みやび萬紅堂。
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平成百鬼夜行案内(第五夜)――逢魔時 日の出
 黄昏をいふ。百魅の生ずる時なり。世俗小児を外にいだす事を禁む。一説に王莾時(わうもがとき)とかけり。これは王莾前漢の代を簒ひしかど、程なく後漢の代となりし故、昼夜のさかひを両漢の間に比してかくいふならん。

 ***

 愛染と僕は闇の中を二人で歩いていた。いつものことだが、目的地は知らされていない。
「もうすぐ田島さんと落ち合うことになっている」
 田島というのは正体不明の怪しげな「研究所」に関わっている男のことであり、変人だ。「研究所」のことはほとんど知らないが、この国で起きている不可解な事象・事件にはこの「研究所」が関わっているのではないだろうか。とにかく、決して表には出てこないだろう謎の組織だ。
「お~い、國彦くぅん。ちょっと待たせたかな、ぶふぅ」
 見るからに太った男が息を荒くしながら駆け足で近寄ってきた。この男が田島だ。
「田島さん、今晩は」
「やあ、神宮寺くぅん。久し振りだねぇ、ぶふぅ」
 僕は田島に挨拶を返して、彼の後ろを見た。例の予知する少女の姿がある。それから――
「あれは、誰ですか?」
 予知する少女の隣には見知らぬ女性が立っていた。一瞬“何か”が視えた気がするが、それはすぐに消え去った。愛染の云う性質の妖怪化だろうか。だが、もう何も視えない。ただ女性が立っているだけだ。
「ぶふっ、紹介するよ。櫻宮一葉さんだ。今回の件について手伝ってもらおうと思っている」
 一葉という女性は実に綺麗な顔をしていた。可憐という言葉がよく似合う。彼女の周囲に漂う上品さは育ちによるものだろうか。
「今晩は。櫻宮一葉です」
 落ち着いた声が、妙に心地好い。
「愛染です。こっちは友人の神宮寺」
「田島さんからお二人のことは窺っております」
 丁寧な言葉遣いだ。やはり育ちが良いだろう。――などと思っているとき、嫌な気配がした。ギイギイ。それはまるで牛車の車輪が軋む音。ギイギイ。すぐそこまで来ている。
「来るわ」と未来を読む少女が云った。
 僕は大慌てで振り返った。背後には巨人のような男が立っていて、僕たちを見下ろしている。男の顔は暗闇に隠れてよく見えない。
「こっちを見て」
 一葉さんの声がした。僕は彼女の方を見遣る。彼女の双眸が赤く煌いていた。

