みやび萬紅堂。
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DATE: 2011/11/11(金)   CATEGORY: 短篇小説
ペンは剣の如く(下)
「おい、他になにかクラスのやつらのことでわかることはないのか?」
 自室に籠もり、戌彦はペンに問いかけていた。
 今まで意思疎通を図ったことがなかったので、これでペンに伝わっているのかわからないが、他に方法もない。そもそもペンに人間のような意思があるかどうかもわからなかった。
『鮎川美咲は、真山戌彦のことが好き』
「……えっ?」突然のことで戌彦は驚いたが、よく考えてみれば鮎川美咲はクラスの中でもかわいい部類に入る女子だ。「本当かよ! やべー、どうしよう。意味もなく緊張してきた」
『鮎川美咲は、たまに真山戌彦のことを想ってオナニーをすることがある』
「ええっ!? あの鮎川が、おっオナニー!? ……本当に、女子でもオナニーするんだ。どこか信じがたいけど、マジかよ。鮎川がおれのことを考えながら……」
 その様子を想像して、戌彦は勃起した。
「おれも今夜は鮎川でヌこう」
 戌彦は、自分が鮎川美咲に告白するところを想像した。もし書かれたことが真実なら、きっと鮎川美咲はオーケーしてくれるはずだ。
(そうするとおれと鮎川は恋人同士か)
俄然興奮した。


 翌日、戌彦は鮎川に告白した。返事は、オーケーだった。「実はまえから真山くんのことが好きだったの」戌彦は有頂天だった。そして、このペンがあればこの先なんて素敵な人生が送れることだろう!と幸せいっぱいに考えていた。
『雨宮裕未の今日のパンツの色はヒョウ柄』
『担任教師の西田大輔は、奥さんに浮気されている』
『明日の天気は晴れ』
 ペンの書き出す、知っている人間のくだらない情報が、戌彦の毎日の楽しみになっていた。ペンが自由に書くこともあれば、知りたいことを訊ねれば教えてくれた。ペンには未来の天気もわかったので、使い方しだいでどこまでも便利だった。
『松井稔幸は、酉島翠のことが好きでストーカー行為をしている。何度か下着を盗んだことがある。毎朝、酉島翠のことを考えてオナニーをしてから家を出る』
(うげぇ、マジかよ……)
『沢田綾子は、売春をしている』
(噂は本当だったんだ。沢田のやつ、オヤジ相手に好き放題させてるのかな。一体いくらで相手するんだろ)
 戌彦は、そのことをノートに書いてペンに訊ねた。書いた質問に対しても、ペンが答えてくれることは実証済みだ。
『1万5千円』
(噂じゃ5万だったのに。そんなに安いのかよ)
 戌彦は、頼めば沢田綾子はタダでヤラせてくれそうか訊ねてみた。
『無理』
(5千円じゃどうだ)
『無理』
(なんだよ。普段はオヤジ相手にしてるから、若い相手だと喜んでヤラせてくれるかと想ったのにさ……)
「ねえ、いつもニヤニヤしながらなに書いてるの?」
