女は呆然としてしまったが、しばらくして腹立たしさが戻ってきて、なんなの! と不満げなまま家に帰った。

***

 深夜2時。真夜中の路地をふらふらと歩く男。
 それを見た警官のひとりが声をかけた。
「なんかさっきから歩き方が不安定だけど、大丈夫?」
 警官の男は20代前半で若かった。まだ新米なのかもしれない。
「どうしたの? もしもし?」
 返事をせず、ふらふらと歩き続ける男に警官は言った。
「とりあえず、止まろうよ? ね?」
 歩き続ける男は30歳くらいに見える。酔っているのだろうか? 警官は男の肩に手を置いて、男を止めようとした。
「ぎゃあああああ!!」
 響く叫び声。
 警官が男の肩に触れたその瞬間に、男は警官の腕を掴みそれを食いちぎったのだ。
「ガァァァァアア」
 低く唸る男。
 その場にしゃがみ込み悶(もだ)える警官。
「ア゛ア゛ッ!! 手がァッ!! 俺のッ 手がッ!!」
 いきなりの出来事に警官は錯乱していた。もう何がなんだかわからなくなっていて、状況を把握できていない。まあ、冷静であってもそう状況を理解することは適(かな)わないだろうが。
「警官か。面倒だな」
 そういう声が警官の耳に入ってきた。どうやら自分の手を食いちぎった男のものとは違う声だと混乱の最中(さなか)に思った。
「おい、まだ生きてるか?」
 痛みを堪えて警官の青年は声の主を見上げた。
 それは若い男だった。自分よりも若いだろうと警官は思った。身長が高く、細身の男だった。顔はあたりが暗いのに加えて、前髪で目元が隠れているためによく見えない。
「たッ 助け‥ッッ」
 うずくまっていた警官が彼を見上げながら助けを求めようとしたそのとき、彼の視界は途切れた。
 警官の頭は、先ほどの男によって食いちぎられたのだ。助けを求める声も全てを出し切れずに男は死んだ。
 頭を食いちぎられ、死んだ警官を青年は見下ろした。ドクドクと血が流れている。
「悪かったな。助けられなくて」
 そう言って男は持っていた布袋の紐を解いた。布袋は細長く、中には棒状のものが入っていると察せられる。
「せめて仇はとってやろう」
 青年は紐を解いた布袋の口から、鞘に納められた刀を取り出した。
 そして刀をゆっくりと鞘から抜き取る。それは見事な日本刀だった。刃の部分は美しく妖艶に光り、思わず息を呑んでしまう。
 警官を噛み殺した男はそれを見るやいなや青年に飛びかかる。青年は鮮やかに男を避け、男に背後から斬りかかった。
 次の瞬間、男の頭はずれ落ち、首から上は血が舞い上がる。
 青年は刃先に付いた血を拭き取ると鞘に納め、元々入れてあった布袋に刀を仕舞った。
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DATE: 2008/06/20(金)   CATEGORY: 「怪奇蒐話」
「ハンバーグ」
夕食にハンバーグを作った。
普段は自炊するのが面倒であまり作らないのだけれど、今日はなんだか出来合いものを食べえる気分でも外食をする気分ではなかった。

久しぶりに作ったハンバーグにしては上出来だと思う。
わたしはソースのたっぷりハンバーグを口へと運んだ。

――口の中に広がる違和感。

そう。これはまるで髪の毛のような感触。
口の中いっぱいに髪の毛が入っているような感覚。

わたしは慌てて吐き出した。

見てみるとそこにあるのは、ただ何の変哲もないハンバーグだった。
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DATE: 2008/06/19(木)   CATEGORY: 短篇小説
ウィザード(下)
 ――Tokyo・第7区――

 そこも廃墟と瓦礫に囲まれた場所だった。
 第7区は少年たちの溜まり場として有名だ。強盗や恐喝など、いわゆる不良というカテゴリーに当て嵌められるような少年ばかりが集う場所が第7区なのだ。

