みやび萬紅堂。
いらっしゃいませ。コメントはお気軽に。
DATE: 2010/12/08(水)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(39)
 太い牙が未来の胸を貫いている。やわらかそうな肌が破れ、血が溢れ出ていた。
 躰の奥底から感じるかつてないほどの激情。それが全身を駆け巡る。
 骸は瞬きの速度で疾駆した。雷光のような刃の一閃が異形の黒豹の頭を斬り落とした。
 未来の出血は止まらない。
 ――目の前にいて、助けられなかった。
 骸の中で渦巻く感情。これは怒りか、悲しみか。彼自身にもわからない。そもそも感情というものがどういったものかすらよくわかっていない。それでも、自分の奥深くから噴き出るような何かを感じていた。
 骸の周りが陽炎のように揺らめいた。
 骸から放たれる力強いエネルギーを受けて、柩は嬉々とした表情を隠せないでいる。
「俺が憎いか?」
 柩の言葉に、骸は何も答えない。
「その感じを忘れるな。本来、俺たちには持ち合わせることのできないものだ」柩が何かの合図のように指を鳴らした。「ここで決着をつけるのはつまらない。俺を憎しみ続けろ、そして強くなれ。次に会うときまでアンタがどれだけ憎しみを糧に強くなってるか楽しみだよ」
 突如、エントランスの出入口に巨大な何かが突っ込んできた。巨大な河馬(かば)のような外見。額にはイッカクの牙のような角が生えている。眼球はぎょろりとでかい。まるで裂けているのかと思うほど巨大な口からは鋭い牙が見える。その図体の大きさは相当なものだった。大型トラックよりも遥かにでかい。
 ぐるるるる。建物の奥から現れたのは規格外に巨大な虎。乱杭歯のように飛び出た牙がおどろおどろしく、その隙間からは涎が滴っていた。そして尾は蛇である。シャーッと蛇が威嚇の音をあげた。
 山羊の頭をした馬の化け物も現れた。胴体は馬なのだが、背中には魚類のような鱗がある。
 そのうしろにいるのは3つも頭のある鰐だった。金色、赤、青。それぞれ瞳の色が違う。だが、獰猛さはどの頭も同じように窺えた。
 建物の外から複数の物体が大砲の弾の如く飛び込んできた。それは腰ほどの高さまである巨大なノミであった。
 天井を見上げると半透明の眼のない巨大ヤモリが這っていた。
 まるでこの場所に魔界が凝縮されたかのように、次々と集まってくる化け物たち。
 最初に現れた最も大きい化け物が建物を破壊しながら骸に突進していく。あまりの大きさ、その圧力に骸の力では到底対抗できそうにない。
 乱杭歯の虎が体格に似ずの俊敏さで将平の左腕を喰いちぎった。
 数多(あまた)の化け物たちが一斉に襲いかかる。
 まるで化け物の海、その波が押し寄せてきているかのようである。
 力任せに骨刀を振るい、無理やり道を作ろうと骸はもがいた。
 建物が軋む。
 病院が瓦解を始めた。
 崩れ始めた病院からかろうじて骸は脱け出したが、将平は建物の中に残されたままだった。瓦礫の下から化け物どもが這い出してくる。
 骸は疾駆(はし)った。
 全身を包む未知の感情。
 何ひとつ護れなかった。その自責の念。憤り。
 気付けば、自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。どれだけの距離を疾駆ったのかも。どれだけの時間疾駆り続けていたのかも。
 ――そして彼は、巨大に盛り上がる塊を見た。
 それは小さな丘に始まって、山となり、それでもまだ肥大を続け、今は人の形を成そうとしていた。
 遠くに見える巨人は、ダイダラボッチを想像させた。おそろしく巨大(おおき)い。
 骸が歩み出す。
 歩みはやがて速度を上げて疾風迅雷の如く駆け出した。

 骸の新たな戦いが始まろうとしていた。



 (MUKURO外伝 魔界篇・完)