 不意に声をかけられて、戌彦は心臓が止まる思いをした。いつの間にか授業はもう終わっていた。(まずい。早く隠さないと!)。さりげなく書かれている内容を腕で隠しながら、振り返るとそこにいるのは雨宮裕未だった。
(やっべ! これにコイツのこと書いてあるぞ。もしバレたら大変なことになる!)
「今、なんか隠したでしょ。ねえ、ちょっと見せてよー」
「なっ、なんにも隠してねえよ」
「嘘だー。今絶対に何か隠した! あたし、いつも真山が授業中に楽しそうに何か書いてるなーって気になってたんだよね。ねえ、授業と関係ないことでしょ? もしかして漫画とか小説とか書いてるの?」
「なんだそれ。んなわけねーじゃん」
「えー、じゃあなにー? いいからちょっと見せてよ。ちょっとだけ! ね? 絶対に誰にも見せないからさ」
「何も書いてない」
「いいじゃん」
「書いてないってば!」
 つい強気に言ってしまった。
 気分を害した裕未は、強引に戌彦からノートを奪うという強硬手段に出た。
「あっ、おい! ちょっと……!!」
 戌彦は慌てて取り戻そうとしたが、遅かった。裕未がノートに書かれている内容を見て顔色をがらっと変えた。戌彦の背中に、冷たいものが伝った。
「ねえ! これなに? あたしのスカートの中、覗いたの?」
(どうしよう……、なんて言ったらいいんだ……)
「いいから返せ!」
 戌彦は裕未からノートを奪い取った。だが、事態はもうどうすることもできない。裕未は戌彦のノートの内容を言いふらしはじめた。
「馬鹿、やめろ! 嘘だ! そんなの嘘だって!」
 弁明まじりにやめさせようと叫んだ。クラスのほとんどが戌彦に注目していた。
「それどういうことだよ」
 静かな怒気を含んだ声だった。
 その声の主は、沢田綾子である。戌彦のノートに書かれた、売春をしているクラスメイトだ。
「いや。違うんだ。その……」
 自分でも何が違うのかわからない。でも、とにかく何か言わないと――。戌彦はパニックに陥った。もはや背水の陣だが、勝てる戦でもなく、ただ退路がないだけの戦場に放り出された気分だった。
『真山戌彦は、知り合いの秘密を知ってひそかに楽しむのが趣味』
 右手が勝手に動いて、そう書き走らせた。
(なぜペンを握っているんだおれはあああああああああ!!)
「ふざけてんのかよ!」
「ふざけてません! ふざけてないですうううう!! だから許してください。ごめんなさい、謝ります! ほんとごめんなさい!」
『謝って済むなら何度でも謝ってやる』
「――え?」
 心に思っただけのはずなのに、その思いをペンがそのまま文章にしていた。
「なにしてんだよ、馬鹿!!」怒鳴ってから周りの様子に気付いた。「――いや、馬鹿っていうのは、その……」
『真山戌彦は、――』
「わ、わ、わわわ、わあああああああああ!!!!」
 放そうとしてもペンが放せない。右手が言うことを聞かなかった。
 もう壊すしかない。――そう直感した戌彦はペンを持つ右手を思いっきり床に叩きつける。
「死ねええええええええ!!!!」
 そもそもペンに生死があるのかも不明だが、戌彦はそう叫んでいた。

