みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
~クリスマスの小さな風景~
 やけにカップルが多く思えるのは、きっと気のせいではないだろう。
 とある書店でアルバイトをしている隆太はそんなカップルたちを横目に、レジ打ちを続けた。
 今日はクリスマスだ。しかし隆太には何の予定もなかった。
「はあ」
 つい溜め息が漏れた。
「これ、お願いします」
 レジに差し出された本は、隆太の好きな作家のものだった。
 クリスマスをテーマにした短篇集で、もちろん隆太も読んでいた。読み手を温かな気持ちにさせる、いかにもクリスマスらしい内容だった。
 顔を上げると、隆太はこの本を差し出してきた女性の顔を見た。
 ――とても美しい女性だった。
 隆太の動きが一瞬止まった。
「大丈夫ですか?」
「――え? ああ、はい。すみません」
 どうしてだろう。凄く胸がドキドキしている。――これって一目惚れ?
何でもいいから話しかけたい、そう思った。「この作家、僕も好きなんですよ」。そう言えたらなんていいだろう。そうすれば、きっと「そうなんですか」と彼女の笑顔が見ることができる気がする。
「ありがとうございました」
 結局、何も言えはしなかった。いつも通りに本の代金を告げ、それを受け取って、本を渡しただけだった。
 ――また会えるだろうか。
 ――また会えたらいいな。
 隆太の鼓動はまだ早く脈打ち、彼の気持ちを昂らせていた。


 ***


 今日はクリスマス。小川 律はこれから友達と一緒に遊ぶ予定だった。
 美緒と夏実のふたりと遊ぶのは確かに楽しい。律もふたりを親友だと思っているのだが、しかし、やはり今日はクリスマス。本当に会いたいのは、いつもの女友達ではなく、ひとりの男子。
 律は同じクラスのある男子のことが好きなのだが、それは片想い。実は女子の間で人気がある彼に、今日の予定を訊くことは怖くて出来なかった。もし彼女とかいたらどうしよう。そう思うと胸が苦しくなる。他の女の子と仲良くしているところなんて見たくもないし、想像するのも嫌だった。
 ゴトン。自動販売機から缶が吐き出される音。
「あー、間違えた!」
 男が突然大声を上げた。
 律は思わずビクッと体を震わせた。――え? なに?
「あ、」男が振り向いて律の存在に気付いた。「ねえ、キミにこれあげる」
「え?」
「飲んでいいよ」
 渡されたのはホットのミルクティー。冷えた手が熱さを感じた。
「あ、いたいた。吉川先輩!」
 男が現れて、律にミルクティーを渡した――吉川というらしい――男に駆け寄った。
「ん? 先輩の知り合いですか?」
「いや、知らん」
「はい?」
 男の頭上に「?」が浮かんでいるのがありありと想像できた。
「小銭ある?」
「はあ、ありますけど…」
「じゃあ、貸して。さっき間違えて買っちゃって小銭なくなった」
「いいですけど、吉川先輩返してくれたことないじゃないですか」
「たった120円でそんなこと言うなよ」
 結局、男は吉川に120円を奪われ、それで吉川は缶コーヒーを買っていた。
「じゃあね、バイバイ」
 嵐のように過ぎ去っていった、そんな感覚だった。律は呆然と立っている。ただ、その手にはミルクティーが握られていた。


「ごめん少し遅れるね! でも急いで行くから~!」
 夏実からの電話を切って、律はふぅと息を吐いた。美緒もまだ来てはいない。
「あれ? 小川じゃん」
 不意に声をかけられて、律はまたもやビクッと体を震わせた。
「なに、驚いてんだよ」
 聞き覚えのある笑い声に振り向くと、そこには藤岡 諒(まこと)が立っていた。
「諒君…」
「誰かと待ち合わせ?」
「うん、友達と」
「そっか。しかし今日は寒いなぁ」
「……あ、これ、飲む?」
 律は持っていたミルクティーの缶を差し出した。
「お、もらっていいの?」
「うん、いいよ。わたしも飲みたかったわけじゃないし」
「俺、ミルクティー好きなんだよ」
 諒の笑顔にドキドキする自分がわかった。律の鼓動がドンドン高まる。
 ――ミルクティーを好きだってこと、知らなかった。
 新しい諒を知った喜びがじわじわと律を包み込んだ。
 それは律にとっての、小さなクリスマスプレゼント。

