みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
DATE: 2015/09/21(月)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣・序章(二)
 雨を切り裂いて兇刃が男を襲う。それは脳天に向かって、真っ直ぐ振り下ろされた。
 それを男はするりとかわして、手にしていた刀で賊の腹を掻っ捌いた。切り口から臓物が零れ落ちる。
 仲間の死に、他の賊が集まってくる。そのひとりが野太刀をぶらさげて男を睨みつける。
 その場に賊は五人いた。野太刀、直槍、片手斧とそれぞれの武器を持っている。どの賊も、いかにも荒れくれ者といった面構えである。
 雨は勢いを増していた。
 まずは、槍の穂先が突風のような勢いで男に向かって飛んだ。穂先が男の躰を貫いた――と思われた次の瞬間には男の姿は眼前から消えていた。どこにも見当たらない。男は跳んでいた。槍を繰り出した賊の肩を使って、高く宙を舞い、そのまま着地と同時に賊のひとりを切り裂いた。
 横薙ぎに野太刀が振るわれた。
 勢いも速さもあったが、男はそれもかわした。男の刀が一閃する。男を襲った野太刀は地に落ちた。それを握った腕も一緒に転がった。
 鮮血が舞い、雨に混じって降り注ぐ。
 恐るべき速さで、男はさらに二、三人を斬り伏せる。誰もがその剣速には追いつけない。圧倒的な強さであった。
「素晴らしいッ!」
 そう発したのは賊のひとりで長髪の男だ。肌は雪のように白い。端整な顔立ちだった。
「お前さん、なかなかの強さじゃねえか。どうだ、仲間にならないか? お前さんほどの腕があれば、どこの村でだって好き勝手ができるぜ?」
 男はいかにも興味なさげといった表情(かお)をするだけで、何も答えはしない。
「どうも仲間になるつもりはないようだなぁ。――まぁ それはそれでいいんだ。なに、他の楽しみが増えただけさ」長髪の男はゾッとするほど冷たい視線を投げつける。「お前さんを斬る楽しみ、がな」
「――斬れればいいがな」
「ほう、言うねえ。俺様の名は鬼童丸。――冥土の土産に覚えとけ!」
 鬼童丸と名乗った男が地面を蹴る。一瞬で間合いを詰めていた。風のような疾(はや)さである。
 それに対して男の動きも機敏だった。落ちていた直槍を手に取り、鬼童丸目がけて全力で投擲(とうてき)する。男の背筋が一瞬隆起し、強靭な筋肉が浮き彫りになる。
 鬼童丸は自分に向かって飛んできた槍を軽々と避けた。腰から野太刀を引き抜いて、男に向かって刃を放つ。
 男は鬼童丸の一撃を刀で受け止めた。足許がぬめる。衝撃でわずかに後退した。男が泥濘(ぬか)るんだ地面の土を足で蹴り上げる。泥が鬼童丸に降りかかったが、防がれて顔にはかかっていない。
 野太刀が再び男を襲う。今度は連撃で、相手を休ませまいと次々と刃が飛んだ。男はすべての斬撃を防いでいたが、防一戦になっていた。
 男が後ろに跳んだ。一間(2メートル弱)ほど一気に離れる。しかし男が体勢を立て直す前に、鬼童丸も一息でその間合いと詰めてくる。
 鬼童丸の野太刀から再び斬撃が放たれる。男は受けずにさらに後退して、それをかわした。
 そのとき、鬼童丸の袖の下から何かが飛び出した。――縄鏢(じょうびょう)だ。手投げの刃に縄を繋げたものである。それが一直線に男を狙う。
「破ッッ!!」
 轟くような気合いの一声を発したあと、男は素早く大地を蹴った。鏢が男の躰に食い込む。――が、それでも男の勢いは衰えない。
 刀が一直線に飛んだ。男が渾身を込めて投げていた。
 鬼童丸がそれを野太刀で叩き落しにかかった。――同時に男が鬼童丸の懐(ふところ)に潜り込み、突き上げるように掌底を放つ。掌底は鬼童丸の顎を捉えた。強い衝撃が鬼童丸を襲う。意思に関係なく力が抜けていく。
 それでも崩れ落ちるのだけは堪えた。鬼童丸の両脚が震えている。
 力の入らない脚で後方に跳んで距離をつくった。
「やるじゃねえか。俺をここまで追い詰めるとは、予想以上だぜ」
 鬼童丸の眼(まなこ)は血走っている。怒り心頭といった具合だ。
「お前、人ではないな」と男が云った。
「なぜだ」
「お前の背後に人とは違う気が渦巻いている」
「ほう――その頸(くび)の創痕(きず)。お前さん、もしや咎背負いか」
 男は何も云わない。
「せめて名前でも教えてくれよ。この鬼童丸、相手の名も知らぬまま引き下がれはしねえ」
「――新三(しんぞう)」
 と男が短く名乗った。
 ニヤリと笑ったあと、鬼童丸はふわりと浮かぶように跳躍して馬に乗った。
「新三か、覚えておく。また改めてお目にかかるのを楽しみにしてるぜ」
 鬼童丸が号令をかけ、馬を走らせた。仲間の賊もそれに続いて引き上げていく。
 血にまみれた新三は、鬼童丸たちの後ろ姿を見詰めていた。
 気付けば、雨は上がっていた。