『殺す』

 叩きつけたと思った場所に、荒っぽい字でそう書かれていた。
(ペンの野郎! 裏切ったのは自分のくせに!)
 だが、すでに戌彦の右手はペンのものだ。いくら抵抗しようとしても、右手が勝手に動く。(これは――ッッ!!)。ペン先が自分の方に向いていた。(ま、まさかァアア――!!)
 戌彦は自分で自分の首をペンで貫いた。少なくとも周りにはそう見えていただろう。
 より正確に表現するなら、ペンが戌彦の首を貫いた。
 ペンは深々と刺さっている。
 戌彦の首からドクドクと血が溢れた。あたりは騒然となった。戌彦は薄れゆく意識の中で右手のペンを見た。
 ペンが動いている。
 床にはこう記されていた。
『ペンは剣ほどに強く、また剣よりも強し』
(意味がわかんねえよ……)
 そして、戌彦の意識は大きく深い闇に呑み込まれた。

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DATE: 2011/11/09(水)   CATEGORY: 短篇小説
ペンは剣の如く(上)
 真山戌彦はその朝、一本のペンを拾った。何の変哲もないペンだ。近所のコンビニに行けば手に入りそうなものだった。
「じゃあ、これからテスト用紙を配るからな」
 そう言って教師が一列目の生徒に用紙を配りはじめた。
(そうだった。一限目の数学は小テストだったんだ。忘れていた!)
 普段、真面目に授業を受けていない戌彦には、小テストといえど半分も解答欄を埋められる自信がない。そもそも数学は苦手教科だった。
 せめて数学でなければ勘に頼ることもできるのだが、解き方のわからない式を勘でどうこうできるものでもない。完全にお手上げだった。それでも、埋められるところは埋めておこうとペンケースからシャーペンを取り出して、テスト用紙に向き合った。
(――だめだ。全然わからない)
 苛立ちと焦燥でつい力が入りすぎて、シャーペンの芯が折れてしまった。カチカチと何度かノックするも新しい芯が出てこない。補充の芯はなかった。
(……あとはボールペンしかない)
 そのとき、今朝拾ったペンが見えた。何気なく、それを手に取ってみた。
 すると不思議なことに、先ほどまでまったくわからなかったはずの問題の答えが書けた。まるでペンが意思をもって動いているかのように、見る見るうちに解答欄が埋まってゆく。戌彦自身、どうなっているのかわからなかった。
(これは、一体どういうことだ……?)
 どんどんペン先が奔る。
 戌彦は冷や汗をかいていた。もはや完全に自分の意思では書いているのではないことに気付いていた。手が、ペンが勝手に動いている!
 戌彦はチラリと隣の席のやつの答案用紙を盗み見た。そして自分の答案用紙と照らし合わせてみる。――同じ答えが書かれていた。
 何が起きているのかはわからないが、これは限りなく僥倖だと戌彦は感じていた。もし本当にこのペンが自動的に解答を書き込んでくれているというなら、今後のテストはすべてペンに任せればいい。なんと素晴らしい拾い物だろう!
 気付けば、犬彦の答案用紙はすべて埋まっていた。全問正解だった。


 それから戌彦は毎日そのペンを使った。テストだけではなく、授業でも自動的に板書を書き写してくれて便利だった。そのペンを手に持つだけで、あとは勝手にやってくれた。まるでペンを持っている間だけ右手に何かが憑依しているようにも思えた。ペンはとにかく活躍してくれて、次の試験では学年一位の成績をおさめた。


 ある日の授業中、板書写しが誰よりも早く終わって――なにせ教師の板書と同じ速度、あるいはそれよりも少し速いのではないかと思うほどの速度でノートに写されるのだ!――暇になっていた戌彦は、ノートの隅に落書きをしようとしていた。暇といっても実際に書き写しているのは戌彦ではないのだが、あまりに馴染んでしまっていて、あたかも自分がやっているという意識になっていた。その頃にはもはや、ペンが自分の一部のように感じていたのだ。
(おや、どうした?)
 ペンが、自分の意思とは違う動きをした。いつもなら解答を埋めたり、板書を写したりするとそのあとは勝手に動くこともなく、戌彦の自由にペンを動かせていたのに、このときばかりは少々違って、写しは終えているのにペンが動いた。
(なんだ……?)
『高村繁雄は、万引きの常習犯だ』
(……これは、どういうことだろう)
 本当のことだろうか。もし本当のことだとして、どうやって事実だと確認すればいいのか。初めての出来事に戌彦は少しばかり動揺を覚えた。
『△△ストア』
 今度は下校途中にある店の名前がノートに書き出された。これはどういうことか。とりあえず高村のことを調べるために、その日帰りにこっそり高村を尾けてみることにした。
 戌彦の知っている高村は、非行にはしるタイプではない。いたって真面目で、平均的な生徒という印象を持っている。それゆえにノートに書かれたことに対して半信半疑だったが、高村が△△ストアに入ってゆくのを目にして、戌彦の心臓は高鳴った。
(……まさか、本当に)
 高村を追って店内に入った戌彦は用心して高村の様子を窺った。もし高村に気付かれたら何もかもが台無しになってしまう。
 どこか高村の挙動がおかしかった。やけに周りを気にしている。
(――やるのか?)
 高村が商品に手に取ると、戻すと見せかけて制服のポケットに放り込むのが見えた。
(やった。あいつ、本当にやりやがった)
 そのまま何食わぬ顔で店を出て行く高村を、戌彦は興奮した面持ちで見送った。