 ***

 母は俗に云う娼婦だった。金さえ払えばどんな男とも寝ていたのだろう。そうやって生活をしていた。あるとき、彼女は妊娠をした。今まで取った客の誰かの子だということだけは明瞭(はっきり)していたが、誰の子かということまではわからなかった。母は堕ろすことも考えたが、結局は堕ろさなかった。理由は単純明快で、単に堕胎に必要な費用を払うことを渋ったからだとあとから知った。母は自分ひとりでこっそりと子どもを産んだ。大きな赤ん坊だった。毛むくじゃらで、泣いているその姿は猿のようにも見えた。そして、産まれたときにはすでに歯がいくつか生えていたらしい。
 母はそんな自分を心底気味悪がっただろう。
 それでも母親というのは不思議な生き物で、その不気味な子を育て始めた。初めは母乳を与えていたのだが、乳首に歯が当たる痛くてすぐに粉乳に変えた。赤ん坊というのは最初に触れた味を好む。母乳の味を知ってしまった赤ん坊は粉乳をひどく嫌がった。それでも母は無理に粉乳を与えた。それも少しの間で、赤ん坊はおそるべき早さで離乳を迎えた。半年もした頃には立派に歩けるようになっていた。
 まるで化け物のようだった。
 さすがの母も気色の悪い我が子を道端に捨てた。そもそもが誰の子かすら知らないのである。それほど未練があるわけでもない。それに子どもがいると商売がしにくかった。ただ母乳が出ることを喜ぶ客もいたし、妊娠中も妊婦が好きだという男がいたので生活には困っていなかった。そういう偏った性癖の男は金払いが良いことが多かったのである。それでも近くに子どもがいれば商売はやりにくいし、寝ているときに泣かれれば客の男も白けてしまう。正直に云えば邪魔であった。そして何より、その子は化け物じみて醜かった。
 捨てられた1才にも満たない醜い赤子は生命力だけは人一倍強靭であった。赤子は地力で母の許(もと)へと帰った。それを見て母は余計に我が子に恐れを感じた。
 赤子は母に愛情を与えられぬまま育った。
 子は数年が経った頃には大人にも見えるほど大きく成長していた。言葉を覚えるのは早かったが、知能は遅れているように思われた。それは母が子どもに何の教育もさせていないことも理由としてあったかもしれない。もう学校に通っているべき年齢に達していたが、その子はどこの学校にも通っていなかった。隠れて産まれたので、そもそも籍すら存在していない。
 10歳になる頃だろうか。母が姿を消した。どこへ行ったかはわからなかったが、母が自分を捨てる日が来るだろうことは理解していた。母は自分を気味悪がっていた。気色悪がっていた。軽蔑していた。産まなければよかったと思っていた。自分にはそれが手に取るようにわかる。自分は人の考えが読めるからだ。人の気持ちが聴こえてくる。人の心がわかってしまう。それが普通ではないことに気付いたときにはもう遅かった。母は醜く人の心を見透かしてしまう我が子を嫌悪した。それが原因で、出ていってしまったのだ。
 嗚呼、母はどうして自分を産んだのだ。
 どうして俺を産んだ。どうして。このような姿で、誰にも愛されず、人の心がわかってしまうために、人の蔑みが全て聴こえてくる。醜い。醜い。醜い。誰もがそう思っている。俺を見るな! 俺を見ないでくれ! その目で俺を見るな!
 そうだ、その目がなければ。
 俺は悪くない。俺は何もしていないというのに。
 俺を見る目さえなくなってしまえば。
 そんなもの潰してしまえばいい。
 俺が潰してやる。
 潰す。
 潰す潰す潰す潰す。
 俺は――
 俺はただ愛されたかっただけなんだ!!

 ***

 ぬるい風が頬を撫ぜる。
 暗がりの間から男の顔は見えた。恐ろしく醜い顔であった。まるで爛れたような、醜い顔。それを見たとき僕はぞっとして、全身が粟立つのを感じた。
「お前も俺を醜いと思うのか!」
 男は野太い声でそう叫んだ。
 そして逞しい腕で僕を掴もうとする。
「実際に醜いじゃねえか」
 そう口にしたのは見知らぬ男。黒髪の間から見える金色の瞳。――誰だ?
 男は持っていたナイフで巨漢の脚を切り裂いた。風のように迅(はや)い。
「ぶふっ、なにをする!」
 田島が大慌てで駆け寄ると巨漢は凄まじい力で田島を払い飛ばした。田島の重そうな躰が地面に叩きつけられ、彼は「ぶへぇ」と嗚咽らしきものを洩らした。
「あんた、田島か? 聞いていた通りのやつだな」
 男は転がる田島を見て嘲笑(わら)う。
 巨漢が男に襲いかかった。――が、男のナイフが素早く展開して巨漢の両の手首が切り裂かれた。血が舞い、骨が露出している。
「そんなに醜い自分が嫌なら、せめて自分でそのツラを拝めないように手伝ってやるよ」
 男の刃が一閃して、巨漢の両目が傷付けられた。巨漢は血が流れる腕で顔を覆う。
「ぶふぅ、お前はなんてことをしてくれたんだ! 大事な研究対象に!」
「田島さん、残念だがこいつは俺が貰うよ。上の決定でな、こいつはあんたとは別で引き取ることになった」
「う、上だって? お前はなんなんだよぉ、ぶふぅ」
男は金色の瞳で田島を見下ろすような格好で云った。「俺は、鵺と呼ばれてる」
「ぬ、鵺だと。どうしてお前が出張ってくるんだ。これはお前の仕事ではないだろう」
「知らねえよ。俺は命令されたからやってるだけだ。文句なら上に云うんだな」
 そうして、その夜は僕には何もわからぬまま終えることになった。