 リュウスケはハーレーから降りて、瓦礫に囲まれた中央広場の上に立った。
 するとそれを俊敏にも察知した16、7の少年たちがどこからともなく現れ、あっという間にリュウスケの周りを囲みこんだ。
「オッサン、何しに来た?」
 少年のうちのひとりが言った。
「お前ら10代(ガキ)から見たら俺ら20代はもうオッサンなのか?」
 ヤル気なのか? と少年数人が威嚇的な殺気を浮き立たせている。
 それを感じてリュウスケは溜め息を吐いた。
「お前らは血の気が多いな、ホント。
俺はコウキってヤツに会いに来ただけだ」
「コウキ? お前、コウキに何か用か?」
「用は本人に直接言う」
「オッサン、俺らがガキだからってナメちゃいけねェよ?」
「わかったからコウキってヤツに会わせろ」
「とりあえず痛い目見とくか?」
 少年2、3人がリュウスケに飛びかかる!
リュウスケはそれを避けて、少年ひとりを掴まえた。
「死にたくないなら答えろ。コウキはどこにいる?」
 リュウスケの周りでは鉄パイプなどで武装した少年数人が殺気立っている。
「仲間が殺されたくなければ教えろ!」
 リュスウケの言葉を無視して少年たちが突っ込んでいった。
 鉄パイプが振られ、それをリュウスケは右腕で受けた。鈍い痛みが奔ったが、骨まではいっていないようだ。
「ガァァァァアア!!」
 鋭い咆哮とともにリュウスケは大きく口を開けた。
 その口からは一見「泡」のようなものが次々と発せられた。まるで人間シャボン玉発生装置でもあるかのごとくリュウスケの口からは「泡」が放出される。
「なんだァ?」
 少年たちは戸惑う。この「泡」はなんなんだ? と。
「泡」のひとつがひとりの少年の左足をかすめた。すると「泡」は弾ける。それと同時に少年の太ももの肉が抉れた。
「うわァァァァアア!!」
 左足が血まみれになった少年は叫んだ。
 彼の仲間たちもそれを見て絶句している。
「殺されたくないならコウキとやらに会わせろ」
 少年のひとりが恐るおそる問う。
「お前、ウィザードか?」
「だったらなんだ?」
「い、いや。おい、誰かコウキを呼んでこい」
 彼がそう言うと、少年のひとりがどこかへと走っていった。

***

 しばらくの間、リュウスケと少年たちは膠着(こうちゃく)を保っていた。
 なかなか現れないコウキにリュウスケは苛立ちすら感じていて、小さくチッと舌打ちをした。
「まだかよ…」
 ひとりの少年が呟いた。
 もちろんリュウスケも同じ気持ちだ。彼としてはさっさと用件を済ませてこんなところからオサラバしたいのだから。