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DATE: 2010/07/09(金)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(6)
「神堂骨董店」という看板が掲げられた店のドアを押して開けた。
 出迎えるように黒猫がニャアと鳴いた。頭を軽く撫でてあげると眠そうに目を細めて欠伸をした。

「いらっしゃいませ。」

 店主である神堂 四郎が現れ、私に向かって微笑みかける。
 彼と会うのはあれ以来初めてだった。――そして一葉とは会っていない。

「元気にしてた?」
「おかげさまで。」

 勧められた席に腰を下ろしてしばらくすると彼は紅茶の入ったカップを目の前に差し出してきた。
 お礼を云ってカップに口をつける。熱過ぎず、ちょうど好い温度だった。美味しい。

「これ、見てくれる?」

 私が差し出したのは地方新聞だった。
その片隅の小さな記事を指差す。

「――そうですか。」

 彼は別段驚いた様子も見せずにそう云った。
 その記事に書かれていたのはとある山奥にある屋敷の火事だった。その屋敷とは、櫻宮家の屋敷である。

「あまり驚かないのね。」
「そうですか? ――でも、そんな気はしていました。」
「あの屋敷が火事になる予感がしてたっていうの?」
「そんな具体的なことではありませんが、何らかのカタチで、彼女は過去を清算するだろうとは思っていたので。」

 ――どんな過去だと云うのだ。
 そう彼に問いかけようと思ったのだが、それより先に彼が口を開いて私を制した。

「聞いていたのでしょう?」

 突然のことで、言葉に詰まる。

「――あの夜の、一葉さんとの会話を。」

 彼には全てを見抜かれていたようだった。
 もしかしたら――、一葉もわたしに気付いていたのかもしれない。あの夜。

「気付いていたの?」
「ええ。」

 そこで、きっと一葉もわたしが聞いていたことを知っているに違いないという確信が生まれた。
 そもそもあの夜には気付かなくとも、彼女のはあの“眼”があるではないか。あれさえあれば、あとからあの夜の私を視ることも出来るのだろう。

「あの執事の人、一葉のこと気付かなかったのかしらね。」

 例え真夜中だったとしても、彼女ひとりで人ひとりを土に埋めるのは大変な作業だっただろう。
 それに掘り返された土に気付かないというのも違和感がある。

「気付いていたのではないでしょうか。」
「どうしてそう思うの?」
「彼女のお祖母様がどうしてお祖父様を殺したのかわかりますか?」

「殺した」という言葉が胸を締め付けるようで、苦しかった。
 実際にその言葉を他人から聞くのは、かなり辛い。

「わからない。」
「浮気、だそうですよ。」

 父親と同様に、一葉の祖父もまた自分の妻を裏切り、浮気に走っていたのか。

「――お祖母様の。」

 浮気をしたのは、祖母の方――?

「それも、一葉が?」
「ええ。」
「自分の浮気がばれて、殺した?」
「そうなんでしょうね。」
「身勝手ですね。」
「そうですね、その業が禍(わざわい)となってしまったのかもしれません。」
「でも、それがどう関係してくるというの?」
「執事の石川さんはその頃から屋敷に居たそうですよ。歳は、お祖母様よりは若いが、そう離れてもいなかったとか。」
「それって――…」