 のちに聞いた話では、一葉という女性は過去視ができる体質だということだった。未来を読む少女と過去を視る女性。本当かどうか確かめるすべはないが、もしかしたらそういう人間もいるかもしれなかった。
 そして一葉さんが視た男の過去は、化け物のように生まれてしまったゆえに母に捨てられ、愛を知らぬまま愛に飢えながら生きてきた悲しい歴史だった。
 そして田島が云うには男は人の心が読めるらしい。「研究所」ではそのような類いの特殊な人間を集めているそうだが、今回の連続殺人事件はその能力によって引き起こされたものだろうと愛染は云う。
 化け物と蔑まれるほど醜い容姿と人の心を読める力。この二つがあればどれだけ苦痛のある人生を送るはめになるだろうか。僕の想像を絶する。覚(さとり)という人の心を読む妖怪がいるが、あるいは彼のような人間が過去にもいて、覚と呼ばれていたのかもしれない。ただ真実はわからない。
 そしてあの夜に覚の男を捕まえた鵺という男は「研究所」の人間らしかった。「研究所」も一枚岩ではなく、それぞれのセクションがあり、覚の男は田島とは別の研究室――と呼べばいいだろうか――に引き取られていったらしい。田島は心底悔しがっていることだろう。
 全てが終わったあと、僕と愛染は残る謎について話し合った。そして僕たちの結論は同じで、あの“手の目”は覚の男に目を潰された人間ではなかっただろうか、という考えに達した。僕に性質を妖怪化して視ることができる「第六感」があるとすれば、目を潰された憎しみに夜な夜な覚の男を捜し回っていた男に“手の目”を視たのかもしれない。これも真実はわからない。だが、そうだとすれば今もまだ男は彷徨っていることだろう。自分の目を潰した男を捜して。

 ***

 夫妖は徳に勝てずといへり。百鬼の闇夜に横行するは、倭人の闇主に媚びて時めくが如し。太陽のぼりて万物を照らせば、君子の時を得、明君の代にあるがごとし。


(平成百鬼夜行案内・了)


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平成百鬼夜行案内(第四夜)――倩兮女 雲外鏡
 楚の国宋玉が東隣に美女あり。墻にのぼりて宋玉をうかゞふ。嫣然として一たび笑へば、陽城の人を惑せしとぞ。およそ美色の人情をとらかす事、古今のためし多し。けらけら女も朱唇をひるがへして、多くの人をまどはせし淫婦の霊ならんか。

 ***

 蒸し暑い。湿気を含んだ夜闇がねっとりと絡まるようだった。
腹が減っていた。もう何日もまともな食事はしていない。男は人気のない道を選びながら彷徨っていた。
 ――誰にも会いたくない。
 男にあるのはその一念のみである。

 うおおおおお!!

 突然、男は吼えた。それは獣の咆哮だった。
 どうして自分はこうも苦しまなくてはならないのか。ただ、普通に生きていたいだけなのに。母はどうして俺をこんな風に産んでくれたのか。
 涙は涸れていた。次流すときは血の涙ではないか、男はそう思っている。
 夜の風が凪いだ。
 夜闇の中を彼は彷徨った。再び、ぬるいものが頬を撫ぜ始めた。