 膠着状態が続く中、ひとつの影が疾走してきた。
 それはあっという間に距離を詰め、リュウスケを己の間合いの中に入れた。
「コウキ!」
 誰かがそう叫ぶ。その影の本人こそがコウキであったのだ。
「チッ」
 リュウスケは再び舌打ちをした。
 彼は人質にとっていた少年を突き飛ばし、コウキに当てた。しかしコウキはそれを難なくかわす。
 コウキが一瞬地面に触れると、コンクリートで出来た地面はどんどんと隆起していく。そして隆起した部分は円錐上にカタチを成していく。
 その円錐がリュウスケに向かって伸びたとき、彼は久し振りに己の危機を感じた。コウキが地面に触れてから円錐に隆起するまでの時間はほんのコンマ何秒の出来事で、彼の恐るべき瞬発力を持ってしてどうにか避けることが出来たと言えよう。
「それがお前の魔法か?」
 コウキを間合いの外に置いてリュウスケが問うた。
「アンタの魔法はどんなんだい?」
 そう言うとコウキは素早くリュウスケとの距離を詰める。彼が地面に触れるとそこはたちまち隆起して円錐が生えた。リュウスケはその円錐の鋭い先に捉われぬよう、全力で回避する。
「アブネェなァ」
「アンタ、逃げてばっかかい?」
 コウキはリュウスケに接近しながらどんどんと円錐を作っていく。
リュウスケはそれを避けながら、コウキとの距離を一定に保とうとした。
「アンタの魔法も見せなよ」
 コウキの言葉は無視する。
 リュウスケは後ろに退けつつ円錐を避けていくと、瓦礫の壁にぶち当たった。
「もう後ろには下がれないよ?」
「チッ」
 リュウスケは大きく口を開けた。
 再び彼の口から「泡」が放出される。
「うおッ!!」
 コウキは驚きつつ後ろに飛び退いた。
「なんだコレ!?」
 正体のわからない「泡」にコウキは混乱する。
「さあなァ!」
 リュウスケはコウキとの距離を詰めた。
 コウキは地面から円錐を作る。それがリュウスケの吐き出した「泡」とぶつかった。次の瞬間、コウキの作った円柱が見事に弾け飛ぶ。
「ウォ!! 爆弾か、コリャ!?」
 リュウスケがにやりとする。
「まァ 似たようなもんだ」
 ポタリ。
 微かだがどこかから聞こえてくる水の垂れる音。
 リュウスケは周りを見回した。
「アブネェのはオッサンの方じゃねえかよッ」
 コウキが叫ぶ。
 ヤツには聞こえてないのだろうか、とリュウスケは思案した。
 コウキは地面から円錐を出して、リュウスケを狙った。それをリュウスケは避けたつもりだったが、今回は円錐からさらに円錐が生え、その先端がリュウスケの頬をかすった。頬からは血が出始めた。