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DATE: 2010/12/06(月)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(38)
 咄嗟の判断が生死を左右した。背後に殺気を感じ取った骸は反射的にその場を飛び退き、彼の真横を“それ”は横切った。一瞬のことだ。それは白い鎌だった。
 いま、骸に対峙している柩は、その手に白い大鎌を持っている。死神を思わせる。その表面の質感、それは骸の骨刀に酷似していた。骨鎌。そのような言葉が似合う。
「お前が躰の武器化するのを見て、俺もやってみたいと思ったんだけど、どうよ? これ」
 並々ならぬ狂気(オーラ)が柩から放たれていた。骸はそれを全身で感じる。柩の禍々しい迫力が大気を震わせ、大地を憤らせていた。
 骨鎌が一閃した。同時に骸の骨刀も奔った。刃と刃が交叉する。そして二合目。力と力がぶつかり合い、両者とも弾かれた。
 素早く体勢を立て直し、骸が疾駆する。
 遅れて柩が動く。だが迅(はや)い。勢いよく骨鎌が振り下ろされた。骸は飛び退いてそれをかわす。リーチは骨鎌の方があるが、懐(ふところ)に潜り込めれば骸の方が有利だ。骸は力強く床を蹴った。まるで疾風。一陣の旋風(つむじかぜ)。躰を回転させるように骨刀が斬り上げ、刃が柩の腹部を切り裂く。
 咄嗟に柩が骸を蹴り飛ばす。
 そして骨鎌がそのあとを追う。
 骸の左腕が宙を舞った。
 だが、渾身の力を込めて骸は反撃する。
感覚だけがスローになった世界で、柩がゆっくりと見下ろすと自分の胸に骨刀が突き刺さっていた。
 柩の口元が歪む。
彼は笑っていた。
「面白いよ、アンタ」
 柩の貌(かお)に浮かぶのは歓喜。愉悦の表情。
「だが、今回は俺の勝ちだ」
 そのとき、叫び声があたりに響いた。続いて骸は血臭を感じた。
 彼は振り返る。
 そこには異形の黒豹の牙に貫かれた未来の姿があった。

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DATE: 2010/11/30(火)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(37)
 柩と名乗った男は異形の黒豹のその頭をやさしく撫でつけた。おもむろに露わになった野獣の脳溝に、柩の白い指が這う。
 ぐるるるるる。黒豹が唸った。無い眼で骸を睨めつけているかのようである。全身の筋肉が隆起している。力を漲らせている。今にも爆発しそうだ。「行け」
 その一言が黒豹の全てを解き放った。それと同時に黒き獣は猪突猛進に骸にぶつかっていく。骸は防御の体勢に入ったが、そのまま勢いよく吹き飛ばされた。
 しかし素早く起き上がると今度は骸の方から仕掛けた。骨刀が風を切り裂く。その切っ先が黒豹の牙と交差する。強い衝撃――骨刀に罅(ひび)が入った。
 骸は瞬時の判断で飛び退いて距離をつくる。
 柩が黒豹に歩み寄り、その剥き出しの脳にズブリと指を突っ込んだ。獣の叫び声があたりに響く。黒豹は唸り、躰をくねらせる。するとその体つきに変化が生じ始めた。前脚が太くなる。続いて後ろ脚も。見る見るうちに肉体が発達していくのがわかる。筋肉が恐るべき膨張を遂げていた。その暴走は止(とど)まることを知らず、ついには黒豹の皮膚を切り裂いた。筋繊維が覗き見える。次々の筋肉が皮膚を破り、獣の内から外を目指していく。
 気付けば黒豹の躰は最初の2倍ほどに膨れ上がっていた。
 苦しいのか、もがく獣は目の前にいる骸に怒りの矛先を定めたようだ。力が爆発する。発達しすぎた前脚が高速で骸を薙ぎ払った。一瞬で骸は壁に叩きつけられ、床に落ちる。彼の骨刀はぽっきりと折れていた。
 追撃。
 黒豹の強固な爪が砕くように壁を抉(えぐ)った。急激に増した力をコントロールできていないのか、その一撃は骸を切り裂くことをできていない。
 追撃。
 追撃、追撃追撃追撃。
 黒豹の猛攻が始まった。すでに骸のことは見えてないのかもしれない。攻撃は無差別に行われた。怒りが全てを見失わせているようだ。目の前にあればそれを破壊する。暴走する黒豹の姿は、見る者にそのような印象を受けさせる。
 骸は次々と繰り出される攻撃をかわしていった。正確には、もはや黒豹の目標は骸の定められたものではないので、攻撃を避けることはそれほど難しくはなかった。それでもかなりのスピードで爪が炸裂する。まるで流れ弾のように、攻撃が骸に向かうこともあった。そして強烈な一撃は、かするだけでも脅威だった。その衝撃は爆風を受けるのに似ている。
 骸は両腕から2本の新しい骨刀を生み出した。
 あの破壊力、まともに捉えられたらひとたまりもない。骸のチャンスは一度だけだ。彼の間合いは、つまりはお互いの攻撃圏内である。骸が仕留められなかったときは、黒豹の一撃が彼を粉砕するだろう。文字通りに、勢いだけで粉々になるかもしれない。
 攻撃。破壊。攻撃。粉砕。攻撃。衝撃。爆風。攻撃攻撃攻撃。
 一瞬の間。
 そのわずかな一瞬を骸は見逃さない。
 接近。
 骨刀が奔る。
 黒豹の首を捉えた。
 切っ先が触れる。あと数ミリで肉に食い込む。
 ――反撃。
 あまりにも反応が速かった。黒豹の攻撃が炸裂する。骸の間合いは、お互いの攻撃圏内。黒豹の太い前脚が彼に直撃、そして衝撃。それは爆発。全身がバラバラになって吹き飛ぶような圧力。次の瞬間には、骸の躰は黒豹からだいぶ離れたところに落ちていた。
 速い。強い。
 純粋すぎる、力の差。
 それでも骸は立ち上がる。砕けた骨は彼の超常的な自己治癒能力によっておそるべき速度で修復されていく。骨刀を握り締めた。
 ――まだ闘えるか?
 自分に問いかける。
 ――当然だ。それが自分の役目だ。
 彼は爆発的なスピードで黒豹に接近した。骨刀を投げる。それは矢のように真っ直ぐと飛ぶ。おそろしく速い。迅い。だが、黒豹の反射速度も並大抵ではない。飛んでくる骨刀を叩き落そうとする。
 そして、血が飛沫をあげた。
 骨刀が黒豹の剥き出た脳に突き刺さっている。投げたのとは別の、骨刀だ。つまり投げた骨刀は囮(おとり)だった。彼は素早く行動して、黒豹を間合いに捉えた。そして一撃。
 大地が震えるほどの雄叫び。否、叫び。
それは絶叫だ。痛みによる。絶叫だった。黒豹は痛みに叫んだ。それが大地を震わせた。もちろん大気も震えている。
 そのとき、骸の背後で殺気が漲った。