 ***

 ずっと愛染のいう「第六感」という言葉が頭のどこかに引っかかっていた。何か大事なことを忘れている気がする。だが、それが何なのかいくら考えてもわからなかった。
 百々目鬼の女性が殺されてから数日が過ぎて、僕の日常に平穏が帰ってきていた。次第に落ち着きを取り戻し、妖怪を視ることもなくなった。しかし、またしばらくは普通の生活が出来るだろうと安堵するも束の間のことで、すぐに僕は非日常の世界に引き戻されることになってしまった。
 その事件が起きたとき僕は眠っていたはずである。現場は近所だった。深夜に男が殺されていて、その男は強い力で体を引きちぎられていたらしい。そして両眼が潰されていた。まるで烏に突かれたかのように、それは両眼を喪っていた。
 それを聞いて最初に思い浮かんだのは“手の目”のことである。両眼を喪った男。
 もし本当に自分に「第六感」というものがあるならば、それが妖怪というカタチとして現れるのならば、今回の事件には「目」が関係しているのではないか。手の目、百々目鬼、目目連。この数日で視た妖怪の多くは「目」に関係あるものばかりだ。また、精螻蛄も「見る」という点では「目」に関係する妖怪である。
 目。――そのとき先日視た車輪のことを思い出した。車輪。そして目。それで思い付く妖怪といえば輪入道だった。車輪の中心の顔のある妖怪なのだが、輪入道と目が合うとその人間は魂を失うという。愛染の説が正しいとすれば、僕は相手の性質を感覚的に読み取って妖怪として視ることができる。あのとき逃げずに車輪の全貌を視ていればどうなっていただろうか。
 輪入道にまつわるエピソードとして、ある母親が夜に輪入道に出会い「我見るよりも我が子を見よ」と言われたというものがある。その輪入道の口には噛み千切られた脚があり、慌てて母親が帰ってみると家で子どもが脚を切り裂かれて倒れていたという話だ。輪入道に似た妖怪として片輪車というものもいるのだが、こちらは炎に包まれた車輪に乗った女性という姿で鳥山石燕は描いている。片輪車は輪入道に対して夜に出会った母親の子どもを攫うというエピソードが残されていて輪入道と似た性質が見られるが、こちらは母親が悔い改めれば子どもは返ってくるらしい。輪入道に比べどこか母性を感じさせる妖怪だ。夜に子を放って出歩く母親に対しての戒めとも思える妖怪だが、もちろん僕には子どもはいなく、僕があのときに視たのが輪入道だったとすると魂を奪われるほど危険な存在だと「第六感」が告げていたとも考えられる。
 確かに、あのとき僕は死を意識した。
 ここ最近の連続殺人事件との関連があるのだろうか。もしかすればあの夜そこに居たのは――。


 愛染から連絡があり、今夜付き合って欲しいとのことだった。何に付き合うのかといえば、またもや妖怪狩りである。今回の事件に愛染がどう関わっているのかわからないが、まだ例の「研究所」繋がりだろうことは予想できた。おそらく未来を読む少女が“何か”が起こることを予知したのだろう。
 気乗りはしないが、自分の周りで何が起こっているのか知りたい気持ちはあった。僕は了承して、愛染と夜の街に出掛けることにした。


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平成百鬼夜行案内(第三夜)――百々目鬼 覚
 飛騨美濃の深山に玃(くはく)あり。山人呼んで覚(さとり)と名づく。色黒く毛長くして、よく人の言をなし、よく人の意(こころ)を察す。あへて人に害をなさず。人これ殺さんとすれば、先その意をさとりてにげ去と云。

 ***

 僕は警察の取調室にいた。刑事は恐い顔をして僕に尋問を続けている。
 あのあと自分の部屋に戻る気もせず、結局愛染の部屋に泊まらせてもらった。愛染は深夜の来訪に呆れ顔だったが、仕方ないといった様子で受け入れてくれた。その後、僕はどうしてかぐっすり眠ることが出来た。
 次の日になって、昼頃になると大学に刑事が現れた。よくわからぬまま任意の事情聴取ということで連れ出され、現在こうして取調室にいる。どういうことかいまいち理解が出来ていないのだが、昨晩に殺された女性が僕の財布を持っていたらしい。それに学生証が入っていたので刑事が大学までやってきたというわけだ。
 話を聞いているうちに、殺された女性が誰であるかに気付いた。昨夜、ふらふらに酔っていたあの女性だ。刑事に見せられた写真にそんな面影があった。そのことを刑事に告げると、では財布はどういうことなのかと訊かれた。財布がなくなっていることに気付いたのはこの話を聞いてからなのだが、どう説明すればいいかわからずいつの間にかになくなっていたと言った。
「ということはつまり、掏摸(すり)に遭ったということか」
「まあ、そういうことなんでしょうか」
「随分と都合の良い話ですなぁ」
「そう言われましても…」
 人と話すのが苦手な僕は、どうしても刑事の威圧感に負けてしまう。このままでは殺人の罪をなすりつけられ、冤罪にさせられてしまいそうだった。
 しかしあの女性が掏摸だったとすると、納得いくことがひとつある。あの腕にびっしりとあった目。きっと彼女は百目鬼だったのだ。
 百々目鬼とは掏摸を働く女性のなれの果て、と言ったらいいのか。むかしの銭は今の五円玉、五十円玉のように中央に穴があり、それが鳥の目に似ていたことから鳥目と呼ばれていた。銭を盗む女性がその鳥目の精に憑かれたという意味で、躰に無数の目が付いてしまったのが百々目鬼という妖怪である。
 そんなことを考えているうちに刑事には帰っていいと言われた。証拠不十分だったのだろうか。それとも初めから疑われてなどなかったのか。詳しいことはわからなかったが、言われるままに僕はその場を去った。