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~クリスマスの風景~
 本棚に手を伸ばして、一冊の本を引き抜いた。お気に入りの作家の新刊だった。
「新しいの出てたんだー。最近本屋に寄ってなかったからなぁ」
 ぱらぱらとページをめくってみた。どうやらクリスマスをテーマにした短篇集のようだった。今日は25日。クリスマスの気分に浸るには、やや遅い気もした。
「クリスマス、か」
 特別な何かがあったわけでもない。クリスマスらしいことなんて何もしなかった。しいて挙げるなら生意気な弟にプレゼントをせびられたくらいか。高岡舞子はハアと溜め息を吐いた。
「最後に少しくらいクリスマス気分になってもいいか」
 舞子は手に取った文庫本を持ってレジへと向かった。


 外は息が白く染まるような寒さだった。どこかでお茶でもしていこうか。そう思ったが、周りはクリスマスらしくカップルばかりが歩いていて、やはりやめておくことにした。きっとどこのカフェのカップルだらけなのだろう。その中に女ひとりなんて気が滅入る。
 そうなれば早く帰るに越したことはないと思い、足早に歩き出した。そのとき舞子の名前がどこからか呼ばれた。
 寒さでうつむき気味だった顔を上げると、そこには見慣れた顔。自分が勤める学校の生徒である高谷京介だった。
「京介君」
「先生、こんにちは」
2人はそれなりに親しい仲だが、舞子が学校の外で彼と会うのは初めてだった。「こんなところで会うなんて、奇遇ね」
「そうですね。先生はこれからどこかに?」
「ううん、もう帰るところ。京介君は?」
「コーヒー豆が無くなってしまったので、買いに」
 コーヒー好きの京介らしいな、と舞子はつい微笑んでしまった。
「今日は寒いですね」
「そうだね」
「もう用が済んでいるのでしたら少し暖まっていきませんか? 近くに良いカフェを知っているんですけど」
「それはデートのお誘い?」
「そうかもしれませんね」
 京介が冗談っぽく笑った。
「じゃあ、行きましょうか」
 舞子は京介の腕を掴んだ。まるで周りと同じカップルのように。
 京介は仕方ないな、といった顔で舞子の好きにさせた。そしていつものカフェへと歩き出した。


***


 進藤順平は本屋に通うのが日課だ。本好きが高じて、本屋にいるだけで楽しいと感じる。目的を持たずに本棚を眺め、たまに面白そうなものがあったら手に取ったりして本屋での時間を過ごす。それは今日も同じだった。
 本棚にある本のタイトルを順に目で追っている途中、ふとレジカウンターの方へ目を向けるとそこには見慣れた姿があった。「――舞子先生?」
 順平の通っている高校の保健室医だった。順平は保健室で本を読むことも多いので、舞子とは仲が良かった。声をかけるため彼女に近付こうと体の向きを切り替えたそのとき、
「あれ? 順平君?」
 と自分が声をかけられた。
 振り返ると順平のすぐ隣には同じ高校に通う一年先輩の高田美香が立っていた。
「ああ、美香先輩か」
「何よ、その言い方は。あたしじゃ不満なのかしら?」
「まあ、少しは。とびっきりの美女じゃなくて残念だったかな」
「相変わらず可愛くない子ね」
「先輩は、少しは可愛いよ」
 順平の言葉に、美香は彼の額を指ピンと弾いた。
 額をさすりながら順平はレジを見たが、もう舞子の姿はない。
「ねえ、順平君のオススメの本ってない? なにか読みたいんだけど、普段はそんな読まないからどれ読もうか決まらなくて」
 しばらく考え込んで、順平は一冊の本を取り出した。
 面白い本はたくさんあるが、その中でも読みやすいと思われる本を選んだ。普段あまり本を読まない人間と毎日のように読書にふける人間では同じ作品を読んでも、面白さが違う。本を読み慣れていない人間は、面白くなる前に読み疲れてしまうことがあるからだ。
「じゃあ、これ買おっと」
「え……そんな簡単に決めて……」
「だってオススメなんでしょ?」
「まあ」
「だったらこれでいいよ」
 順平は少しハラハラしながらレジに向かう美香を見送った。
 もし面白くなかったらなんて言われるだろうか。一応面白い自信はあるのだが、それも個人の感覚でしかない。
 すぐにレジ袋を携えた美香が戻ってきた。
「コーヒーでも飲みながら本を読みたいなぁ。どっか近くにいいところ知らない?」
「だったら近くに京介に教えてもらったカフェがあるけど」
「じゃあ、そこ行こう」
「俺も?」
「いいじゃない。どうせ道案内は必要だし」
「まあ、いいけどね」
 美香に引っ張られて店を出た。外は寒く、確かに熱めのコーヒーの一杯でも飲みたくなる。
 順平は美香に急かされながら、寒空の下を歩いた。