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DATE: 2010/11/28(日)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(36)
 灰色猿の牙が肉を貫き、血が滴った。リノリウムの白い床が赤く染まる。
「くそっ」
 すでに充分過ぎるほどズタズタの腕を盾に将平が未来の前に立っていた。彼の腕には灰色猿が咬みついていて、離れない。将平は自由の利く腕でナイフを掴み、それを灰色猿の赤い眼に突き刺した。赤い眼から、赤い血が流れる。彼はさらに力強く灰色猿の顔に刃を押し込み、激しく抉った。
 さすがの灰色猿も将平の渾身の攻撃に耐えられず、床に落ちて、それから動かなくなった。


「なかなかやるなぁ、お前」
 長髪の男が言う。明らかに面白がっている口調だ。この状況を愉しんでいる。
「お前は誰だ」骸が男に問う。「俺か? 俺はアンタと対極にあるモノだよ」
「……対極?」
「まァ 他に喩えがなかったからそう言っただけだけど。光と影、昼と夜、空と海、白と黒、塩と砂糖、善と悪。そんな感じだよ」男は首を傾げて、「あ、空の対極にあるのは海じゃなくて地かな? よくわかんねえや」。
「言っている意味がわからない」
「んなこと言われても、俺にもよく説明できねえんだよね。お前はお前がどんな存在か上手く説明できるのか? 俺もお前と同様に、あるとき気付けばそこに居て、なんなァ~くどう行動すべきかってのが底から湧き出てくるわけよ。なんつーか、そういう衝動が。アンタにはわかるだろ?」
 骸にはなんとなくわかるような気がしたが、あえて否定も肯定もしなかった。
「俺はずっとアンタのことを感じていた。アンタがどういう存在かってことも、なぜか理解していた。そして自分がどういう存在であるべきかも。――俺は邪魔する者だよ」
 相変わらず骸は黙っていた。男の言葉がわかるようで、わからない。惜しいところにまできているが、上手く言葉に出来ない。――だが、男が自分の対極にあるモノだということは、理屈抜きで理解し始めていた。自分が人間を護るべき存在だと理解したのと同様に、男が自分の対極にある存在だと感じていた。でも、それはどういうことなのだろう?
「簡単に言やァ……俺とアンタは闘う運命にあるってことだ。神様か仏様か知らねえけど、そういう超越した存在みたいなのがいたとして、そいつがそう決めたことなんだよ。全てはそいつの筋書きに従って動いてるのさ。なぁ、アンタなら理解できんだろ?」
 男は人ではない、自分と同様の存在だと骸は理解していた。
 つまりはヒトよりあの化け物たちに近い存在。なぜか骸は初めから言葉を有し、知識を有し、使命を感じ取っていたが、男も骸に似た“何か”なのだろう。それは化け物の亜種のような存在だ。膨大なエネルギーが一種のカタチを形成したとき化け物が誕生するが、骸は他の化け物とは少し違った種類の質のエネルギーが基となっているのか、人間を襲う化け物にはならなかった。男も骸と同じく、他と“何か”が違うのだ。その“何か”がわからないが、もしかすれば本当に神という超越した存在があって、それが何かの気紛れで自分や目の前の男を創ったのかもしれなかった。――そのようなことは、骸も少し考えたことがある。
「アンタは人間側についたが、俺は化け物の側についた。それだけのことだよ」
 男が、愉快そうに にいっ と口元を歪めた。
「お前が何であろうと、俺の邪魔をするなら斃すまでだ」
「そう――最初からそれしかねえんだよ、俺たちにゃ」
 骨刀を握る手に力が入る。骸は戦闘の態勢に入った。
「アンタ、名前はあるのか?」
「骸。自分でそう名付けた」
「ハハハッ! 骸! 空っぽの俺たちにはピッタリな名だなァ!」
「お前の名は?」
 男は首を傾げ、少し顔を顰(しか)めさせた。
「そうだな」男の双眸には邪悪なものが籠められている。「アンタが骸なら、俺は柩だ。――俺がアンタを殺すんだからな」