「まさか君が刑事に取り調べを受ける日がくるとはさすがに思わなかったね」
 事の詳細を愛染に話すと、あの普段はポーカーフェイスの愛染ですら驚きを隠せないようだった。そして僕が連続殺人の犯人として疑われていたわけではないだろうと彼は言った。
「君は犯人の人物像にかすりもしていない。まァ 挙動不審なところは充分に怪しいけだろうけれどね。ここだけの話、犯人は大柄の怪力だそうだよ。どう見たって君の容姿では無理だろう。そもそも殺人を犯す度胸すらないって雰囲気が周りに教えているよ」
 相変わらず余計なことを言いはしたが、大柄で怪力の男が犯人像としてあるとは知らなかった。そんな情報どこから仕入れてきたのかはあえて訊かなかったが、この男のことだからどこと繋がっていても不思議はない。もしかすると「研究所」と呼ばれる怪しげな機関からの情報かもしれない。愛染はその研究所に勤めている田島という太った男と知り合いであるからだ。一体、研究所がどういったところなのかは一切が謎に包まれていて、得体が知れない。
「それより気になるのは君が会ったっていう女性のことだ。百々目鬼と言ったか? それは掏摸の女性が変化した妖怪なんだね?」
「ああ、そうだ。あの人が百々目鬼に視えたなんてすごい偶然だよ」
 愛染は少し考えるようにして「本当に偶然かな?」
「どういうことだ?」
「以前から思っていたことがあるんだ。俺が思うに、君は第六感的感覚の持ち主なんじゃないだろうか」
 突然の話に理解が追いつかない。「――第六感?」
「ああ、第六感だよ。君は人からその性質を感じ取る能力に長けているんじゃないか? それが妖怪というカタチになって君には視えるわけだ」
「急過ぎて、どういうことかわからないな」
「つまり目の前にいる人間の本質的な部分が君には妖怪化して視えるってことさ」
 何となく、言おうとしていることは理解出来た気がした。相手がどんな人間かを見抜いて、妖怪として視覚化(ヴィジュアライズ)するということなのだろう。しかし自分にそんな能力があるとは思えないのだが。相手がどんな人物か見抜くのはむしろ苦手とするところだった。
「自分ではそうだと思えないけど」
「まァ 断言は出来ないが。でも、特に危険を察知したときの君にはそんな能力が垣間見えるよ。――別に超能力だと言っているわけじゃない。そういう能力が人より長けているんじゃないかってことだよ」
 納得はしきれなかったが、思い返してみればそうだと思えなくもなかった。以前にカニバリズム殺人鬼と対峙したときも似たようなことがあった。もしかすると本当に、本能が危険を察知して警報を出しているのかもしれないな、と思った。

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平成百鬼夜行案内(第二夜)――目目連 精螻蛄
 煙霞跡なくして、むかしたれか栖し家のすみずみに、目を多くもちしは碁打のすみし跡ならんか。