 ***


 バスに乗るのは久し振りだった。
 いつもはバイクで移動している智明だったが、昨日から愛車の調子が悪い。仕方ないので整備に出していた。クリスマスなんて自分には関係ないが、それにしたってツイてないなと思う。特別なことなど期待しないが、せめて普通に過ごしたかった。まさかクリスマスに自分からバイクを取られるとは。
 周りを見ると車内はカップルで溢れていた。決して嫉妬ではないが、そんな中に自分がいると思うと気分が滅入る。カップルは好きなだけイチャつけばいいと思う。しかし自分の見えないところでやって欲しい。見ていて鬱陶しかった。
 バスが停車した。女の子が乗車してきた。


 今日はクリスマス。いやにカップルが目につく。
 美奈はそれを見て羨ましいと思った。好きだった先輩と楽しくクリスマスを過ごせていたら、と思った。美奈は以前好きだった先輩に告白をした。仲が良くて、一緒にいて楽しい先輩だった。きっと先輩も自分のことを好く思ってくれているに違いない、そう思って告白をした。しかし先輩は自分のことを「後輩としか見れない」らしい。
 そのときのことを思い出すと今でも泣きそうになる。――ああ、仲良く手を繋いで、羨ましいな。
 そう思いながら美奈はバスに乗り込んだ。
 すると見覚えのある顔。
「あ、猫舌の人」


 智明は困惑していた。バスに乗り込んできた女の子と目が合うや否や「あ、猫舌の人」と言われた。確かにそれは事実だが、誰だったろうか?
「あのときは、どうも」
 美奈は智明の隣の席に腰を降ろした。
「……え? 誰だっけ?」
 ストレートな疑問。普通、それを言うかな、と美奈は苦笑しながら説明をする。
「前に、缶コーヒーをおごってもらった」
「コーヒー?」しばし智明は記憶を探り、そしてやっとの思いで思い出した。「ああ、あのときの」
 美奈は思い出してもらえたことが嬉しくて智明に寄った。
「少し近いって」
 少し照れたように智明が言う。
「また、話を聞いてもらえますか?」
 どうしてか、自分はこの人に心を許していると美奈は思った。
 どこか優しい空気を漂わせている。もしかして、好きってこういうことなのだろうか?
 自分は全然この人のことを知らないけれど、このバスに揺られている間で、いくらか仲良くなれると嬉しい。そう思いながら、美奈は智明に話かけた。


 ***


 コーヒーの香りを愉しみながら、遠藤葉月はカップに口をつけた。
 冬の冷気で冷えた体がゆっくりと温まっていくのを感じた。「相変わらず美味しいですね」
 遠藤葉月の言葉に、カフェのマスターはにっこりと微笑む。
「ゆっくりしていってください。きっとそのうち京介君も顔を見せてくれるでしょう」
「本当によく来ているんですね」
「ええ。お得意様です」
 葉月は笑って、もう一度カップに口をつけた。ふと窓の外を見遣る。
 ――おや?
 彼がカップを置くと同時に店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」