 浮気相手は、執事の石川だったということか。
 しかしそれが一葉の行為を見逃すこととどう関係してくるのか――、そう思ってから私はある考えに到達した。

「もしかして一葉の本当のお祖父さんって――」

 もしかしたら一葉の祖母のことも見逃したのかもしれない。
 そして母のときも、祖母が居たからまた見逃したのかもしれない。

 しかし本来は石川に一葉の母を庇う理由がないのだ。

 彼は一葉の祖母を愛した。だから口を噤んだ。
 そして一葉も愛していたに違いない。

 自分と血の繋がりのある、一葉を。

 私は小さく身震いをした。
 もしかして、もっとも罪深いのは……

「真実は、もはや誰も知られざるところにあります。」

 四郎はそう云って、窓の外を眺めた。

 私は思う。――あの桜は屋敷とともに燃えてしまったのだろうか。
 血のように、紅い花弁。
 恐ろしいほど鮮やかに、夜闇に浮かぶ姿が思い出される。
 きっと、燃えたのだろう。
 一葉は燃やしたのだろう。
 おそらく、それは赤々と燃え上がったに違いない。その枝に拡がった焔は、まるで満開の桜を思わせたのかもしれない。
 焔に包まれた桜の大木を前にする一葉の姿が脳裏をよぎった。
 全ての罪は浄化されたのだろうか?
 いや、そうではない。
 その深き業は彼女が背負っていくのだろう。それが櫻宮の女の宿命(さだめ)だというように。
 瞼の裏に映る、燃える桜を前にした一葉は綺麗だった。

 彼女は小さく笑っていた。

 黒猫がミャアと鳴いたのが聴こえた。



  (了)

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DATE: 2010/07/03(土)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(5)
 全てを理解して、まず最初に母の部屋に行った。何もかもを確かめるために。
 母が、父を殺したのだという確信はすでにあった。全てを視たわけではない。それでも、判断するに足りるほどの情報は自分にあった。その結果に到達するだけのことは、視ていた。
 この確信に基づいて問い詰められた母は諦めた表情をして、そして告白を始めた。
 父は浮気をしていた。相手は、母の知らない女だった。この屋敷の途中にある村の娘だ。
 母がそれに気付いたのは偶然だったが、きっと父はそれがいつまでも隠し通せることだとは思っていなかっただろう。なにせ相手がいるのは小さな村のことだ。いずれそれは誰かに気付かれる。そうすれば噂は一気に広まったことだろう。
 おそらく、父はそうなることを望んでいたのではないだろうか。母は我侭な人だった。きっと束縛もしただろう。それが父には辛かったではないだろうか。母にそれに疲れてしまったのではないだろうか。
 真実はわからない。この眼は、過去は視えても、人も心までは見通せない。
 母は父の浮気に気付き、そのことで父を問い詰めた。だが、父は赦しなど求めなかった。すでに屋敷を去る決心があったのだ。それは余計に母の怒りに触れた。おそらく父が赦しを乞うても母は赦さなかっただろう。しかし、だからと行って自分が捨てられるのもまた我慢ならなかったのだ。母のプライドがそれを許さなかった。
 祖母は二人のことを見て、何を思ったのかはわからない。でも、彼女は自分の息子より義理の娘に力を貸すことにした。かつて自分がやったやり方で、母に父を殺すことを提案したのだ。
 そう、祖母もまた祖父を殺し、その死体を桜の樹の下に埋めていたのだ。
 祖母はそれを母に教え、母はそれを祖母から継承した。つまりはそういうことなのだった。父は母に殺され、桜の樹の下に埋められた。かつての祖母と同じように。
 それを知ってこの心は何を感じたのだろうか。動揺はなかった。凪いだ海のように、穏やかだったかもしれない。そして思ったのだ――この母を殺そうと。
 どうしてそう思ったのだろう。
 父を殺した母が赦せなかった?
 わからない。
 ただ理由は怒りなどではない。悲しみとも違う。
 もしかしたら、父の怨念がこの身に乗り移ったのかもしれない。あるいは祖父の怨念がこの身に憑りついたのかもしれない。
 とにかく次の瞬間には母は死んでいた。
 そして今度は櫻宮の女らしく、その死体を父と祖父が眠る桜の樹の下に埋めた。祖母がそうしたように、母がそうしたように、自分も殺した人間をそこに埋めた。