 ポタリ。

 やはりどこかから水が垂れている。リュウスケは思った。
 どこだ? どこにある? リュウスケはコウキとの戦闘しながら水のありかを探した。
「よそ見してちゃア 命落とすぜ!」
 コウキは地面だけではなく、瓦礫はそれで出来た壁からも円錐を繰り出してきた。その大きさも大小様々である。
「その口きけなくしてやるよ」
 そう言うとリュウスケは大量の「泡」を吐き出した。
 一見すれば本当に綺麗に見える。シャボン玉があたりを覆っているようだ。
 コウキはその「泡」を避けたり、円錐を盾にしながらよけていった。当たれば大ダメージは必死だ。コウキの手に汗を握る。
「よおく見定めりゃア案外簡単に避けられるもんだなァ!」コウキが言った。
リュウスケは何も言わない。
「コウキ、アブネェッッ!!」
 叫んだのは第7区の少年のひとりだった。
 それを聞いてコウキは身構えた。身構えつつも一体何に対して身構えているのかがわからないでいたことだろう。コウキは思う。一体、何が危ないというんだ?
 そのときだ! コウキは自分の背後に何かがあることに気がついた。彼がそれに反応しようとしたときにはもう遅かった。いつの間にかに背後に存在していたその「泡」は彼の腹部を抉り取った。「泡」が弾けると同時に彼の血も飛沫を上げる。
「なんだ…?」
 コウキは何が起こったのか未だわからないままだ。
「お前の後ろに細いパイプがあるだろ? そこから水が漏れてる。まァ こんな瓦礫だらけの荒れたところじゃ気にも留めないだろうが」
「み‥ず…?」
「ああ、水だ。 お前はどう思ってたのか知らないが、俺の魔法は泡を吐き出すことじゃアない。少量の水分から圧縮した空気を詰め込んだ泡を作ることなんだよ」
「少量に水分?」
「そうさ。だから近くに水さえあればそれでいいんだ。そこから泡を生み出せる」
「このパイプから漏れている水で泡を作ったってことか?」
「そういうことだ。多分、お前らは俺が爆弾のような泡を吐き出すウィザードだと思ってたんだろうが、それは身体の中にはたくさんの水分があるってだけだ」
「ハハ」
「さてと、こんなくだらない話で時間を潰すこともないか。お前の余命もあと少しだろうし」
「確かにこの出血じゃ免れんかもな」
「あァ、だから残りは質問にだけ答えてもらう」
「答えなきゃいけない理由はない」
「答えたらお前の仲間の命は助けてやろう」
「その保証はないだろ?」
「そうだな。でもお前が答えなければガキどもが俺の泡の餌食になるのは確実だ」
「質問はなんだ?」
「答える気になったのか? 俺が訊きたいことは簡単だ。お前の所属するチームの名前が知りたい」
「俺のチーム?」
「そうだ。入ってるだろう?」
「このガキどものか?」
「もちろんウィザードのだ」
「知らないね」
「いや、そんなはずはない。それとも仲間の血が見たいのか?」
「ハァ。わかった答えるよ。ミョルニルだ」
「ミョルニル?」
「そうだよ。もういいだろ?」
「ミョルニルとやらはどこに集まってる?」
「ないよ。俺らは招集されたときにだけ、そのとき指定の場所に集まるんだ」
「ミョルニルにメンバーはどこにいる?」
「知らないね。何か用があるときは連絡係が俺のところに来るだけで、他のメンバーとの交流は滅多にないからな」
「じゃあ、リーダーは誰だ?」
「もういいだろ? 喋るのも億劫になってきた。逝かせてくれ」
「リーダーの名は?」
 それ以上もうコウキが何かを話すことはなかった。もう彼には声を発する力さえもなかったし、死へのカウントダウンが秒読みになっていたからだ。
「まァ、いいか」
 リュウスケは「泡」を作りだし、コウキの頭部にそれをぶつける。
 彼の頭は破裂し、コウキは完全に肉塊と化した。
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DATE: 2008/06/18(水)   CATEGORY: 短篇小説
ウィザード(上)
 見渡すばかりは廃墟である。
 今にも崩れ落ちそうなビルディングが生えたこの一帯が、自分が見る最後の景色になるとは彼は思いもしなかったことだろう。といっても今の時代、どこも似たような風景であるから仕方ないことでもあるが。
赤い髪にブラックの光沢が目立つライダースジャケットを着た男は、左胸からその肩にかけてぽっかりと空いてしまった孔(あな)からその髪より少し黒味を増した赤い液体を噴き出させながら倒れた。倒れたあとも男の孔からは血がドクドクと流れ出ている。
 そんな男の姿を横目に黒髪短髪のがっしりとした身体を持つひとり男が去っていった。

***

 シンジュクに店を構えるBAR・キングクリムゾンにリュウスケは足を運んだ。
 廃墟が並ぶ街の一画に、ひとつだけ周りと比べ綺麗に保たれたBARの重厚な金属製の扉を開けて中へと入ると、キングクリムゾンのマスターの姿が見えた。マスターは入ってきた客がリュウスケだと確認すると何も言わずに後ろの棚から一本のボトルを取り出してその中身をグラスに注ぎ始めた。
「最近は、ウィザードの取締りが厳しくなってるらしいぞ」
 マスターはそう言って、そして酒が注がれたグラスをリュウスケに差し出した。
「アメリカの局員が派遣されてくるんだろ?」
「なんだ、知ってたのか」
「ああ、小耳にはさんだ」
 そう言ってリュウスケはぐいとグラスを傾け、一気に中身を飲み干した。
「もっと味わって飲めんもんかねぇ」
 マスターはもったいなさそうに言う。
「今どき、まともな酒なんてそうそう飲めんぞ」
 リュウスケはそんなことどうでもいいといったふうで、マスターの話を聞き流しているように見える。
「ここは大丈夫なのか?」
「どういう意味だ?」
「こんな登録もしてない違法ウィザードの溜まり場みたいなところ。局の捜査が入ったらたちまちアウトだろ」
「まあ、なんとかなるだろ」
「気楽なもんだな」
 マスターはそんなもんさと笑いながらリュウスケのグラスに再び貴重な酒を注ぎ始めた。