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~クリスマスプレゼント~
 ちらほらと雪が降り注ぐ。冷たい風を避けるように店内に入った。
 空いている席に腰を掛けて、絵美はメニューに目を通した。向かえに座る佳恵はすでに頼むものは決まっているらしい。慣れているせいかメニューを手に取ることもしなかった。
「ここの彼、ほんっとカッコイイんだから!」
 この店には佳恵のイチオシだという男の子がいるらしい。本当に熱を上げているようで、ここ最近は通い詰めていると絵美は聞いていた。おかげで今日はいつも行く馴染みの店ではなく、佳恵たっての要望で、今日はこの「F’sカフェ」でのカフェタイムになった。
「お決まりでしょうか?」
 スッと現れたのは、端正な顔立ちの男だった。その艶やかな黒髪が、何とも言えない色気を醸し出している。胸元には「黒戸」とあった。絵美は何も言われずとも、彼が佳恵の意中の人だと理解出来た。
「わたしはオリジナルブレンドを」
まだ決めていなかったので、絵美は佳恵と同じものにした。「じゃあ、同じものを」
「かしこまりました」モノクロームの制服がシャープな印象で、とても似合っていた。でもきっとこの子は何を着ても似合うだろうと絵美は思った。「いつもありがとうございます」
「聞いた? いつもありがとうだって~!」黒戸が下がると佳恵があからさまに喜んだ口調で言った。「わたしのこと覚えてくれてたのよ!」
 そりゃ連日通い詰めていたら誰だって覚えるだろう。そう思うと絵美は笑ってしまった。
「あー、わたしにとっては最高のクリスマスプレゼントだわー」
「あら、じゃあわたしからは何もいらないかしら?」
「貰える物があるなら是非とも頂くわよ?」
 しばらくして、絵美たちのもとにコーヒーが運ばれてきた。
 それと一緒に、ショートケーキが2つテーブルに置かれる。「え?」
「ケーキは頼んでませんよ?」
「いえ、これはサービスです。いつもお越し頂いているので、当店からのクリスマスプレゼントですよ」
 黒戸が微笑んだ。それを見て、これはモテるな、と絵美は確信した。佳恵の気持ちがわからないでもない。
「他のお客様には内緒ですよ」
 ああ、佳恵のハートが射抜かれたな。絵美は小さく笑った。


 ***


 時計に目をやると時刻は23時を回っていた。絵美は小さくあくびをする。
 せっかくのクリスマスなので、気合いを入れてちょっと豪華な料理を準備して旦那の帰りを待っていた絵美だったのだが、少し遅くなるとのメールを最後に連絡はない。「あー、もうクリスマスなっちゃうよ」
 仕事熱心なのもいいが、たまには早く帰ってきて欲しいと思う。そのおかげで、今の暮らしが成り立っていることはわかっているけど、今日くらい早く切り上げても何も問題はないのではないだろうか。
「せっかく頑張って作ったのに…」
 少しだけウトウトしてきた。絵美はもう一度時計を見て、小さく溜め息を吐いた。


 コーヒーの香りが漂ってきて目が覚めた。いつの間にかに寝てしまっていたらしい。瞼をこすって目を開けると目の前には包装されたプレゼントが置いてあった。
「メリークリスマス」
 隣を見ると旦那がコーヒーを飲みながら微笑んでいた。「ただいま」
「遅くなってごめん。急な仕事が入っちゃってさ、なかなか上がれなかったんだ。クリスマスの日に部下を残して家でゆっくりってのも出来ないだろう?」
 絵美は目の前に置いてあったプレゼントを手に取った。「これ、開けてみていい?」
「もちろん」
 包装を外すとその下からは本のようなものが現れた。どうやら画集のようだ。
「これ…」思わぬプレゼントに絵美は驚きを隠せなかった。「わたしが欲しかったやつ。――知ってたの?」
「キミのことなら何でも知ってるよ」
 そんなにも自分はわかりやすいだろうか。自分でも憶えていない些細な一言をちゃんと憶えていてくれた? いつかも似たようなことがあった気がする。
「ありがとう」
 本当に敵わないな、と思う。佳恵には悪いけれど、自分にとってこの人以上に素敵な人はいない。
「じゃあ、食べようか」
 外では雪が降りしきる。絵美は何より幸せをプレゼントされたような気がしていた。そして自然と笑みがこぼれている自分に気が付いた。