 きっと、櫻宮の人間は呪われているのだろう。

 いや、櫻宮の女が呪われているのかもしれない。

 どちらにせよ、呪われている。

 だから――


 ***


「――だからわたしは全てを終わりにしたかったのです。」

 そう、一葉は云った。
 その横顔はどこか哀しい雰囲気を漂わせている。

「やはり最初からそのつもりだったんですね。それで僕をここに呼んだ。」
「そうです。きっと誰かに聞いて欲しかったのでしょう――こんなことに付き合わせてしまって申し訳ありませんね。」
「いいえ。気は済みましたか?」
「ええ、おかげさまで。」

 きっと全てが終わった。
 もうこの屋敷で誰も死ぬことはない。あの桜の墓標に、新たな名を刻まれることもなくなるだろう。

 二人を陰から覗いていた私はそう思った。
 あるいは、そう思いたいのかもしれない。

「一つ訊いてもよろしいかしら。」
「どうぞ。」
「どうしてわたしが母を殺したのだと気付いたのですか?」
「根拠はありません。でも確信はありました。」
一葉が笑う。「つまりは当てずっぽうだと?」
「そのようなものですね。ただ――」
「ただ?」
「この事件に貴女が関わっていることはわかっていました。」
「今度は理由があるのかしら。」
「あやかし堂って、普通の人には見えないんですよ。」
「え?」
「あの店は特殊な構造になっていて、一般人にはただの古びた骨董屋にしか見えません。屋号も違うものです。でも、貴女のような人は違う。あやかし堂は、あやかし堂に用がある人の前にしか現れません。つまりは怪異の類いに悩まされている人の前にしか。――貴女が来たのはお母様が失踪される前でしたからね、だけど貴女は“あやかし堂”に訪れた。ということは、貴女はそのときから何かに憑かれていたということはわかっていたんです。」
「それはもしかして――」
「ええ。おそらく貴女のその眼があやかし堂に導いたのでしょう。」
「でも困ってないわ。」
「わかっています。」
「この眼は、きっと呪いなんだと思います。櫻宮の女としてわたしにかけられた」

 そこで二人は黙った。
 それ以降のことは何も聞いていない。私はこっそりとその場を離れ、部屋に戻った。


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DATE: 2010/07/01(木)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(4)
 幼いときに、父は蒸発した。そう、母には聞かされていた。
 どのような父だったのか、あまり記憶にない。おぼろげに憶えているのは笑いながら自分に手を振る姿。
 父はどこに行くつもりだったのだろう。どこかに出掛ける父を見送っている記憶だということはわかる。あるいはそれが最後の姿だったのかもしれない。
 父より憶えているのは祖母のことだ。今はもう亡くなってはいるが、元気な人だった。普段はとても人が好かったが、嫌なことがあると陰湿なまでにそのことに固執した。祖母の機嫌を損ねたら最後、その人は何箇月も、長ければ何年も、もしかしたら何十年もそのことで陰から何か言われ続けることになる。運が悪ければ一生赦されないこともあっただろう。そんな祖母だった。
 祖父のことは知らない。写真で顔くらいは見たことはあったが、自分が生まれるより先に亡くなっていたようだった。誰かにそう聞かされた気がするが、あるいは勝手にそう思い込んでいただけなのかもしれない。少なくとも祖父に会ったという記憶はなかった。
 しかし、ずっとあとになって実は祖父は祖母を置いて蒸発していたという話を聞いた。これは親戚の誰かが云っていた。その人が誰かわからない。親戚付き合いは滅多になく、親戚というその人物に会ったのも、おそらくその一度だけだったろう。
 祖父は蒸発して、その息子である父も蒸発した。
 血は争えない――、祖父の蒸発のことを教えてくれた人はそのようなことを云ったと思う。
 血は争えない。父も、祖父も、どこぞの女に惚れてしまい、母を、祖母を、捨てて去ってしまったのだろうとその人は云っていた。それを聞いて、特に感情が揺れ動いたということもない。ただ、そんなものか、ということを思ったかもしれない。
 幼い頃からたまに変なものを視た。そこにあるはずの映像(もの)が視えたのだ。
 それは時によって様々な映像だった。ふとした瞬間に、今まで見ていたものと違うものが視える。知らない人がそこにはいて、彼らには自分のことなど見えていないようだった。