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DATE: 2015/09/12(土)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣・序章(一)
 蕭条(しょうじょう)と雨が降っていた。杪秋(びょうしゅう)の冷たい雨である。
 その中を一人の男が歩いている。笠で顔は見えない。腰には刀を帯びていて、その姿は雨に溶け込みそうな雰囲気であった。気配を殺し、己と雨とが一体となっていた。
 長い道中の末に村が見えてきたので、男は村で一番安そうな宿に入った。「空きはあるか」
「大丈夫ですよ。今お部屋にご案内します。しかしこの雨の中を歩いてこられて大変だったでしょう」
 宿の主人は少ない稼ぎ相手の客を前に饒舌になっていて、いつまでも一人で喋っていそうであった。
「この部屋か。――あとは構わない。ありがとう」
「そうでございますか。何かご入用になりましたらお気軽にお声をかけてくださいませ」
「ああ、そうさせてもらう」
 男は笠を取って、壁に立て掛けた。同じように刀も置いた。
 男の瞳には愁いがあった。それに加え野性味のある顔立ちのせいで、悲壮感が漂っている。男の頸(くび)には創痕(きず)があった。まるで過去に斬り落とされたかのように、頸を一周して深い創痕がついている。
 雨のせいか、創痕が疼いた。
(――いや、違うな)
 遠くの方で馬の蹄の音が聞こえた。それも複数だ。数にして、十はいる。男は窓の隙間から外の様子を窺った。
 しばらくして、村の入口から荒々しい男たちが馬で侵入(はい)ってくるのが見えた。
「これは面倒なことになりそうだ」
 と男が呟く。
 男たちの数は十より遥かに多い、二十はいた。どれも野蛮そうで、下卑た面構えである。
 雨の中を男たちは馬に跨ったまま、家屋の戸を次々と突き破り中に侵入っていく。――明らかに匪賊だった。
「ゆっくり休むことも出来ねえのか」
 男は立て掛けておいた刀を腰に差して、二階の部屋から出ておりた。。
「どうかしましたか?」
 宿の主人が尋ねる。外の異変に気付いていないらしい。
「――いや、少し外に出てくる」
「この雨の中をですかい?」
「すぐに戻るよ」
 戸を開けて、男が宿の外に出た。
 すでに賊たちの略奪は始まっていた。男の呻き声と女に悲鳴が聞こえてくる。――男は宿の前、道の真ん中に仁王立ちして、待った。
 すぐに賊の一人が男の存在に気付いて、馬に跨ったまま男の目の前まできて大声をあげた。
「なんだテメェは!!」
 馬の上にいるのは、顔の半分が髭で覆われた男で、手には山刀らしきものを握っている。
「馬から降りろ」
「なんだと?」
「馬から降りろ、と云った。馬には何の罪もない」
「何をいってやがるんだ、こいつは。たたっ斬ってやる!」
 髭の男が馬を走らせて、男に突っ込んでいった。
 それを男はスッとかわす。もう少しで馬の蹄に踏まれ、運が悪ければ死に至るところである。
 だが次の瞬間には、上から山刀が降ってくる。
 フッ――
 男の姿が消えた。
 忽然と、まるで霧散したかのように、髭男の視界から消え失せてしまった。
「なんだぁ!?」
 そのとき、グッと腕に重いものを感じた。
「随分と鈍(のろ)い動きで斬りかかってくるものだな」
 その声は、なんと髭男の山刀の上から発せられていた。
 ほんの一瞬で、男は素早く跳び、髭男の山刀の上に着地していたのである。
「―――!?」
 髭男は驚きのあまり声も出せない。
 そこに男の一閃が奔(はし)った。髭男の頭がごろんと地に落ち、首からは血が噴き荒れた。馬は首なしの躰を乗せたまま走り続けている。
 斬ると同時に山刀から跳んでいた男が地面に着地した。
 水溜りの泥水がわずかに跳ねた。
 男は刀を片手に、鋭い双眸で、ほかの賊を捜す。――残る賊は何人か。
 蕭条と雨は降り続いていた。杪秋の冷たい雨であった。