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~近付く聖夜~
 青々とした晴天。暖かそうな風景とは裏腹に、空気は冷たく皮膚を刺す。
 後方から響くエンジン音が鼓膜に届き、高谷京介はふと振り返った。彼の隣に白いバイクが停車した。
「おう」
 フルフェイスのヘルメットを脱ぐと、そこには馴染みの顔が見えた。同じ高校の塚田智明だった。
 京介は挨拶を返した。
「さみィな」
「そうですね」
「これからどっか行くのか?」
「帰るところですよ」
「じゃあ送って行こうか? ほら、乗れよ」
 やや強引に、智明は京介をバイクに乗せた。智明の後ろで、京介は渡されたハーフヘルメットをかぶった。
 凄まじい音で、エンジンが吼えた。2人を乗せたバイクが走り出す。加速とともに冷たい空気が当たってくる。2人は風を切りながら進んだ。


 智明が濡れた部分をタオルで拭いた。
 同様に京介もタオルで水滴を拭う。 
「災難でしたね」
 突然の雨で濡れてしまった2人を見ながら、マスターは言った。
「予報では、今日は降らないとのことでしたが、どうも今日の天気は気まぐれのようだ」
 マスターが微笑む。
 そこにオットリーノが、温かいコーヒーが注がれたカップ2つ運んできた。
「どうぞ」
 渡されたコーヒーを京介が受け取った。「グラーツィエ」
 智明もカップを手に取り、ゆっくりと口元に運んだ。
「熱ッ」
 予想外の熱さに、思わず智明が叫んだ。
「そりゃ淹れたてですから」
マスターが笑った。
「そういえば、もうすぐクリスマスですね。マスターは、クリスマスはどうしているんですか?」
「わたしはいつもと同じですよ」
「オットーは?」
「ナターレは地元に帰ります」
「イタリアに?」
「ええ。ナターレは家族と過ごす日ですから」
 智明はふぅふぅとコーヒーを冷ましながら、ゆっくりゆっくりと喉に通した。「へえ~、わざわざ家族と過ごすために帰るのか」
「そうですよ。向こうでは家族一緒でナターレを過ごすのは普通なんです」
「俺だったらそこまでして帰らないけどな」
「家族は大切にしなきゃダメですよ」
 オットリーノがパンのようなものを2人に差し出した。
「パネットーネです」オットリーノ説明に、マスターが付け加えた。「クリスマスの時期に食べる、イタリアでは伝統的な菓子パンらしいですよ」
 智明がパネットーネを頬張った。レーズン、プラム、オレンジピールなどが入っていて、独特の甘さがあった。「これ、うまいな!」
「grazie di cuore(どうもありがとう)」
 オットリーノは満足そうに微笑んだ。
「おや」
京介が窓を通して外を見た。小さくて白いものがふわふわと舞い降りてきている。雨が、雪に変わったようだ。
京介に続いて、マスターも外の様子に気付いた。「雪ですか」
「もう冬なんですね」
「また一年が終わりますね」
 カフェ・MATATABIの外を、雪がゆっくりと降り注いだ。
 コーヒーの香りを愉しみながら、京介はゆっくりとカップに口をつけた。