 ***

 夜になってまた僕は眠り就けずにいた。疲労感はあるのだが神経が昂っていて、睡魔が訪れる気配は全くといっていいほど見られなかった。頭の中ではずっと“手の目”のことを考えている。実は、今まさに僕はあの“手の目”に視られているのではないかという被害妄想にまで陥っていた。
 どうしてないはずの視線を感じるのか。見ないように見ないようにと思っているのだが、どうしても気になる。窓の方が。
 そのうち壁に目があるような錯覚に囚われた。部屋中をずらりと並ぶ目目目。まるで目目連のようである。本来ならば障子にたくさんの目がついた妖怪だが、僕の妄想がランダムに目の妖怪を呼び寄せたのであろう。空間を視線が飛び交う。目目目。頭がおかしくなりそうだ。目目目。――呼吸が――それがぎょろりとこちらを向く――誰――風を入れようと窓を――何かがいる。
 目の前には窓に張り付く異形。黒く、魚を思わせる肌。妖怪。――しょうけら。
 躰が震え出す。しょうけらと視線が絡み合う。どこか笑っているようにでもある。どうしてここに? しょうけらは、しょうけらは――。
 冷静さを取り戻そうと必死に尽くしたが、それはどうやら無駄のようだった。「しょうけらはわとてまたか我宿へねぬぞたかぞねたかぞねぬば」無意識に僕の口から発せられるのは記憶の再生。呪文の暗唱。言霊言霊。
 どうしてここに? その疑問が再び浮かび上がってきた。しょうけらは本来、庚申の夜に現れる妖怪。庚申待ちという、庚申の夜に体内にいるとされる三尸という蟲を体外に出さぬように眠らずに夜を過ごす行事がある。もし三尸が外に出るとそれは天に昇り天帝に日頃の罪悪を告げられるとされているからだ。天帝に罪悪を告げられたものは寿命を縮められたり、あるいは死後に地獄道・餓鬼道・畜生道という三悪道のいずれかに向かわせられたりするという。それでは堪らないので、寝ずに三尸が出て行かぬよう見張りをするのである。そしてしょうけらは人々が眠らずにいるか確認をする妖怪なのだ。しょうけらに眠っているのを見つけられるとその者に災いが訪れるといわれているのだが、三尸が抜け出す上に災いが降り注ぐのだからそれこそ堪ったものではないだろう。
 一説によればしょうけらは三尸が妖怪化した姿、あるいは三尸は上尸・中尸・下尸の三つからなっていて、その姿は順に道士・獣・牛頭に足が付いた姿をしているのだが、そのうちの獣の姿をした中尸がしょうけらだともいわれてもいる。
 ちなみに鳥山石燕は黒い異形の獣が屋根の天窓から中を覗くようにしている姿でしょうけらを描いていて、まさに今目の前にいるのはそんなしょうけらだった。
 ――僕が眠らずにいるのを見張っているのか?
 そんな考えをしたが、僕は即座にそれを振り払った。
 僕の心中にある、寝てはいけないという思いが具現化しているだけだ。視られている、もし眠ったらどうなってしまうのだろうという不安がこの妄想を生んだのだ。何も恐れることはない。何も。
 ――本当か?
 本当にこのままで無害なのだろうか。いや、もし何もないにしても目目連にしょうけらが居るここでは、とてもじゃないが穏やかな心を持つことは出来ない。逡巡。こうなったら出よう。そうするしかない。このままこの部屋には居られない。
 僕は恐るおそる部屋を飛び出し、夜の街に出た。

 夜の風は相変わらず生温かいものだったが気になりはしなかった。魑魅魍魎が跋扈するあの部屋に比べたら余程居心地が良い。
 しかし外が安全というわけではなかった。もし本当にあの“手の目”がいるとしたら外でしかない。そして、真夜中の殺人者。安全どころが危険な香りすらする。僕はもしかすると“手の目”のあの男が連続殺人犯なのではないかと思っていた。何の確証もないのだが、そんな予感めいたものがあった。
そんな空想にふけていたせいもあってすぐにはわからなかったが、近くに誰かがいることに気が付いた。つい身構える。いや、緊張によって躰が硬直している。
前方にいるその人は、女性だった。あの“手の目”でも、おそらくは連続殺人犯でもないことにほっとして、安堵の息を漏らすとともに胸をなでおろした。女性は酔っているのかふらふらと不安定な足取りでこちらに向かって来ている。心配とともに、何か嫌な予感がした。
どん、と彼女は僕にぶつかると小さく「すみません」という声が聞こえたような気がした。それはあまりにか細くて、僕の耳にようやく届いたといった感じである。それより避けて歩いたつもりなのだがそれでもぶつかるとは余程だな、と思った。
「大丈夫ですか?」普段は人見知りが激しい性質であるのだが、さすがにこれは心配で女性に尋ねた。
「ええ」
 そう返事が聞こえてきたのだが、次の瞬間に僕は恐ろしいものを見てしまった。
 ――女性のその腕にはびっしりと目がひしめき合っているではないか!!
 僕はあまりの唐突さに混乱して、叫びの言葉すらでなかった。
 目目目。ここでもか、と思う。目目目。逃げられない。目目目。いや、逃げなくては。
 おそらく蒼白の顔で、僕は全力でその場を逃げ出した。一度も振り返らず、どこに向かっているかもわからないまま走り続けた。