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DATE: 2011/07/19(火)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣(5)
 夜風にのって、妙な気配が漂ってきている。
 ――あやかしか?
 いや、それとは少し違う気がする。違和感。ただ頸(くび)の創痕(きず)が疼いた。
 気配を追ってみると遠方に小さな青い光がふわふわと宙を舞っているのが見えた。それが何なのかわからないまま、近付いてみる。
 女がいた。まだ幼さの残る少女。
 そして、
 その背後には男。図体がでかい。隆々とした筋肉はいかにも怪力そうだ。妖しげな気はその男から発せられていた。
「おい、何をしている」
 新三の声に少女が反応した。巨漢は無反応に少女を見つめている。
 男の太い腕が振り上げられ、少女に向かった。
 新三は跳んだ。疾風迅雷の速さを以って男との距離を詰める。抜刀と同時に斬りかかった。男は新三の気配に反応して、背負っていた巨刀に手をかけ、そのまま振り下ろす。新三が後ろに跳んだ。巨刀が放つ風圧も加わり、思いのほか距離が生じる。
 男は新三より頭三つは背がある巨体だ。その背と同じほどある巨大な刀を軽々しく振れるだけの筋力を具(そな)えていた。力だけではなく、速度も充分ある。気を抜けばあっという間に真っ二つにされてしまうかもしれない。
 新三の頬に汗が伝って、地面に落ちる。
 正眼に構え、剣先に意識を集めた。新三はわずかな風を感じた。水の匂いがする。すぐそこの川からだろう。夜の冷たさも肌を触る。葉がそよぐ音を耳で捉え、大地の気を足の裏で感じ取っていた。新三の意識は周囲のすべてを感じつつも、目の前の男に向けられている。鋭い眼光が巨躯の男を睨めつけた。
 男の剣撃が襲ってきた。
 新三が刀で防ぐ。間を空けず、第二の剣撃。それも防いだ。第三の剣撃。――防いだが、刀が弾かれ地に転がった。
 次に刃が振り下ろされるより速く、新三は拳を男の水月に放った。続けて突き上げるように掌底。男の太い首が威力を吸収した。
 男の右膝に蹴りを放つ。命中したが、効果があったかはわからない。恐るべきタフさだった。
 巨大な刃が襲ってくる。新三は跳んだ。刃を蹴り、男の顔の高さを捉えた。突き立てた二本の指で勢いよく突きを放つ。新三の指が男の眼球を抉った。
 男の腕に振り払われ、新三は地面に叩きつけられる。
 野獣の咆哮が夜の闇に響きわたった。
 男の口元から何かが這い出てくるのが見える。それは、蟲だった。百足(むかで)に似た蟲。赤い眼をして、躰はぬめっている。
 その蟲は妖気を発していた。
 男は巨刀片手に猿のような身軽さで、その場から逃げ去っていった。
 月明かりの下に、新三と少女だけが残った。

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DATE: 2011/07/15(金)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣(4)
「あの、ありがとうございます」
 突然の出来事に戸惑いはしたが、とりあえず目の前の女性に助けられたのは事実だった。ゆめは素直に礼を云った。
「気にしなくていいよ」
 と槍を手にした女が云う。
「お名前は?」
「あたしの名前は鬼灯(ほおずき)。あなたは?」
「ゆめです」
 かわいい名だね、と鬼灯が云うので、ゆめは満更でもない気分だ。
 そのとき、鬼灯の背後から黒いものが見えた。――荒れくれものの大男ザンザだ。
 ザンザの躰が黒い靄(もや)のようなもので覆われている。それは妖気に似ていた。
「小、娘がァ……」
 ぎこちない口調でザンザが云った。
「なんだ、まだやろうって云うのかい」
 それには答えず、ザンザは黙って自前の巨刀を手に店を出ていった。
 ゆめには黒いものがより濃く視えていた。

 ***

 夜の川の岸をゆめは歩いていた。
 蛍のような青い光がふわふわと飛んでいる。光は水面から湧いて出ている。どうにも幻想的で、不思議な光景だった。
 ゆめは川の浅瀬に足を入れた。水は冷たく、皮膚をなぞる。青い光がゆめの周りに集まってきた。まるで花の蜜を求める蝶のように。
 ゆめが光に手を伸ばそうとしたとき、光がパッと拡散した。
 不穏な気配を背後に感じる。
 ゆめは振り向く。
 巨大な影。誰かが立っていた。
 見たことにある巨躯。――ザンザだ。
 ザンザの躰は黒い靄に包まれている。それは昼間視たときよりもずっと濃かった。もう靄ではなく霧といえるだろう。
 その双眸は煌々と赤く、人のものではない。
 それはまるで人外の、――
 ザンザは明らかに魔性を纏っていた。
 ゆめは悲鳴を上げそうになる。
 そのとき声がした。
「何してる」
 男の声。このとき、それしかゆめにはわからなかった。