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カッフェ
 申し分ないほどの真夏日で、アスファルトも融けてしまいそうなほどだった。
 暑さで汗だくの隆太の視界に「F’sカフェ」の文字が入る。彼は思わず、逃げるようにその店内へと入っていった。
 冷房は少し足りないくらいだったが、それでも外の暑さに比べると全然ましと言えた。それにあの殺人的な陽射しから逃れられるだけで、その店内はとても快適に思えてしまう。
 隆太が店内の空いている席に腰掛けると、若い男がメニューを持ってきた。白と黒を基調にした制服がよく似合う男で、その黒髪がかかる端整な顔立ちは、とても爽やかだった。それに隆太は思わず見とれてしまった。同性の彼でさえ、この従業員の魅力にはつい目が向いてしまうほどなのだ。
「えっと…じゃあ、アイスコーヒーひとつ」
 隆太がそう言うと、男は「かしこまりました」と下がっていった。
 制服の胸元に付いていたネームプレートには「黒戸」と書いてあるのがチラリと見えた。
 しばらくして、アイスコーヒーの注がれたカップを持って黒戸が現れた。そしてカップは隆太の目の前に差し出された。
「どうぞ」
 隆太は喉がからからに渇いていたが、コーヒーに手をつける前に、黒戸に代金ちょうどのお金を払った。
「ごゆっくり」黒戸が下がり際に言ったのが聞こえた。

 アイスコーヒーを口に含ませ、喉を鳴らした。
 熱された体に冷たいものが駆け巡る。隆太は、ふう、と一息吐いた。
「ちょっと今の人かっこよくない?」
 隣のテーブルから声が聞こえてきた。
 見てみると女性2人が互いの飲み物で喉を潤しながら、この店の従業員である黒戸の話をしているようだった。
「うん。あたしもそう思った」
 そんな話になるのも仕方あるまい、と隆太は心中で呟いた。
 彼のあの容姿ならば、女性には堪らないだろう。少し長めの艶やかな黒髪に、ほどよく白い肌。まっすぐと通った鼻筋に、思わず唇を重ねたくなってしまう口元。その眼光にはキレがあり、直視されてしまったら逃れられそうにない。身長もなかなか高かった。
 女性たちは彼のどこがいい、とか、きっとこういう性格なのだ、とか、あることないことを熱心に語り合っていた。
「すみませーん」
 女性のひとりが声をあげた。ロングの茶髪を髪先だけ巻いてカールさせた、なかなか綺麗な女性だった。
 呼ばれる声が聞こえたのか、黒戸はすっと彼女たちの席に向かった。
「何でしょうか?」
 黒戸が丁寧に尋ねた。
 女性2人はそんな彼を見て、キャッキャッ言っていた。それを見て隆太は少しだけ黒戸に同情した。いつも周りがあんなだと、彼も肩が凝るに違いない。
「あのぅ、お兄さんのメアドとかって訊いちゃってもいいですかぁ?」
 少し間延びしたような声で茶髪カールの女性が尋ねた。
 隆太の目には、彼女は黒戸よりもいくつか年上だろうと見えた。
「申し訳ございません。そういうのはお断りさせて頂きたいのですが」
「えー、だめ?」
「すみません。店長にきつく言われてるんで」
 彼は本当に申し訳なく思っているのか、半分事務的な口調で告げた。
「そーなんだぁ」
「お詫びにジェラートの方をサービスさせて頂きます」
 黒戸は優しい声で言った。
「ほんとぉ? だってさクミ、どうする?」
 彼女達はしばらく相談して、ミルクとカボチャのジェラートをそれぞれ頼んだ。
 すぐに彼はカウンターの向こうに下がり、ジェラートを盛り付け始めた。
 隆太はアイスコーヒーに口をつける。
「うちら、ついてるね!」
 クミと呼ばれていた女性が言った。
 茶髪カールの女性が「だね、だね」と肯定し、同意を示した。
「こちらをどうぞ」
 2色の、甘そうなジェラートが2人の前に差し出された。
 それを見た2人が狂喜する。黒戸はにこりと笑顔を見せて再びカウンターの向こうへと戻っていった。
 隆太は再びカップに口をつけて、冷たいコーヒーを喉へと流し込んだ。
 外は相変わらずの晴天で、太陽が悪魔的な微笑みを見せていた。
 はしゃぎながら互いにジェラートをつつきあう2人を横目に、隆太はもう一度カップを口元へと運んだ。
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