 ギィギィという何かが軋むような音が聞こえてきたのはあの女が見えなくなって随分としたところだった。ギィギィ。このとき僕は過去の教訓を思い出していた。再度の怪ではないが、一度妖怪を視ると立て続けに出会ってしまう自分の法則。妖怪は妖怪を呼ぶのだ。
 近付いてくる音に、僕は戦慄を禁じ得なかった。そして目の前にはあのときと同じ曲がり角。当然脳裏に浮かぶのは“手の目”のことだ。
 ギィギィ。しかしその音を聞いていて、“手の目”とは別の妖怪のことを思い出した。釣瓶落としという妖怪がいる。カヤや松の木の上から落ちてくる炎に包まれた顔という姿をしていて、木の下を通っていた人を引っ張り上げて食べてしまうという。ある地域では、木の上から突然落ちてきてゲラゲラと笑い出し、「夜鍋済んだか、釣瓶おろそか、ギイギイ」と言って再び木を登っていくという話もある。何となく何かが軋む音がその「ギイギイ」という言葉を連想させる。一応見まわしてみたが、そのような木は見当たらなかった。心配のし過ぎか。
 そのときだった。目の前の角から牛車の車輪のようなものがちらりと見えた。それはゆっくりと進んでいて、このまま居れば完全に姿を現すだろうと思われた。
 ――車輪?
 何かが引っかかる。車輪。車輪車輪。連続殺人。車輪車輪車輪…。見てはならない。車輪車輪車輪車輪…。またか、逃げなくては。このままでは僕は――死ぬ。


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平成百鬼夜行案内(第一夜)――輪入道 手の目
 車の甑に大いなる入道の首つきたるが、かた輪にてをのれとめぐりありくあり。これをみる者魂を失ふ。此所勝母の里と紙にかきて家の出入の戸におせば、あへてちかづく事なしとぞ。

 ***

 暑苦しい夜だった。まだ梅雨明けもしていないというのに猛暑日が続いている。あまりの暑さで眠ることが出来ず、外の風に当たりに出た。しかし一歩出るとそこは亜熱帯さながらに蒸していて、頬をなぜる風は暖房から放たれる温風そのものだった。
 しばらく歩くことにした。すぐ部屋に戻ってもよかったが、喉が渇いたので近くの自動販売機かコンビニで飲み物を買おうと思ったからだ。
 ヒタリ、ヒタリ。その音は小さいものだったが、静かに耳を捉えた。何だろう? ヒタリ、ヒタリ。足音にも似ていた。裸足で床を歩いたときの音に近いものがある。ヒタリ、ヒタリ。心なしか音は近付いているように思えた。ヒタリ、ヒタリ。それは前方からだった。目の前にある曲がり角の陰に何かが居る。「誰か居るのか?」
 ふいに足音が止んだ。やはり誰か居るのだろうか。僕は恐るおそる近付いていき、覗きこむようにして曲がり角に立った。
 ――そこには男が居た。
 坊主頭の、年齢のわからぬ男だった。浴衣のような格好で、身長はあまり高くない。
 ――そして、瞼は下りていた。
 目を瞑ったままだが、男はこちらの様子を窺っているように思えた。耳を澄まして、こちらの音を聴いているような、そんな気がする。――もしかして目が見えないのだろうか?
 そのとき男の腕が持ち上がり、こちらの方を向けてきた。その格好は彊屍(キョンシー)を彷彿させる。僕は思わず仰け反るように後ずさった。「お前は――」
 男が言葉を発したその瞬間、恐ろしいものに気付いた。僕に向けられた男の手のひらには、大きな目がぎょろりと見開いており、こちらを凝視しているではないか。
「うわあああ!!」
 反射的に叫び声が喉からあがった。その恐ろしさのあまり逃げようとした僕は、何もないにもところで躓き、慌てて立ち上がってから脱兎さながらに走った。その途中も依然として背中には男の視線を感じたが、どうやら追ってくるような気配はなく、住んでいるアパートが見えた頃には辺りには誰も居なかった。
 暑さとは違う汗が大量に流れ、夏だというのに寒気を感じた。
 そして潜むように布団を被り、暑さを忘れて朝を待った。