***

 数多ある瓦礫の下からトカゲのような男が現れた。
 男の姿は人間大の文字通りトカゲそのものである。それに意味があるのかどうかはわからないが、一応服などは着ていた。
「こんなところに居たのか」
 トカゲ男に声を掛けたのはリュウスケだった。
「なんだ、ダンナか。なにか用ですかい?」
 見た目からは想像は難しいが、この男はトカゲの容姿とは裏腹に、普通に人間の言葉を話した。
「解ってるだろ」
「…マナトを殺したヤツか?」
「見つけたのか?」
「いや、見つけてはないさ。
でも、最近幅を利かせてきてるチームがあるらしい。もしかするとそいつらかもな」
「そいつらはどこに?」
「そのチームに入ってるって噂のヤツが第7区にいる」
「第7区だな。どんなヤツだ?」
「コウキって呼ばれてる。名前しか知らん」
「それでよく情報屋なんてやっていけるな」
「黙っとけ」
 リュウスケは懐から小さなボトルを取り出した。それをトカゲ男に投げる。男は慌ててボトルをキャッチした。
「ウィスキーだ」
「ありがてえ」
 リュウスケはそこから少し離れた場所に停めてあったバイクにまたがった。典型的なアメリカン、ハーレー・ダビッドソンだ。
 バイクにキーが差し込まれエンジンがかかる。リュウスケは2、3度ふかしてからバイクを出した。
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DATE: 2008/06/17(火)   CATEGORY: 短篇小説
仮面の者
そこには村があった。
その村には昔から旅行客が多く、小さいながらも賑わいを見せていた。
しかしそれも以前までの話だった。最近では村で人影を見ることも少ない。もはや昔の面影はなく、かつてそこに賑わいがあったことすら信じがたいほど廃れてしまっていた。

原因ははっきりしている。
もう半年も前から村の近辺で魔物が現れるようになっていたからだった。その魔物は頻繁に現れることはないものの旅行客を何人か餌食にしていた。
それから村に旅行客はほとんど来なかった。村人も魔物を恐れて家から出るのも極力避けるようになった。

そうして村から活気はなくなり、現在のように廃れていく一方になってしまっていた。

しかしその日は珍しいことにひとりの旅人が村へやってきた。
その者は黒衣に身を包んでいた。その黒衣がその者の長い銀髪をより強調させていた。

「この時期にこの村に来るたぁ珍しいね。最近じゃあこのあたりに魔物が出るようになっちまってるんだ、知らないのかい?」

宿屋の店主は旅人に訊(たず)ねた。
「噂には聞いている。死人も出たそうじゃないか。」
「あぁ、この村の者じゃないんだが、旅人が何人かやられてね。実際には見てはないんだが、残された死体は見るも無惨なほどにズタズタだったらしい。」
宿屋の店主は溜め息をついた。
「まだウチの村の者には誰も襲われたという奴はいないんだがね、やっぱりみんな恐がっちまって表に出て来なくなっちまいやがった。この村も一気にしけた村になっちまったよ。」
店主はまた溜め息をついた。今度はさっきより深い溜め息だった。
「お客さんは何しにこの村へ来たんだい? 今のこの村にゃあ何もないだろう。」
「あァ、ちょっと仕事でね。」そう旅人は答えた。


***


その日、村の様子が騒がしかった。
宿屋の店主に訊いたところによると、子供がひとり森へ行ってしまったらしい。
村の裏にある森は例の魔物の棲み処(すみか)だと思われている場所だった。