 それが普通とは違うと気付いたのは10歳になった頃だった。

 自分がたまに視るこれは何なのだろうか? その答えがわからず、一時期は自分の殻に引き籠っていた。誰かに話そうとは思わなかった。変人扱いされてしまうだろうからとかそういう理由ではない。なんとなく、話す気にはなれなかったというだけのことだ。
 ある日、突然父が現れた。例の映像(もの)の中に、父はいた。何度か話しかけてみたが、その声は届かない。そのことはわかっていたのだが、それでも何度も話しかけてみた。だけれど、途中でそれも止めた。実際には目の前に、父はいなかったから。
 たまに祖父のことも視かけることがあった。祖父は優しそうな人だった。生きていれば会ってみたいとも思った。だが、それが叶うとは思っていなかった。もしかしたらこの眼に映るのは、死んだ人間なのではないかという思いがその頃からあったからだ。
 霊という存在を信じていたわけではないが、自分が視ているのは知らない人間ばかり。視えているのが死者の姿だというならば多少納得するところもあったのだ。

 しかし、それは間違っていた。

 その日は久し振りに実家に帰っていた。実家の庭には桜がいくつか植えられており、その中でも一際目立つ大きな桜を眺めていた。その樹は毎年紅い花を咲かす。
 一瞬、視界が暗くなった。貧血のように目が眩んで、若干ふらついてしまいその場にしゃがみ込んだ。しばらくして顔を上げたそのとき、目の前に母の姿があった。
 母に声をかけた。いつの間にそこにいたのかと。そして何をやっているのかと。母は桜の樹の根元に向かって何かしていた。――その手にはシャベル。穴を掘っているらしかった。
 一体、急に何をしているのか自分にはわからず、母が狂ってしまったのかと恐くもなり、慌てて執事の石川を呼びにいった。何がなんだかわからないまま石川は連れられて、例を樹の下を見た。
 しかし、そこには何もなかった。
 母の姿もなければ、掘られていた穴も、それを埋めた形跡すらない。
 意味がわからない。
 母はどこにいった? あの穴は? どこへ、どこへ消えてしまったの――?
 そのあと、屋敷の中にいる母を見つけた。訊いてみると、ずっと部屋にいたらしい。不可解だった。確かに母は外にいたはずである。あの桜の樹の下に。あの真っ赤な桜の下にいたはずなのである。
 そのことを訊ねると母の顔色が変わった。一瞬で蒼白になり、動揺しているのがわかった。でも一体どうして? いくら問いかけても母は答えず、気分が悪くなったと云って自室に引き下がっていってしまった。
 何もかもがわからず、混乱しつつ屋敷の中を彷徨うように歩いていた。
 そこで、再び母の姿を見た。
 そして、父の姿。
 母は父と何かを話している。云い争っているように見えた。

 ――父は生きていた?

 自分に視えるのは死者の姿だと信じ込んでいたので母と父が目の前でお互いを認識しているのはどうにも不思議なことだった。でも、彼らは生きてはいなかった。――そう、ある意味では。
 二人が自分のことにいつまでも気付かないことに違和感を抱き、そして全てを理解した。
 自分が視ている映像(もの)は何なのか。
 自分に視えている映像(もの)は何なのか。
 ずっと謎だったその答えがその一瞬で簡単に解けてしまった。まるで公式がそこにあったかのように、足りなかった何かが埋められ、視ている映像(もの)を理解した。

 ――わたしが視ているのは過去だ。

 自分は今まで勘違いしていたのだ。
 決して霊が視えているのではない。
 この眼に映るその存在、その映像は過去なのだ。過去の出来事なのだ。
 確信があった。
 どうしてかはわからないが、自分は過去を視ることができるらしかった。

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