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DATE: 2011/07/13(水)   CATEGORY: 業宿しの剣
業宿しの剣(3)
 場の空気が少しばかり張り詰めているのは、飯屋の奥の席にいる巨漢のせいであった。
 男はザンザという北からの流れ者で、このあたりでも荒れくれ者として名が届いてきている。巨躯で強面という見るからに周りを圧倒する容姿に誰もが息を呑んでいた。
 さっきから好き放題食べているが、果たして食事代を払えるだけの銭を持っているのか誰もわからない。店主もいささか不安なのだが、ザンザの横に置いてある身の丈ほどある巨刀が恐ろしくて、尋ねることなどとてもじゃないが出来ない。
「あたしからのお裾分け」
 そう云ったのは肌が蝋のように白い女だった。顔もなかなかの美人である。女はザンザの前に酒を置いた。
「これはこれは、別嬪じゃねえか」
「お世辞を云ったって、他に何も出やしないよ」
「世辞じゃねえよ。お前ほどの器量の女はそう簡単には拝めねえ」
 と、ザンザは笑みをこぼしながら云った。
「悪い気はしないねえ。お兄さん、これもどうだい」
 女が差し出したのは団子であった。特に変哲もない、普通の団子である。
 ザンザはその団子を頬張り、女の腕を掴んだ。
「姐ちゃん、己(お)れの女になりゃしねえか」
 単刀直入な言葉に、女は嗤う。
「なんでえ、何が可笑しい」
 女の笑みに嘲りの色が含まれていることに、ザンザは怒りを露わにした。
「別に。小さいことを気にすると男が廃るよ」
 女の脇に、三味線があることに気付き、ザンザは女に云った。
「お前、それを弾いてみろ」
「良いよ」
 女が三味線を手に取り、ベベンと弦を弾いた。
「滅多なことでは披露しないんだけどね、今回は特別サ」
 弦を鳴らして、女が演奏を始める。その場に居たもの全員がその技量に圧倒され、魅了された。とてつもない腕前だ。どこからともなく「おお……」という感嘆の声が漏れる。
 そのとき、グ、と呻きをあげてザンザが腹を押さえながらよろめいた。
「……おい、どうしたんだ」
 ひそひそと周りでザンザの異変について話が始まったが、誰もザンザに近寄ろうとはしない。
「ぐおぉぉ」
 よろめいたザンザは隅の席に居る少女にのしかかるように倒れ込んだ。
 ――が、少女がその巨体で潰される前にザンザは止まった。正確には止められた。
 ザンザの巨体を一本の棒が支えている。いや、棒ではない。それは槍の柄だった。
「自分の躰も支えられないのか、下衆」
 よく通った声。それはまさしく女のもの。
 少女が見上げると、笠を被った女が片手に持った槍の柄でザンザの巨体を止めている。
「下衆だと……?」
 ザンザの顔は怒り心頭で紅潮している。鬼のような形相に、周りの者たちは一歩二歩と身を引いた。巻き添えになりたくない、という気持ちが滲み出ている。
「違うのかい。あんたの悪名はこっちにも聞こえてるよ。噂が本当なら下衆以外の何者でもないじゃないか」
「いい度胸じゃねえか」ザンザは自前の巨刀を手に取った。あれを振り回せば店など簡単に崩れてしまいそうだ。店の主人の顔が蒼白になる。「女、殺してやろうか」
「あんたにあたしを殺せるのかい?」
 女は槍の穂先をザンザに向けた。
「己れとやれると思ってるのか? よく見ればお前もなかなかの器量じゃねえか。殺す前に姦(や)ってやるよ」
 ザンザが巨刀を振り上げ、叩きつけるように女目掛けて振り下ろした。刃先が天井に当たり、家屋を破壊しながら刃は進む。
 それを見て女も動いた。迅(はや)い。ザンザが巨刀を振り下ろしきるより前に槍で巨体の脚を切った。そして突き。槍の穂先がザンザの腿を貫く。
「ぬッッ」
 バランスを崩したザンザの巨刀はまるで見当外れのところに刃先を食い込ませて、沈黙した。そこに女の槍がザンザの喉元を狙う。
「どうだい、まだやるかい?」
 あと一寸でも動けば、穂先がザンザの皮を裂いて肉を貫きそうだった。


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