その子供は好奇心旺盛だったらしい。魔物という未知のモノに彼の好奇心がくすぐられたのかもしれない。

その日のうちに村の男たちで捜索隊が組まれた。
狩りで使う弓や槍などを手に男たちは森へと向かった。

男たちの中には村が寂(さび)れていくのに我慢ならず、魔物を倒したいと思っている者も少なくはなかった。

夕方になると子供が村へと帰ってきた。
両親はその安堵に泣き崩れた。子供は自分が何をしたのかをわかってはいない様子だった。

そして夜になった。子供が帰ってきたことを捜索隊に知らせに村の者が行ったが、帰ってはこなかった。
村人たちは不安に満ちていた。もしかすると魔物に襲われたのかもしれない。

夜が更けても村人たちは捜索隊の男たちが帰るのを待った。
村の広場には絶えず火が灯(とも)されていて、男たちの帰りが願われていた。

そして朝方になり空が霞みだした頃、捜索隊の男がひとり帰ってきた。
その男の片足はなく、森からずっと這ってきたようだった。

その男は村唯一の医者の下へ運ばれた。
男が帰ってきて一日が経った。もはや他の男たちの生存は絶望的だということに村人たちは気付いていた。

***

その音に何人かの村人は目を覚ました。ひとりの女が窓から外の様子を窺った。

窓の外には巨大な塊があった。
彼女が覗いた2階の窓まで優(ゆう)に届く、その巨体に彼女は絶句した。

その塊には太い足が6本あり、眼が8ツもあった。
その姿はまるで巨大なタランチュラのようだった。彼女は悲鳴をあげた。

***

女や子供、それに老人は避難を始めた。どこが安全かはわからない。しかしどこかに身を隠すしかなかった。

男たちは弓を構え、矢を放った。
硬い毛で覆われたその魔物には矢など通用しなかった。その矢には奴の巨体を貫けるほどの威力はなかった。
村人たちにはもうなす術(すべ)がなかった。

***

村人がすべてを諦めたときにその者は現れた。
黒衣を身に纏った仮面の者。その者の黒衣と銀髪に宿屋の店主は旅人だと気付いた。

魔物の前に立ちはだかる仮面の者を誰もが無謀だと思った。
彼はその腰に携えた剣を引き抜いたが、村人の誰もがその剣に希望を託すことは出来なかった。

仮面の者が構えると、次の瞬間、彼の姿はなくなった。
村人たちが次に彼を見つけたとき、彼は魔物の6本あるうちの右前足を斬りつけていた。

そしてまた消えた。

もう村の誰にも彼の動きについていける者はいない。
彼は宙に舞い魔物の頭に立った。そして8ツある内の1ツの眼を潰した。

ゴォォォォォォォォォォ。

魔物は呻(うめ)いた。
そして低く呻いたあと、魔物のその硬い毛が逆立った。
魔物はその逆立った毛を仮面の者に向かって飛ばした。

彼はその全てを携えた剣で打ち落とし、その超高速の動きで魔物を切り刻んでいった。
右前足が切断され魔物は傾いた。さらに左の中足も切断された。

魔物は口元から強酸の体液を吐いた。
しかし彼のその速さの前では無意味に等しい。

彼は魔物の上空へと跳んだ。
その位置から速度をあげて落下していく。そして首を一刀両断した。
魔物の首は地に落ちた。


***


「ありがとうございます。」
村人たちの感謝の言葉が彼に向けられた。
「おれは依頼があったから仕事をしただけだ。報酬さえ貰えればそれでいい。」
彼はある組織に所属している。その組織とは魔物退治を専門に扱う組織だった。
彼の組織は要請があれば魔物討伐に組織の者を派遣する。しかし依頼には莫大な金が必要だった。
昔に比べ、かなり廃れてしまったこの村にとってその莫大な金を払うのは大きな痛手だった。しかし村民の命には代えられない。そしてこれから村が復興していくことを願って村長が組織に依頼したのだった。


彼ら仮面の者は魔物を狩ることを生き甲斐(がい)としている。
組織に依頼があり、組織の命ならばどんなに危険な依頼でも遂行する。


彼らの仮面は組織の証。魔を狩る者の証。
彼らは魔を狩るそのときに、その仮面をつける。
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