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DATE: 2010/11/26(金)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(35)
 まず鋭く太い牙が目の前にあった。咬みつけばいとも容易く頸(くび)をへし折りそうなほど逞しい顎。眼はなかった。凶暴な口からは唾液が滴り、未来の手が汚れた。それは黒い体毛をしていて、巨躯(おお)きいが細くしなやかでもあった。それは黒豹に似ていた。黒豹と明らかに違う点は、それには眼球がなく、脳が剥き出しであった。牙も恐ろしく長く、サーベルタイガーを連想させる。
 その黒豹の大きな口が、牙が、顎が、未来の目と鼻の先にあった。息が噴きかかる距離。本来なら不快だが、今は緊張と恐怖で嗅覚が正しく機能していない。心臓が鼓動を速めた。
「待て」
 誰かが言った。男の声だった。
 異形の黒豹は未来に襲いかかる様子はない。息荒げにしているが、それでも寸前のところで静止していた。
 そこで未来は、黒豹の首に鎖が巻きつけられていることに気が付く。
 視線が鎖を追い、ある男のところに到達する。黒い長髪を垂らした、痩躯の男だ。眼窩が窪み、目の下の隈(くま)が酷い。男は愉快そうに未来のことを見下ろしている。にいっと口元が歪んだ。
 男の肌は異様に白く、血が巡っていないかのようだった。それとは対照的に衣服は黒で統一されている。――その印象は骸を初めて見たときのものに非常に似ていた。
 だが、男は骸とは決定的に違う何かがある。相貌に違いが? 見た目は遠くもないが、近くもない。もっと違う何かだ。顔は端整で、見方によれば美しさすらあった。骸も造形は美しい。しかし、それとはもっと違う、妖しげな魅力を発している。恐怖(こわ)い。未来はそう思った。――そう、それは恐怖の向こうにある美しさ。凄惨で、禍々しく、そして静謐な一枚の暗い絵画のような魅力。人間の暗部を描きながら、しかし美しい。そんな絵画だ。そのような印象をその男は持っていた。
「いい子だから少し待ってな」
 男は異形の黒豹に言い聞かせているようだった。
 一瞬、未来の視界が遮られる。
 ――骸だった。
 骸が灰色猿との闘いを放棄して、未来を護りに入ったのだ。
 彼の骨刀と黒豹の太い牙がぶつかり合う。お互いに弾き飛ばされ、骸は体勢を整え直し再度接近する。黒豹の反応も速かった。再び骨刀と牙がぶつかり合った。
 ぐるるるるるる。
 黒豹が唾液を垂らして、唸る。
 三度目の合しようと骸が骨刀を構えたとき、彼の視界の隅に小さな影が奔った。
 キイイイ――!!
 灰色猿が未来を目掛け、牙を剥いて飛びかかった。


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