「顔色が悪いが大丈夫か?」
 言っていることとは裏腹に、愛染の傷痕だらけのツギハギ顔は無表情に徹していて、とてもこちらのことを心配してくれているようには見えなかった。しかしそれもいつものことで今さら言うことでもない。彼は心の裡を顔に露わすように人間ではないことは解りきっている。あるいは本当に心配などしていないのかもしれないが。どうせまた悪いものを視たに違いないと思われていてもおかしくはないだろう。
「あまり眠れなくてね」
 あえて詳細を話すことはしなかったのだが、やはり愛染は大体の予想はついていたようだ。
「またおかしなものを視でもしたか」
 おそらく初めからそう思っていたのだろう。解っていて、そう言わないのが愛染らしいといえばそうなのだが。本当にこの男は素直ではないと思う。それは僕も同じかもしれないけれど。
「実はそうなんだ。昨夜暑さのあまりなかなか寝付けず、外に出てみたら――」
言い終わらないうちに愛染が口を挟んできた。「どうして君はそんな時刻に外に出るかな。自分の体質は解っているだろう。本当に呆れる」
 否定は出来ない。
「そう言われると僕も何も言えなくなるな」
「――それで?」
「歩いていると、音が聞こえてきたんだ。足音のような」
「君は本当にそういうことによく出会うな。もはや尊敬すらしてしまうよ」
「目の前も角を曲がると、そこにはひとりの男が立っていた。浴衣を着た、坊主頭の男で、目は終始閉じていたんだ」
「目を?」
「ああ。そしてその男の手のひらには、ぎょろりとした目がこちらを覗いていた。――あれは“手の目”だ」
「手の目? そのままだな」
「妖怪の名前なんてそんなもんだって前にも言っただろう?」
「そうだったな」愛染は本当に解っているのかわからないような適当さで言った。「それで、その“手の目”っていうのはどういうやつなんだ?」
「鳥山石燕の百鬼夜行に描かれている妖怪なのだけれど、詳しいことは何も記されていない。一説によれば盲目の男が盗賊に金を奪われ、その盗賊を見つけるために両の手のひらに開眼したのだと云われている」
「執念だな。だったらよかったじゃないか。その男が探しているのは君じゃないんだから、今夜からは安心して寝たまえ」
 確かに愛染の言葉は的を射ていてなかなかの説得力があった。あれが“手の目”だとしたら探し人は他なのだろう。その証拠に男は追って来なかったではないか。
 それでもどこか安心出来ていないのが、自分の悪いところなのかもしれない。
「それより今朝のニュースは観たかい?」
「ニュース?」
「その様子では観てないみたいだな。また殺人があったらしい」
 また、というのはここ最近起きている連続殺人のことだろう。いずれも深夜の犯行だということから、真夜中の殺人者と呼ばれているようだ。その殺害方法はかなり残虐なもので、遺体は無惨な姿であるらしいが詳しくは知らない。
 こういう話題は殺人鬼フリークの愛染にとっては興味深いものなのだろうな、と思った。彼も殺人を推奨しているわけではないだろうが、起きてしまった事件に対して好奇心的な興味を抱く気持ちはわからないでもない。
「ここ最近の連続殺人のあれか? 犯人はいつになったら捕まるんだろうね」
「今回の事件は無差別に被害者を選ばれているし、目撃者がひとりもいない。今のところ犯人を突き止めるのは難しいだろうなぁ。決定的な証拠もないようだし」
 それほど興味のない僕は適当に頷いておくと、それを察してか愛染もこの話題を切り上げた。今の僕には昨夜の“手の目”のことしかない。そこで気付いた。――真夜中の殺人者? もしかするとあの“手の目”と何か関係あるのだろうか。連続殺人の犯行時刻はいずれも深夜か。今になって事件のことが気になったが、愛染はもうそれについて話すことはなかった。


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